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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第2章 テンザン大迷宮にて
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第22話 悪い魔法使いじゃないよ?


 迷宮の内部は広い。

 通路の幅や高さは階層・ゾーンによってまちまちだが、それは深部へ行くほどより広大な迷路になって行く。


 勿論ただのモンスターが出没するだけの迷路では終わらない。所々にトラップが仕掛けられているし、時には環境自体がヤバい事もある。

 稀に宝箱を見付けたりもする。誰が置いたのか不明で、いつの間にどうやって中身が補充されるのかも解明されていないが、迷路が複雑になればなるほどその中身のレア度も上がって行く。ただし、いつもいつも『宝』が入っているわけではなく、モンスターや毒煙が出てきたり別のトラップの起動装置だったりもするハズレがあるので注意が必要だ……ちなみにそのハズレの危険度も迷路の複雑さに比例している。


 テンザン大迷宮の浅層は易しいと散々言っているが、今俺がいる1階は正にその通りだ。太陽の光は入らないのに視界は明るく、道は平らで歩きやすく、迷路は例え地図が無くても本格的に迷うことはまず無い。しかも出現するモンスターは弱い。


 俺は久々の迷宮を、少しゆっくりめに歩いていた。本心を言えばダッシュしてさっさと下層に降りたい所だが、生憎この辺りはまだ他の冒険者も多い。全力疾走している所を見られて不審がられたくは無いし、あまりスピードを出しすぎて曲がり角でぶつかってもラブコメは起きないのだ。ここは慎重に行こう。


 俺的には……つまり昔の基準で考えると、地上階層と地下5階層までは新人の修行からベテランの通過まで様々な人通りがある。

 ここから先は段々と人は少なくなり、新人は行っても地下5階層ぐらいまで、それ以上の中堅どころなら地下30階層ぐらいまで。これぐらいを目安に各々の実力と相談して探索をしていく。

 そしてベテラン・凄腕と言われる、或いはその自負を持っている者がそれより下を目指す。地下50階層ぐらいまでなら探索しているという者も少なくは無い。

 けれどこれ以上となると加速度的に探索者は減って行き、地下100層を超えたぐらいではほぼいなくなる。


 それとこれも何度も言っているが、テンザン大迷宮を初めて踏破したのはかつての俺たち勇者一行であり、そして踏破者はそれ以外にいない。

 俺たち以前にも最奥である地下255階層まで到達した者は僅かにはいたようだが、その後地上まで生還した者はいない。

 俺たち以後となると、地下255階層まで達した者すらいない……少なくとも俺の知る限りでは。最高記録は、地下224階層だ。勿論、地上に生還出来た者の記録である。

 閑話休題。


 これはあくまでも俺が知る約800年前の情報だが、迷宮のマッピングが当時と変わらず地下30階層以降は不完全なことを考えると、そう大きく変わってはいないと思う。

 なので人通りの多い地下5階層までは少しゆっくりと進み、そこから地下50階層までは少しペースアップ。そして人通りがぐっと少なくなるそれ以降は飛ばそうと思う。


 そんな自己プランに従って歩いていると、第一村人ならぬ。第一モンスターと遭遇した。


 そのモンスターはぷるんとした半透明の体を持つ、最弱モンスターの代名詞。

 そう、スライムである。そいつが俺の前方10mほどの突き当りにあるT字路の右側からずりずりと腹這いに進んできたのだ。


 特に問題は無いので、俺はそのままの速度で歩く。するとすぐにスライムがこちらに気付いた。迷宮内でモンスターに見付かるのは戦闘開始の合図である。

 俺の腰に下げられた鉄剣が鞘から抜かれ……


「ピギィィィィィィィィ!!」


 ……なかった。スライムは俺を視認した直後に一瞬だけ硬直すると、次の瞬間には悲鳴と共に脱兎のごとく逃げ出したからだ。


「……ハァ。やっぱりなぁ」


 1つ溜息を吐いてガクリと肩を落とすが、解っていたことだった。いや、迷宮内でモンスターに存在を気づかれるのが戦闘開始の合図というのは嘘じゃないんだ。ただ、例外があるだけで。

 そもそもモンスターは、人類よりも強者に敏感だ。そして本能の強い低級モンスターは、隔絶した力の持ち主に喧嘩を売ったりしない。生存本能が働くのである。今回のケースはその典型だった。


「何もそこまで必死に逃げなくてもいいのになぁ」


 先ほどのスライムの逃亡っぷりは、そりゃもう惚れ惚れするような素早さだった。しかしいくら実力差があるとはいえ、俺はスライムに何かをするつもりは毛頭無い。

 というのも、俺は昔スライムをテイムしていたことがあるからだ。アルとルルス村を旅立ったすぐ後に出会った、小さなスライム。その後、呪いを解いて日本に帰るまでの間、最も長い時間を共に過ごした使い魔だった。

 なのでスライムにはそこそこ愛着がある。どうせスライムを倒した所で大した経験値も魔石も得られないし、逆に無謀にも向こうから攻撃してきたとしてもダメージすら負わない自信がある。そのため、先ほど述べた愛着を優先して手出しをしない、それ所か愛でる気満々だった。なのに逃げられる。今に限ったことでは無く、もうずっとだ。ちょっと悲しい。


 ぷるぷる、俺悪い魔法使いじゃないよ?


 ……止めよう、空しくなってくる。


 頭を振って思考を切り替え、先へと進む。モンスターの方から避けてくれるなら無駄な戦闘を避けられていいじゃないか。効率的だ。


 その後もスライムを筆頭にゴブリンやミストといった低級モンスターと時折遭遇したが、どれも向こうから逃げて行ってくれたのでモンスターとのエンカウントで俺の足取りが止まることはなかった。

 宝箱もだ。何度か見つけたけど、手は出さなかった。欲しいとも思わなかったから。

 逆に足取りを止めたのは他の冒険者と遭遇した時で、マナーとして挨拶を交わしてから軽く情報交換をして別れるということを幾度か行った。そのどれもがパーティで、俺がソロだというのに驚いていた。とはいえここはまだまだ浅層、1人でも問題は無いだろうと納得はしてくれた。


 そうして過ぎる程に順調に大迷宮を進んでいると、地下5階層で出くわしたパーティが円陣を組んで見張りも立てながら、昼食を摂っている所に出くわした。そういえばと思い【時計クロック】で確認するとちょうど昼時だったので、俺も昼食を摂ることにする。

 メニューは【収納】空間に入っていた、大昔に誰かが作ったのであろうサンドイッチだ。【収納】空間は時間の流れと切り離されているので、食料が腐ることも無い。


 サンドイッチにかぶり付きながら……というか【収納】について考えながらふと思い至ったのが、ギルドカードだった。そういえばあれには、討伐したモンスターが自動で記載されていく仕様になっていた。今はいいが、もしももっと深い階層で戦闘になった時、討伐した上級モンスターが記載されたら面倒だ。

 なのでギルドカードも【収納】空間へと仕舞いこむ。あそこは隔絶された空間なため、あそこに入れておけ討伐モンスター履歴が更新されることも無い。よし、これでOK。


 昼食はすぐに済ませ、再び出発。今日の内に地下50階層までは進みたいのだ。

 俺のペースは、戦闘が無い上に道のりを把握しているため世間一般と比べると恐ろしく早い。しかし徐々に広大且つ入り組んで行く迷路を怪しまれない程度のペースで進むので、それなりに時間が掛かる。自分で決めた事とはいえ、それが酷くもどかしい。


 そんな軽いイライラを発散できる出来事が地下32階層にて起こった。初戦闘である。しかし相手はモンスターでは無い。モンスター達には相も変わらず逃げられている。では何と戦闘になったのかというと。


「次からはもう少し相手を選んで喧嘩を売ろうね」


 俺と同じ、大迷宮に挑戦中の冒険者パーティである。

 実際の所、彼らは相手を選んだつもりだったのだろう。彼らにとっての俺は、無謀にも大迷宮にソロで挑戦する、なまっちょろいガキだったはずだ……さっきまでは。


「カハッ……な、何だこのガキ……!」


 相手は4人組の男。全員がガタイのいいヒューマンで、魔法適性を持っていない。

 出くわした時から、ガラが悪そうな人たちだとは思っていた。俺を見付けると妙にニヤニヤとし、1人なのかと確認を取って来た。この時点で狙いは読めていたが、特に問題は無いと思い。正直に肯定。すると彼らは有り金と装備品を置いて行けとのたまったのだ。予想通り過ぎて溜息すら出なかった。

 正直に言えば、有り金も装備品も置いて行っても良かったのだ。どうせこの後家に帰れば特に困らない。グラドに特別に貰った刀だけは渡すわけにはいかなかったが、あれは【収納】空間にあるのでこいつらには気付かれていない。


 しかしこういった手合いは、味を占めれば何度でも同じことを繰り返す。いや、ひょっとしたら既に常習犯なのかも。

 大迷宮で起こることは自己責任。それを利用して、他の冒険者に絡んで恐喝を行う奴は昔から少なからずいるのだ。


 俺の心は決まった。彼らには灸を据えて、ついでに軽い憂さ晴らしもしようと。

 なのでキッパリとノーを告げ、すると彼らはニヤニヤ笑いのまま『だったら体に教えてやる』と向かって来て……直後にはこの有様だった。


「てめぇ……何をしやがった!?」


 パーティ4人の内3人は一瞬で昏倒。リーダー格らしき男は1人意識を保っているが、それは決して彼の防御力が高かったからじゃない。あえて1人だけ残したのだ。

 俺は地に伏せながら喚くその男の前にしゃがみ込む。


「何も。特別なことなんてしてないよ」


「嘘吐けッ!」


 嘘では無い。本当に、何も特別なことなんてしてないのだ。ただ、彼らには1発ずつ腹パンを食らってもらっただけである。俺を侮りまくっていた彼らは隙だらけで、全く難しいことなんて無かった。


「……まぁ、相手が悪かっただけだよ。ただ俺がお前らよりも、圧倒的に早くて強かっただけだ」


 真実を告げても、男は納得していない。ギラギラとした目でこちらを見据える。

 話しても埒が明かないな。さっさと済ませてしまおう。


「どうでもいいや。それよりこれから、お前たちの記憶を抜くからね」


「……はァ?」


 予想外だったのであろう言葉に目を剥く男に、俺はニッコリと笑った。


「安心してくれ。全ての記憶を奪って人格を破壊する気は無いよ。ただ、俺に関する記憶だけ貰うから」


 俺の実力、その一端だけとはいえ、知られてもいいと思えるような奴らじゃないからね。


「けどちょっと微調整して、今回の出来事そのものは残させてもらう」


 でないとこうしてお仕置きした意味は無いからね。つまり彼らには、正体不明の謎の人物からカツアゲをしようとしたら返り討ちに遭ったという記憶だけが残るわけだ。


「記憶を……奪う……? お前、何言って」


「あ! お前には後で他の3人を起こすっていう役目があるからな。ここでこのまま転がしておくと、その内モンスターに殺されることになる。それは目覚めが悪いからね」


「役目、だと?」


「? なぁに? お前ひょっとして、今こうして意識を保っているのが自分の実力のおかげだとでも思ってたの?」


 コテン、とわざとらしく小首を傾げてみると、そこでようやく男の顔色が変わった。

 悟ったらしい。目の前にいるのが真実、得体の知れない存在なのだと。


「さて!」


 パン、と大きな音を立てて手を叩くと、男は解り易くビクッと震えた。

 

 最初から解っていた。彼らは本当の所、とても気が小さいビビリ、チキンなのだと。だからこそ、子供――見た目だけだが――の、しかもソロの俺に4人がかりで来たのだ。


「そんじゃまずは、こっちの3人からだね。【記憶吸収メモリー・リーチ】」


 上級精神魔法【記憶吸収メモリー・リーチ】。これは対象から記憶を抜き取る魔法だ。対象を記憶喪失に陥らせる魔法は他に【記憶封印メモリー・シール】と【記憶消去メモリー・デリート】があるが、今回はこれを使う。

 封印だと何らかの要因で戻る可能性も0では無い。消去だとその衝撃で人格に影響が出る可能性も0では無い。なので抜き取るのがベストなのだ。術者である俺が戻さない限り抜いた記憶が戻ることは無いしね。


 手早く昏倒している3人から記憶を抜き取る。抜き取った量が少ないからか、その記憶が具現した結晶は米粒にも満たないサイズだった。


「さて、残るはお前だけ」


「ヒッ!」

 

 男はもう漏らしそうなぐらいに奮えていた。

 まぁ……記憶関連の魔法は総じて上級精神魔法、そして精神魔法は高位魔法に属する。つまり使い手などほぼおらず、世間一般の認知度も低い。同じ高位上級魔法である【転移】が有名なのは、利便性が高い故にマジックアイテムなどで広く知られているからに過ぎない。

 なので彼にしてみれば、俺は得体の知れない事をする得体の知れない奴なわけで、そんな俺に迫られるのは恐怖でしかないらしい。


 しかし心外である。


「何だよ、人を悪者みたいな目で見て。俺悪い魔法使いじゃないよ? むしろ悪いのはそっちじゃん」


 そう、そのはずだ。しかも危害を加える気は無いって言ってるのに、その怯えよう。理不尽だ。ついつい唇を尖らせてしまっても仕方が無いだろう。


「わ、悪かった! 謝る、これからももうやらねェ! だから見逃してくれッ!」


 体を引き摺りながら土下座しつつのそれは一見すると、心からの謝罪に見えた。例え怯え故のものであっても、解ってくれたのなら嬉しい。

 俺は彼の肩に手を掛けて顔を上げさせると、ニッコリと笑った。そして彼もホッとしたような顔をしたのを見届け、言葉を発する。


「やだ」


 肩の上に乗せていた両手をそのまま側頭部まで滑らせ、魔法を発動させる。命乞い――だから命なんて取らないってのに失礼な奴だ――が全く届いていないと悟った男は、盛大に顔を引き攣らせた。


「ぎゃあああああああ!!」


 何故叫ぶ。大丈夫、【記憶吸収メモリー・リーチ】は痛くないよ!

 精神的に限界だったのだろう。彼はそのまま意識を失った。おい、気絶するなよ。


「あー、もう。役目があるって言ったのに」


 吸収が完了したので手を離すと、彼はそのままドサリと倒れ込む。同時にカランと金属音を立て、短剣が彼の手元から落ちる。俺はそれを、割と冷めた目で見ていたと思う。


「おバカさん。丸わかりなんだよ」


 彼は土下座のために身をよじりつつ、こっそりと暗器を取り出していた。実に浅はか。相手が得体の知れない奴だと悟っていながら、そんなに簡単に欺けると思ったのか。

 例え怯え故でも反省してくれるなら良かったんだけどね。こっちがちょっと隙を見せたら調子に乗るようじゃ、期待出来ない。


「あーあ、いつの時代もこんな手合いはいるんだなぁ……それじゃあバイバイ。もうこういう事はやめなよ」


 意識を失った男4人の集団に別れを告げ、先に進む。ま、少しは気晴らしになったかな。


 ついでの置き土産に、彼らの頭上には【水球】を特大サイズで発動させておいた。頭から水を掛けられれば目も覚ますだろう。流石に死なせる気までは無い。だってあんなの、精々チンピラレベルだし。大迷宮の地下32階層まで来ていることを踏まえると、ただのというには腕が立つようだけど。

 先の道を左に曲がり、パチンと指を鳴らす。すると直後に盛大な水音と、数人の咳き込む声が聞こえた。


 その後は特に何も無く、相変わらずモンスターに逃げられ、偶に出会う他の冒険者と情報交換を交わし、順調に地下50階層まで到達した。階層を降りる毎に冒険者と出会う頻度は減って行き、出会う度に俺の装備やソロだということにツッコまれるようになっていったが、無難に誤魔化した……実はこれが1番時間を食った。


 目標としていた地下50階層に到達した時、時間を確認してみると。午後7時を回っていた。今日はここまでにしよう。


 適当な土壁に土魔法で穴を掘り、小部屋を作る。ついでに入った穴は再び土魔法で塞ぐと、安全圏の確保に成功だ。ここなら一晩中結界を張っておく必要も無いし、他の冒険者の置き引きに気を配る必要も無い。土魔法ってありがたい。


 振り返って見ると、今日の迷宮攻略は非常に単調だった。32階層でのチンピラとのいざこざが唯一の変化と言っていい。

 今日はチンピラのお仕置きいいことをしたな、とちょっとほくほくしながら、夕食を摂り、そのまま眠った。

 今回は順調すぎるぐらいに順調な大迷宮攻略。単調すぎるのでチンピラ4人組に出てもらいました。次回からは少し動くはず。


 それとプロローグに1話追加しましたので、宜しければそちらもどうぞ。

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