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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第2章 テンザン大迷宮にて
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第26話 契約

 休日だったので調子に乗って書き殴っていたら、1万字を超えてしまっていました。これまでは気を付けていたのに……。


 俺が『コーラル』に召喚された後、真っ先に苦労したのが言語の違いだった。『コーラル』では日本語は全く通じなかったため、召喚当初は専らボディランゲージで意思疎通を行っていた。

 とはいえ召喚当時の俺は12才。自分で言うのもなんだけど、他言語を習得するのに割と有利な年代だったと思う。覚えなければにっちもさっちも行かない状況に強制的に放り込まれていた事、親切な人達が優しく教えてくれた事などもあり、数ヶ月が経つ頃には多少の覚束なさはあれど日常会話が出来るまでにはなっていた。

 今となっては完全にバイリンガルである。日本語と異世界語のバイリンガルなんてかなり特殊だけど。

 

 『コーラル』の言語……俺は勝手にコーラル語と呼んでいるが、これは世界共通だ。多少の方言はあるが、基本的に世界中で使われている。しかし昔は、このコーラル語は確かに世界中で使われてはいたが、それでも広い世界には他の言語もあるにはあったのだ。

 では何故他の言語が廃れてしまったのかというと、その背後には『厄災』の存在がある。『厄災』が世界中で暴れ回った結果、当時の国の殆どが滅び、人口は激減。生き残った人々はその混乱を乗り切るために寄り集まり、その彼らは大多数が使っていたコーラル語を公用語とした。

 その後人口の拡大に伴って再び世界中に人々は散らばって行ったが、1度統一された言語はそのまま各地で使われ続けた。

 そして結果として、言語統一は成されたのである。


 『厄災』の侵攻から300年も経った頃にはコーラル語以外の言語は古語と呼ばれ、失われた言語として扱われるようになっていた。

 動乱期を経て世界中に余裕が戻って来ると、古語の研究も行われるようになってくる。


 しかしその古語の中でも特殊な立ち位置にあったのが日本語だ。『コーラル』の人々は異世界の国『ニッポン』の言葉ということで、ニッポン語と呼ぶ。


 先も述べた通り、『コーラル』に元々日本語は無い。

 しかし俺を含む複数の日本人が召喚され、その大半は早死にしたとはいえ生き残って生活を営んだ者もそこそこはおり、そんな彼ら彼女らによって僅かながら日本語はこの世界に残された。それ故、後世では古語の中に含まれたのである。

 日本語は俺やダイゴといった英雄――聖女アイリス、つまり姉貴が日本人であることは諸事情により後世に残らなかった――の母語である事もあり、後の歴史学者や言語学者の中には日本語の解明にも乗り出す者もそれなりの数がいたらしい。


 だが、日本語の研究は他の古語のものほど順調には進まなかった。

 当然だろう、そもそも資料がほぼ無いのだ。召喚された日本人が使っていただけなため、後世に残ったのは日本語が存在するという事実と、僅かに残された文書のみ。しかもその文書にしても、これもまた『厄災』の戦禍で大半が焼失していたために元々少なかった資料が更に少なくなっている。


 しかし、困難だからといってそれで日本語の研究をする者がいなくなったのかというとそうでは無く、むしろ困難だからこそ『我こそが』と考える者も多く、むしろ古語の研究としては盛んな方だった。

 そして同時に、その資料を探すための遺跡調査も活発だった。何しろ日本人が存在したのは新暦0年の前後数十年に限られるため、彼らが残した物品が新たに見付かるとしたら過去の建造物……遺跡の中が大多数なのである。

 恐らくそれは、俺が見ていなかったこの約800年の間も変わらなかったのだろう。


 そして彼ら『探索者シーカー』が見付けた海中遺跡。それはまず間違いなく、かつての勇者一行の一員であり『賢人』と呼ばれた男、パクの別邸……の、1つだろう。

 しかし見付かった手記は俺や姉貴、ダイゴといったパクと親交のあった日本人が残したものではなく、パク自身が書いたものである。


 パクは人魚族マーマンの出身。頭の良い男であり、俺達の中では参謀的な存在だった。ちなみに彼のパーティ加入は俺達の中では最も遅く、その時期まで参謀不在に近い状態でブイブイやってたというのが俺達のアレさを端的に表しているような気がする。


 パクは単に頭が良い……頭の回転が速いというだけではなく、極めて知識欲に貪欲な男でもあった。それはもう、ちょっとマッドに近いレベルでだ。

 そんな彼が未知の存在である俺達日本人に興味を示さないはずが無く、その延長で日本語にも興味を持った。そして習得した。間をかなり割愛したが、結果としてそうなった。


 知識欲が強いパクは同時に本の虫でもあり、大量の書物を集めていた。それはもう、自宅では保管しきれない程の量だった。だからその大量の本を保管しておくため、パクは海底のあちこちに別邸を作っていたのである。

 『探究者シーカー』が見付けたのはその内の1つ。ゴト島の近くの海底には、確かにパクの作った別邸がある。ちなみにそこに【防水】と【劣化防止】を施したのはパク自身だが、【破魔結界】を張ったのは姉貴だ。結界……聖魔法に関しては、俺でも姉貴を上回りはしない。姉貴が聖女と呼ばれた所以である。


 日本人がコーラル語を習得出来たのと同じように、『コーラル』の人々だって教える存在があれば日本語の習得は出来る。パクはその典型だった。

 しかし彼はあくまでも知識欲に貪欲だっただけであり、そうして得た知識を周囲に広めるという考えは無かった。その為、後世に伝えるような行動は起こしていない。

 マーマンもまたエルフや竜人と同じ長命種であるため、パクは『コーラル』で日本語の研究が興った時期もまだ生存していたのだ。もしもパクが手を貸していたら、日本語の研究は飛躍的に発展していただろう。本人にはまるでその気が無かったので意味無いが。


 ちなみに日本人を除く勇者一行のメンバーで日本語を多少は習得していたのは、パクだけでは無い。アル・クリス・リリアナもそうだった。

 アルは俺にコーラル語を教えてくれた筆頭だった。そのため俺が使っていた日本語を見聞きする機会が多々あり、それで少なからずあちらも日本語を把握していた。クリスも同様だ。あいつと出会った時機も俺のコーラル語はまだ怪しかったのでアルと共に教えてくれていて、以下同上。

 リリアナはな……あの子、何故かダイゴがお気に入りというか恋をしていて、恋する乙女のパワーというか何というかで……『好きな人の事は何でも知りたいのよ!』と妙に爛々とした目で訴えられてな。それで教えたんだけど……取りあえず、エルフ幼女を幼な妻に迎えたダイゴは爆ぜろ。変態だったのくせに。

 閑話休題。


 パクは勉強の一貫として、日本語で日記を付けていた。継続は力なりという諺は正しく、それによってパクの日本語能力は日本人と遜色無いレベルにまで至っていた。というか、一時期は俺を上回ってもいた。

 パクの日記を見せてもらった時、俺はその流暢さと達筆さに驚愕と戦慄を覚えた。そして同時に、恐怖した。何故ならその時、気付いたからだ。コーラル語の習得・スキルアップに比例するように、日本語を次第に忘れていってしまっていたということに。

 これはいかんと一念発起し、姉貴やダイゴに日本語を教え直してもらった。改めて教えてもらって解った事だったが、この時点での俺は会話なら日本語でも問題は無かったものの、読み書きに関してはもう小学生レベルの漢字も書けないものが多くなっていた。焦ったがぶっちゃけそれよりも、気付いてあげられなくてごめんねと姉貴を泣かせてしまったのが1番心苦しかった。

 その後は定期的に日本語の復習を行ったため、今のバイリンガルな俺がいるのである。なお、俺への日本語教育の教師陣にはパクも時折混ざっていた。正直、あの時ほどの情けなさを感じたことは滅多に無い。


 そんな、色んな意味で俺の記憶に残ったパクの日記。その中の一冊があいつの別邸の本の山に紛れ込んでいたとしても、何も可笑しなことは無い。


 数少ない日本語の資料は、どんなに些細なモノであっても重要文化財のような扱いを受ける。ましてやそれが英雄の書いた手記ともなれば、確かにリヴァイアサンの素材や魔石すらも凌駕するお宝だろう。


 しかし……だ。


「お前ら……その海中遺跡の事、報告を上げてないんだろ?」


 胡乱な目でリズから順に『探究者シーカー』の面々を見ていくと、彼らはバツの悪そうな顔をしたり、視線を逸らしたり、何故か口笛を吹いたりした。リズだけは真面目な顔で頷いていたけれど。それにしてもやっぱり……。

 ハァ、と1つ大きな溜息を吐いて頭を抱える。


「日本語で書かれた手記なんて、報告していたなら収納袋に入れて持ち歩けるはずが無い。絶対にどこかの博物館や公的な研究機関への提出を要求されてたはずだ。個人での所有が認められたとしても、その扱いにはかなりの制限を設けられていたはず。それが嫌だったのか?」


「そうよ。折角見付けた手掛かりですもの。それにあの遺跡、調べれば他にもニッポン語の資料が見つかるかもしれない。でも」


「手記の事を伏せたとしても、『厄災』の出現以前に発行された大量の本というだけで歴史的に相当な大発見だ。当然、研究者や他の冒険者も押し寄せて来る。そうなると、その彼らに他にあるかもしれない日本語の資料を見付けられてしまうかもしれない」


 実際、他にも日本語の資料があるかもしれないというのは俺も思う。リズが見付けた物以外にも本の山の中にパクの日記が埋もれているかもしれない。日記は長いこと付けていたから、1冊では無いのだ。

 いやそれ以上に、あいつが日本語の勉強をしていた時に使っていた資料やノートがあるかも。


 未知の迷宮の発見は報告が義務付けられているが、遺跡や遺物の発見の報告は義務付けられているわけじゃない。皆、新発見をすれば歴史に名が残る可能性があるため、自発的に報告・発表するのだ。

 逆にそういう名誉欲が無いなら、心置きなく自分たちで調査するために秘匿するというのも有り得る話だった。彼らもそのつもりだったのだろう。


 しかし『探究者シーカー』も恐らく、自分たちが見付けた遺跡がかつての『賢人』の別邸だったとは思っていまい。パクは晩年には後世に知られたくない物、残してはいけない物は処分して、身辺整理を行っていたからだ。何だかんだで長生きしていたパクは、その辺の分別はあった。俺達もそれは承知していたからこそ、パクの死後に彼の数多ある別邸を探し出して調査する、というようなことはしなかった。

 そのため、遺跡の中にはパッと見でパクを連想させる物はあまり無いはずである。

 リズ達にしても、もしも見付けた手記がかつての英雄の物だと知っていれば、流石に収納袋に入れて持ち歩きはしなかったはずだ。あまりにも価値が高すぎる。正直、天文学的な代物だろう……この世界で現代に生きる人々にとっては。


 だがそれもこれもあくまでも、その価値を知っていた場合の話だ。


「……となると、狙われていたのはリヴァイアサンの方かもね。そっちの方は目撃者も多かったんでしょ? なにしろ、商船を護衛中の事だったわけだし。それか、知らない内に恨みを買っていたか」


 手記……日記と海中遺跡に関しては、『探究者シーカー』の仲間内しか知りようのないことだった。しかもその仲間内ですら、英雄の物だということは解っていない。だとしたら狙われた理由はそれ以外と考えるのが自然である。一応は。

 リヴァイアサンの素材や魔石も一般的に考えれば十分希少な物品であり、奪ってでも手にしたい人はごまんといるだろう。英雄の自筆日記に比べれば霞むが、それは単に比べる品が悪いのである。


 狙われた理由が『探究者シーカー』に対する何らかの負の感情だったとしても、彼らがリヴァイアサンを討伐したことは有名だっただろうから、暗殺ついでにそれも頂いておこうと思われても可笑しくは無い。


「リヴァイアサンは……そうかも。でも、私達、本当に恨みなんて……」


「日本語の研究をする上で何かやらかしたとかは? 遺跡を壊したとか、資料を盗んだとか」


「そんなことするわけ無いでしょ!?」


 だろうね、そんなタイプには見えない。パクならやりそうだけど、彼らは善良そうだ。


「ごめん、言ってみただけだから。それじゃあライバルとかは? 同じ研究をするライバルとかならいそうじゃないか?」


「それは……いるにはいるけど。他にもニッポン語の研究をするパーティはいるし、そういうのとは交流もあるわ。ニッポン語が気になるって人は多いもの。ほら、リリアナ様の手記にはニッポン語で書かれた部分も多いじゃない? それが読み解けられればかつての勇者様一行のことももっと解るんじゃないかって」


 いや、それは多分読み解けなくてもいい部分だ。瞬間的にそう思ったが、口に出すのは控えた。おれにだってそういう自重をするだけの気遣いはある。


 リリアナが日本語を使うのは、大体がダイゴへの想いを語る時だった。ならばリリアナの手記に残る日本語とやらは、恐らく殆どがダイゴへの情熱的過ぎる愛を語る部分だろう。

 エルフのリリアナとヒューマンのダイゴでは寿命がまるで違うため、早々に死別するのは解り切っていた。なのにそれを飲み込んで一緒になった2人である。想いは非常に強く、ダイゴの死後もリリアナの彼への愛は冷めなかった。そして時には惚気を三日三晩語り明かされた……俺が。

 リリアナの気持ちはよく解るので黙って聞いていたが、思わずダイゴの墓に『爆ぜルンです』を投げつけてやりたくなったこともある。


 つまりリリアナの手記の日本語部分というのは、その大部分が読むだけで疲れたりイラついたり頭が痛くなったりする文章に違いない。姉貴もそうだったが、恋する乙女のエネルギーは凄まじいのだ。

 リリアナ……お前、俺という惚気を聞かせられる相手がいなくなったからって、何も手記に残さなくたって……そんなに吐き出したかったのか。


 と、俺はそう予測できるが、何も知らない人々の夢を壊すのは忍びない。なので何も言わないでおく。


「でも、だからって殺そうとまでするかしら……? 確かに彼らはライバルで、だから私達もあの海中遺跡のこととか隠してた。でもいざという時は協力したりもするし、同じ研究をしてる別のチームがあるからこそ刺激になってる部分もあったわ。張り合いはしていても、憎み合ってるようなチームはいなかったはずよ……」


 ふむ……あくまでも純然たるライバルであって、敵では無かったということか。しかも今でもそれだけ日本語の研究が盛んなら、『探究者シーカー』だけがその存在を目障りだと思われることも無いだろう。


 やはり普通に考えれば、狙われた理由はリヴァイアサンと考えるのが1番しっくりくる。あくまでも、普通に考えれば、だけど。


「そう……やっぱり、答えは出そうに無いね。けど……例え狙われたのがリヴァイアサンだったとしても、これからもそうとは限らないな」


 思わず溜息が出る。


 狙いがリヴァイアサンだったのならば、彼らがこのまま地上に戻っても再び狙われる可能性は低かった。

 悪質な盗難の手口を彼らが訴えたとしても、ペナルティを受けることになるのは実行犯のパーティだけだからだ。黒幕は彼らのことなど切り捨て、知らぬ存ぜぬを通せばいい。そうすれば『探究者シーカー』の人々がリヴァイアサンの諸々を返してくれと訴えても、知らずに買っただけだと言って逃れることが出来る。

 理不尽だが、迷宮内で盗難に遭っても大抵が自己責任として諦めざるを得ないのだ。今回の場合のように相手がペナルティを受ける可能性が高い場合でも、それはあくまでも悪質な手口に対してのものでしかない。

 なのでこの場合は、『探究者シーカー』は非常に悔しい思いはするだろうが、その先もまた狙われるという可能性は低かったのだ。


 しかし。


「初めはリヴァイアサン狙いだったとしても、収納袋の中には日本語の手記も一緒に入れてたんだろう? 黒幕はそれを見付けたはずだ。そいつに日本語への興味が無かったとしても、その手記の価値は解るだろうからね。そんな中でお前らが生還すれば、今度はその手記を何所でどうやって手に入れたのかを知りたがるだろう。次こそ、お前たちそのものが確実に狙われる」


 『探究者シーカー』のような日本語の研究をする者達にとっては、日本語の手記は歴史的・文化的な意味で宝だろう。

 しかしそれ以外の人にとっても、高値で取引が出来るという金銭欲や歴史に名を残す発見をしたという名誉欲が刺激される宝でもある。

 しかも最初にこうやって酷い方法を取って来るような相手である以上、この先は正面から対等に交渉をしましょうと言ってくる可能性は極めて低い。逆に情報だけ頂いてその後は始末しようと考える可能性は極めて高い。


 それは彼らも理解しているようで、各々が重々しく頷いた。


「そうね。でも、もう同じ手は通用しないわ。私は……私達は負けない。こうして生き残れたんですもの、何が何でも生き延びて、死んだ3人の仇を取ってみせる。そして……研究を完成させる。それが何よりの、彼らへの供養だと思うから」


 リズのその言葉に、ジルベルトとドグナムが力強く頷いた。ターシャは蒼褪めながら震えていたが、それでもややあって、覚悟を決めたように頷く。ノルイもまた、その目に決意の光を宿らせていた。


「そう……」


 それを見て、俺に言うべき事は無い。彼らがそう決めたのなら、そのようにすればいい。

 だが、気持ちだけで何かが出来るわけでは無い。


「それなら聞こう。今、お前たちには2つの選択肢がある。正確には、2つしかない、と言うべきだけど」


「2つ……?」


 俺が何故2つと言ったのか解らないのだろう。リズは聞き返してきた。そんな彼女に対し、俺はピッと人差し指を立たせた右手を自分の顔の前まで持って来た。


「1つ目。このまま大迷宮を引き返し、地上に戻るという選択」


「? そうよ、それ以外の選択なんてあるの?」


「まぁ、聞いてよ。地上に戻りたいのは当然だけどね、教えておいてあげる。今俺たちがいるここは、地下192階層だ。何故解る、とは聞くなよ。経験則とだけ答えておく」


 地下192階層、と皆は目を見開いた。落とし穴でかなり落ちたのは解っていても、ここが何所まで深いのかは解っていなかったらしい。当然だ。落とし穴の壁に階層表示なんて無いのだから。


「地、地下192階層だと!? ふざけンな、魔の地下150階層を超えてンじゃねぇか!!」


 狼狽した様子で叫んだドグナムは、そのまま俺に掴みかかって来た。


「おい、ガキ! テメェ、適当な事言ってンじゃねぇぞ!? 大体まずテメェの得体が知れねぇンだよ! そうだ、あり得ねぇ! 嘘に決まって」


「やめなさい、ドグナム!」


 ドグナムの激昂も、俺に対する不信も当然だ。なので黙って聞いていたら、リズが間に割って入って来た。リズは自身を『情けないリーダー』と自嘲していたが、しかしメンバーは確かに彼女こそをリーダーと認めているらしい。ドグナムはグッと言葉を飲み込んだ。


「けどな、リズ!」


「貴方の言いたい事は解るわ! ここが地下192階層だって信じたくない気持ちも!」


 彼らの実力は、地下78階層ならば十分探索可能なほどだ。しかしパーティメンバーを3人も欠いた状態で地下192階層から戻れる程かというと……正直、途中で力尽きる可能性の方が圧倒的に高い。むしろ絶望的だ。そう思えば、信じたくないのも無理は無い。


「でも、ここでこの子が嘘を吐く必要がある!? 見たでしょ、この子がどれ程の事が出来るかは! 私達なんて簡単に倒してしまえるわ!」


 それもまた事実。そこでリズは蟀谷を揉んだ。考えを纏めたいらしい。


「確かにこの子は得体が知れないわ……自分の正体も明かさず、その癖実力は高い。結果的に助けてくれたのには感謝してるけど、正直に言って、こんな状況じゃなきゃ関わりたくない相手よ」


「酷い言い草だけど、事実だね。俺だって、そっちの立場ならそう考えると思う」


 むしろ助けられたからってだけで全幅の信頼を寄せるような単純な相手では、こちらの方が怖くなる。色んな意味で。


「でも、今この場では信用しても良いとも思うわ。ノルイに掛けられた回復魔法、あれ、最上級回復魔法の【再生リジェネレイション】なんじゃない? ってことはこの子、魔法の腕も相当のはずよ。なのにあのスカルソルジャーの大群を相手にした時は、多分魔法を使っていない。少なくとも、範囲の広い攻撃魔法は。それは私達を巻き添えにしない為だったんじゃないかしら?」


「……まぁ、そうだね」


 あれまぁ、バレてる。


「この子には最初から、私達を助ける気はあっても殺す気は無い。私の話を聞いた後も、少なくとも積極的に害する気は無い。もしもあるならさっさと始末しているはず……あいつらみたいに罠に嵌める必要なんて無いわ。それだけの実力差が私達との間にはある」


「やっぱりリズ、俺を試したね?」


 問いかけると、彼女は笑んだ。何というか……食えないというか、肝の座った人というか。


「可笑しいと思ったんだ。これまで誰にも明かしていなかった海中遺跡の事を、事情を聞かれたからって会ったばかりの上に得体の知れない俺に話したなんて。試したんだろ? その話を聞いた俺がどういう反応をするか」


「そうね。その情報にはそれだけの価値がある。気付いてのね」


「まぁね。初めは、研究者気質のせいで熱が上がってうっかり口を滑らせたのかとも思ったけど」


「それは……欠片も無いとは、言えないけど」


 おい。

 俺の視線の込められた一言を察したのか、リズはちょっと決まりが悪そうだった。


「と・に・か・く! それを聞いて目の色を変えるような人なら、その時点で私達はお終い。でもそうでないなら、信用出来るかもしれないと思ったのよ」


「例えば、地上に戻るのに利用したり?」


「人聞きが悪いわね。手を貸してもらおうと思ったの。あの深い穴を落ちて来たんだもの、ここが相当の深層だってことは予想出来てた。私達だけで地上まで戻るのは絶望的かもってこともね。流石に192階層っていうのは驚いたけど」


「……目の色変えられたらどうする気だったのさ?」


「どうするもこうするも無いわ。言ったでしょ、実力差があるのは解ってるって。あなたがその気になったら、逃げる事すら出来ない……でも、賭けには勝ったわ」


 本当……肝が据わっている。でも、ね。


「俺がお前らに害意を持ってないからって、何でもかんでも手助けすると思ったら大間違いだよ。俺には俺の目的もあるんだから」


「お礼はするつもりよ?」


「いらない。お礼なんて貰わなくたって、俺は大抵のことは自分で出来るし、手に入れられる。逆に言うと、俺が出来ない事や手に入れられない物は、とてもじゃないけどお前らにどうこう出来るものじゃない」


「え、えらく上から言いやがるな……」


 俺の胸ぐらをつかんだまま、ドグナムは口元を引き攣らせていた。確かに俺自身、酷い上から目線な物言いをしていると思う。けどこれが事実で、現実なのだ。


「だからこその、第2の選択肢だ」


 ピッと、構えたままの右手の中指も伸ばした。


「2つ目の選択。それは俺と契約を結ぶこと」


「契約?」


 そうだ、と頷く。


「まず最初に言っておくけど、俺の目的はこのテンザン大迷宮の奥にある。お前らの掛かったトラップだが、俺はわざと作動させてここに落ちて来た。気分を悪くするかもしれないが、俺にとってこのトラップは罠では無く、この192階層へのショートカットに過ぎなかったんだ」


 グッと、俺の服を握るドグナムの拳に力が入った。仲間を3人亡くしたトラップをショートカットなどと簡単に言い捨てられては、そりゃあ腹も立つだろう。


「ショートカットを使うぐらいだから、俺はそれなりに攻略を急いでいる。お前らを地上にまで送り届ける時間が惜しいぐらいにはね」


「攻略? ハッ! 勇者様御一行しか踏破したことの無いテンザン大迷宮を、テメェは1人で攻略するつもりだってのか!?」


「そうだ」


 そんな事が出来るものか、と言外に吐き捨てたドグナムに、俺は即答した。彼は流石に虚を突かれたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「だから俺との契約というのは、俺に付いて来る……つまり、地上に戻るのではなくてこのまま更に迷宮を潜るということだ」


「な! 何をバカな」


「ドグナム。黙りなさい」


 リズの言葉には有無を言わせぬ響きがあった。


「その契約をして、私達にメリットはあるの? 私達は生きて地上に戻りたいのよ?」


「戻してあげるよ。俺の目的を果たしたらね。俺の目的が達成されれば、お前たちは間違いなく地上に戻れる。俺が責任を持って戻してみせる。方法は今はまだ言えないけれど、それは保障しよう。そしてそこまでの道のりでも、お前たちを死なせないように守る……少なくとも、出来る限りはその努力をする」


「あなたのメリットは?」


「いくつか約束をして欲しい。まず第1に、攻略までの間、俺の言う事を聞いてほしい。それが守れないようでは、道中守ってあげることは出来ない」


「まぁ、そうでしょうね。この先に行くとしたら、私達は間違いなく足手纏いだわ」


 リズはあっさりと言うが、皆は渋い顔だった。無理も無いだろう。そもそも、彼らほどの実力があれば足手纏いになるような事態はこれまでまず無かったに違いない。


「2つ目。これは出来ればでいいけど、あまり俺の事を詮索しないでもらいたい。そして最後、3つ目。地上に戻った後も、俺の事は他言無用に頼む」


 実を言うとこの3つ目、他ならぬ俺自身が守らせる気が無い。というのも、彼らを地上に送り届けた後は『俺』の記憶を奪うつもりだからだ。悪いとは思うが、それが1番確実なのである。


 俺が提示した選択に、リズは乾いた笑いを漏らした。


「なるほど? つまり私は、選ばなくちゃいけないのね? あなたとはここで別れて、私達だけで地上を目指すか。あなたに付いて行って、更に潜るか。絶望的な攻略に臨むか、得体の知れない相手に全てを賭けるか。究極の選択ね」


 ……実を言えば、どっちを選んでも同じだ。例え1つ目の選択肢を選んだとしても、俺は彼らに付いて行く。だって助けておいて後はサヨナラじゃ無責任すぎるし。だから78階層まで護衛しつつ、そこで別れて記憶を頂いて再びショートカットだ。そこまで行けば彼らも自力で地上に戻れるだろうし。

 けれど地下192階層から114階層戻って地下78階層に行くよりも、53階層潜って最奥……俺の家まで行く方が絶対に早いのだ。

 しかしこんなことを言えば、彼らは俺に付いて来て潜るなんていう選択は選ばない。上に戻る方が安全だからだ。ましてや俺は彼らにとって得体の知れない相手なのだ。そんな奴と危険な深層になど、進んで潜りたいものか。


 だから俺は安全な選択を隠して究極の選択を突き付ける。これでも年寄りだからね、ズルいのさ。


「皆、潜ろうよ!」


 真っ先にそう言ったのは、リズでは無くターシャだった。その目には強い決意が宿っている。何の決意なのかは不明だが。

 そしてそれを受け、リズの心も決まったらしい。


「……そうね。やってみる価値はあるわ。正直、その方が生還の可能性は高いかもしれない」


「な!?」


「ドグナム、気持ちは解るけど冷静に考えてみなよ。多分、リズの言う通りだ。僕たちだけじゃここから地上に戻るのは絶望的だよ……実力もそうだけど、アイテムや替えの装備、それに食料も殆どリズの収納袋に入れていたからね。僕達の手札はあまりにも少なすぎる」


 仕方が無い、という風にジルベルトが頭を振る。ドグナムを逡巡していたが、彼の言う通りだと思ったのだろう。不承不承に頷いて、漸く俺の服から手を離した。最後にノルイを見ると、彼も1つ頷いた。


「よし、それじゃあ契約成立……ってことでいいかな?」


「ええ。よろしく頼むわね、トーマ」


 代表してリーダーのリズと握手を交わし、ここに即席の旅仲間が出来たのであった。

 ここまでに出て来た勇者一行の特徴を列挙すると、天然・厨二・脳筋・ドジっ子な恋する幼女おとめ・変態・腐女子・隠れ里を作った竜人夫婦・マッドインテリ。

魔王を倒したという功績が無かったらただのイロモノ集団でしかありません。竜人夫婦について出ている情報はまともなものなんですけどね(竜人夫婦にイロモノ要素が無かったとは言ってない)。

まだ詳細が明かされていない最後の1人はどんなイロモノだったのか……。

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