第19話 老婆心
「そうだ、ついでだからもう1つ頼めるかな?」
グラドの肩から手を離し、改めて向き直る。グラドもすぐに表情を戻した。この切り替えの早さは流石年の功か。
「さっき、俺と一緒にこの工房に来た2人。爆発すべきイケメンがアラン・リース。可愛い猫タイプ獣人がレベッカ・リース。兄妹で、俺がこの街に来た時から何かとよく遭遇して行動を共にするんだけど」
「今、心の声がダダ漏れになっていましたぞ」
言うな。
グラドのツッコミはスルーすることにした。
「あの2人がこの街にいる間、ちょっと気に掛けてあげてくれないか?」
「……それは、装備品などを融通してやってくれということですか?」
鍛冶師としては当然なのだろうその発想に、しかし俺は首を横に振った。
「いや、そうじゃない。本当にただ、気に掛けて見ていてくれるだけでいい。それで、よっぽどのっぴきならないトラブルが起こったようなら連絡をくれ……これ、1つ貰うぞ。後でこれの分の薬も渡すからな」
手近な机の上に加工用なのだろう魔石が入った箱があったため、その中の1つを取り出す。これ1個を俺に渡すことには否やは無いようで、グラドは何も言わなかった。
俺はそのままその魔石を手刀で半分に割り、手早く付与を施す。
「今、この魔石に【連鎖】を付与した。これで片方の魔石に何かをすれば、もう片方にも同じ事柄が起きる」
片方の魔石をグラドに渡しつつ、言葉を続ける。
「もしも万一の事が起きれば、それを壊せ。そうすれば俺が持ってる魔石も壊れて、異変が伝わる」
渡され、ほぼ反射的に受け取った魔石をしげしげと眺めながらグラドは嘆息する。
「相も変わらず、息をするように魔法付与をこなしますな。お見事です。しかし、その頼みは……難しいことではありませんので引き受けるのは吝かではありません。しかし何故、あの者たちをそこまで気に掛けるのです?」
何故……か。アランがアルに似てるから、ちょっと他人と思えないってのも、少しはある。けど、それ以上に。
「俺がこの街に来た時に最初に会ったのがあいつらだった。その後も何度も出くわして、色々と教えてもらった。こういうのを縁というんだろう。理屈じゃないのさ」
「言いたいことは解りますが、しかし……」
気を回しすぎなのではないか。グラドの顔にはそう書いてあった。
「……実は、気になっていることがある」
グラドと同様、俺だって確かにただ縁を感じただけなら、心に留め置く事はしても街を離れた後の事まで気にしたりはしない。気になることがあるからこそ、こうしているのだ。
「誰かがずっと、あいつらを見てるんだよ」
そう、そこが引っ掛かるのだ。
「最初に気付いたのはウサに入る前、あいつらに初めて会った時だ。誰かの視線を感じた。見事な隠行だったよ。俺も最初は気付かなかった」
「気付かなかった!? 貴方がですか!?」
「そこまで驚く事じゃないよ。殺気や敵意といった負の感情を滲ませずに完璧な隠行をされたら、俺だって気付かないさ。気付けたのはほんの一瞬だけ、その視線に棘が混じったからだ……けど、1度気付いてしまえば後は容易い。その後は同じく完璧な隠行をされながらも、うっすらと感じ取れた」
俺とリース兄妹は色んな場所で遭遇した。その際、ほぼ全てで誰かの視線を感じたのだ。
地下闘技場での初心者講習の時など、他者が入り込めない空間では感じなかった。しかしそれら以外では誰かが確実にいる。
「こっちが気付いていることに気付かれないように、全くの無反応で通した。最初は、見られてるのが俺かあの兄妹か解らないから暫く泳がせておこうと思ってたし。そして何度か繰り返す内に確信した。見られてるのはあっちの方だ」
「しかしそれは、彼らの問題なのでは? 状況からして、彼らがその何者かに監視されていたのは貴方と出会うよりも前からでしょう?」
「そうだよ。本来、俺は関係無い。こっちが巻き込んだわけでも無いから気にする必要も無い……でも気になるんだよねぇ。そいつ、これだけずっと監視し続けておきながら、俺が最初に気付いたその時以外は全く負の感情を出さないんだよ。殺気は勿論、軽い敵意や害意さえもだ」
何の理由も無く人を監視したりはしないだろう。しかもそいつは、初めは俺にも気付かせなかったような手練れだ。そのくせしてマイナス感情は持っていない。
「それと気になる事はもう1つある。まぁ、これはあの兄妹と関わりがある可能性は低いと思うけど……」
「もう1つ、ですか?」
そう。ただ、これは俺の気のせいかもしれないからなぁ。根拠の無いことを言うのもどうかと思うし、これは黙っておこう。
「……まぁ、心配半分好奇心半分って所さ。老婆心ってやつ? その程度の認識だから、どうしても嫌なら別にいい。ただ、よく言うだろ? 奇貨置くべしってな」
「奇貨、ですか? あの者たちがそれ程の器だと?」
「さぁ? 俺はあまり人を見る目が無いから、一般的にはどうか解らない。でもお前にとっては奇貨になり得ると思うぞ?」
そうしてニッと不敵に笑ってみせた。
「だってあいつらは、言ってみれば俺のお気に入りに分類されるわけだからね」
言われたグラドは一瞬呆けたような顔をしたが、次の瞬間には吹き出した。
「フッ、ハハ! そうか、そうですな! 貴方が何者かを知っている私からしてみれば、貴方の『お気に入り』にはそれだけで価値がある! 成る程、何だかんだでそこまで気に入っているのですか!」
「そうだね。何かの危険に巻き込まれれば心配するし、元気に過ごしていると知れれば安心する程度には。ただし……グラド」
少しずつ笑いが収まってきたらしいグラドに、ついと真面目な視線を向ける。
「俺のこの頼みを引き受けるにしろ断るにしろ、これだけはよく覚えておけ。俺は確かにあの兄妹を気に入っているが、それ以上にお前の方が大事だ。さっき縁という言葉を使ったが、それを言うならお前の方がより深いと思っている。だから、断りたけりゃ断れ。そして引き受けたとして、万一何かが起こったとしてもお前自身を危険に晒すような真似はするな。いいな?」
「……はい。それではこのグラド、謹んで拝命いたします」
グラドは渡した魔石を握り込み、そのまま右手を胸に置いた。それを見て、俺は思う。
「いや、そこまで畏まらんでも。命令したわけでも無いし」
ちょっと引くわー。
知己の思いが重い。竜人は生産職に就いても武士気質なのか。止めてよ、本当に引き際は見極めてくれよ。
「ま、家に帰ったら【異世界転移】用のマジックアイテムを作りつつトーマス教とアトラ帝国の調査もするつもりだから、忙しくなるけど。でも一段落したらまたこっちに顔出すね。その時は『刹那』と『コーラルリーフ』を持って来るよ。諸々のお礼に見せてあげる。あ、でも『コーラルリーフ』はあまり触らないようにね。色々と難しい所のある剣だから」
鍛冶師の性か、『刹那』と『コーラルリーフ』の名に目を輝かせるグラド。ははは、喜べ喜べ。
「それはそれは。実にありがたい。しかし、アトラ帝国を調べるということは……ウィステリア王国のことは既にご存知で?」
「……まぁね」
出て来た国名に、少し苦い気分になる。だがもしかして、長生きのグラドならリース兄妹よりもその滅亡の詳細を知っているかもしれない。
「グラド。お前、ウィステリア王国についてどれだけ知ってる? 少し話を聞いても良いか?」
「トーマ様……えぇ、勿論です」
頷き、グラドはそのまま続けた。
「私はウィステリア王国初代国王・『英傑王』トーヤ・ウィステリアとは面識がありません。それは勿論、生きた時代が違いますからな。けれど彼の王が貴方の親類だというのは存じていましたので、その末裔たるウィステリア王国には少なからず関心がありました」
確かに、グラドが生まれたのはトーヤが死んでから何百年も経ってからだ。知ってるわけが無いだろう。
「15~16年前だったか? ウィステリアが滅んだってのは」
「はい、16年前の事です。最後の王は第106代、アルヴィン。一部では『滅亡王』、などと揶揄されております」
それはまた、酷い二つ名だ。グラドも俺と同じように感じているのか、そっと溜息を吐いていた。
「私に言わせれば、彼の王ほど哀れな王も稀です。彼は元々、通常ならば王位など到底転がり込むはずのない傍流の生まれでしてな」
「王族の枠にギリギリで引っ掛かってる、名ばかりの存在ってやつか?」
「そう、それです。本人も王族としてでは無く臣下、武人として身を立てるつもりだったようで、それなりの腕を持っていたようです。武術大会で優勝などもして」
成る程、それでお前もそういうのを詳しく知ってるのか。
「ただ、時代が悪ぅございました。その当時のウィステリアは2代続いた愚王の残した負の遺産でそうとう逼迫していたらしいのです。そこにアトラ帝国の侵攻が重なって、もう国内はしっちゃかめっちゃかに」
うわぁ。
「当時のウィステリアの国力ではアトラには到底敵わない。それは誰が見ても明らかでしたが、1000年以上続いたウィステリア王国……王家はそれを認めず、戦争一歩手前。もしも戦争が起こっていたら、それは争いでは無く蹂躙になっていたでしょうな」
「……どこの世界も、長く続いたモノってプライドは高いんだね。歴史はそれだけで遺産にもなるし」
長く続いたというのは、それだけ長い間競合に勝ち続けたということだ。それは誇っても良い。でも、それがいつまでも続くなんて誰も保証できないのに。
「そんな中で、開戦派の筆頭だったウィステリア王国第105代国王・ルーファス2世が暗殺されました。その犯人がアルヴィンです」
「うん? それって最後の王と同一人物か?」
「はい、そうです。アルヴィンは王を暗殺し、他の王位継承者達を押しのけて王位に就き……1ヶ月後にはアトラ帝国に降伏を申し出ました」
それは……つまり、初めから。
「王を弑逆してその位を簒奪しておきながら、開戦すらせずに降伏して自国を滅亡に追い込んだ。故に『滅亡王』と呼ばれるのです……が、先ほども言いました通り」
「哀れな王。戦争が起これば争いでは無く蹂躙になっていた、と言ったな。国を滅ぼして民を守ったということか」
「はい。元・ウィステリア王国民、特に平民たちの中には、彼の王を『滅亡王』などとと扱き下ろす者はほぼいないと聞きます。それだけ、当時のアトラとウィステリアの力の差は歴然でした」
随分と思い切ったことをする。そんな事をすれば、他はまだしも自分の命は確実に無くなるだろうに。
「……一応聞いとくけど、その子はその後?」
「断頭台の露に」
だろうねぇ。
「そもそも彼の王を『滅亡王』などと声高に叫んだのは、アトラが侵攻を開始したと知った後にさっさと亡命したウィステリアの元・貴族王族ばかりでしたよ。しかし周辺諸国はともかく、詳細を知らない遠方の者はそれを信じる者も多い」
「グラド、お前はウィステリアを気に掛けていてくれたからそうして詳細を知っている。だからその最後の王を哀れむのか」
はい、とグラドは頷いた。だろうね、俺も正直に言って滅茶苦茶同情する。暗殺は良くないって言うのは簡単だけど、その先に成し遂げたことを考えるとなぁ。
「他の王族は? 粛清されたって聞いたけど」
「男は捕虜に、女は修道院に。けれどアルヴィン王が自身の命と引き換えに他の王族方の助命を申し出、アトラもこれを受け入れたため、当初は比較的穏便でしたよ」
「当初は?」
「……いつ頃からかは私も把握していません。しかし段々と、王族方は処刑されていきました。当初は元々の王位継承順位が高かった方が、反乱を企んだと言われ……正直、それはまだ解るのです。何だかんだ言っても、禍根を残すのは得策では無いでしょうし。反吐は出ますが」
おい、本音が漏れてるぞ。
「しかしそれは徐々に苛烈さを増していき、かつてのアルヴィン王と同じく傍流の傍流にやっと引っ掛かってるような者や、まだ赤子と言っても良いような幼子まで犠牲になり……最終的には他国へ亡命していた者にも手を伸ばし始め、今となってはもう残っていないそうです」
酷い話だ。
「それ、アトラは責められなかったのか? 初めは助命嘆願を受け入れてたんだろ? それを亡命者まで残らずって。国際問題にはならなかったのか?」
「なりましたとも。だからこそアトラは現在、軍国主義を取り下げているのです。馬鹿な真似をしてすみません、反省したのでこれからは平和を目指します、というアピールですよ。しかし恐らくは……」
まだ野心は捨てていない、ということなんだろう。
「ハァ……そんなのが、俺の末裔を名乗ってるの。嫌な感じ」
思いっきり溜息が出る。
「そういえば、ウィステリア王族の扱いは散々の様だけど、過去の王族に関しては? 王廟は大丈夫なのか? もっと言うと、トーヤの墓は?」
あの子の墓が荒らされでもしたら、色んな意味で大変だ。主に俺のメンタル的な意味で。
不意に焦りを生じさせた俺を安堵させるように、グラドは微笑んだ。
「ご安心を。トーヤ王の王廟は無事です」
「そっか」
良かった。あの子は安らかに眠っているのか…・…うん?
「トーヤの王廟『は』って?」
ちょっと待て、それはそれで不穏だぞ。
「それが……ウィステリアは300年ほど前、建国1000年を記念して遷都したのです」
え? 遷都?
「その遷都を行ったのは83代目の王なのですが、その王以降の王廟は荒らされてしまいました」
マジか。罰当たりな。
「そもそも83代目以前の王廟は遷都の際、移転のために発掘されましてな。それで恐らくアトラは目ぼしい物は無いと判断したのではないかと」
そうか、そんな事が。
まぁ、事情が事情だ。発掘されたのは複雑だが、遷都に伴っての移転なら丁重に扱われただろうし、そこまで……気にする……事……も………………。
「あーーーーーー!!!」
ダメじゃん! トーヤの廟が発掘されたって、それダメじゃん!!
「ど、どうなさったんですか、大声出して!? 隣の部屋に聞こえてしまいますよ!?」
「この部屋に入った瞬間に音漏れ防止の結界を張ってあるよ! それよりマズイよ、それ!」
「いつの間に? 流石はトーマ様。しかし何がマズイのですか?」
「発掘だ。トーヤの廟が発掘されたってのがマズイんだ。もしも、鍵を見付けられたら……」
あぁ、どうしよう。頭を抱える俺に対し、グラドはフムと考え込む姿勢を見せた。
「鍵とはもしや、かつて貴方の家に入るのに必要だった鍵ですか? しかしそれは昔、貴方が故郷に帰るとなった時に回収しているでしょう?」
「お前やの爺婆やリリアナからはな。それと俺が持ってた分も家に置いてある。ただ、1つだけ未回収のがあったんだよ」
ここまで言うと話の流れでその鍵が誰の物かは察しがついたらしい。
「残っていた? それがトーヤ王ですか? 祖父母やリリアナ様からは回収したのに彼からは……あぁ、そういうことですか」
グラドも察したように、あればっかりは仕方が無かったんだ。
「俺ん家はあの子の実家でもある。けれどまさか里帰りの度に大迷宮を攻略しろとは言えないからさ、鍵を渡してたんだ。そしてあの子が寿命を迎えた後、その鍵はあの子の廟に副葬品として奉られた。流石に義孫の墓を荒らす気にはなれなかったし、あの子は鍵の使い方を子孫にも伝えて無かったからただの装飾品と思われてたみたいだしで、だったらそのままでもいいかなって思って」
呆れ顔になったグラドに、俺は少しバツが悪くなる。くっそう、まさかの展開だ。
「それは失敗しましたな。しかしトーマ様。例えそれで鍵を発見されてたとしても、ウィステリア王国は鍵の使い方を知らなかったのでしょう? しかもあの鍵は確か、【個人識別】が付与されているために本人以外は使えなかったはず。そこまで焦るほどマズイ事態だとは思えないのですが」
あぁ、うん。
「そうだね、トーヤに渡していた鍵がお前の爺さん婆さん、それにリリアナに渡していたものと同じ機能だったらね」
マズったな……心を鬼にしてでも、墓から取り出しておくべきだったか。
「トーヤはな、俺の元から巣立っていく際に国を作ると言って出て行った。それは困難を極める道だ。当時は『厄災』の戦禍がまだ色濃く残って混乱していた時期だったから、少しはどさくさに紛れることも出来ただろうけど。でもやっぱり心配でな……ちょっと、ある仕掛けを施しておいたんだよ」
俺はあの子が出て行く時、手伝わないと言った。事実、手伝いはしなかった。それでもやっぱり祖父心としては心配で心配で、保険をかけておいたのだ。
「仕掛け、とは?」
「【転化】。それも相当強力なヤツだ。そしてその転化対象を死に指定した。つまり具体的に言うと、持ち主に寿命以外の要因で死が迫った時、たった1度だけだけどあの鍵が身代わりになる。そしてその後、強制的に【転移】を発動させるんだ。つまり、本当に死にそうになった時にその身を守り、俺ん家……俺の元に強制的に帰還させる」
「……何ですかそれは。死の【転化】なんて、そんなこと聞いたことがありませんよ」
「だろうな。俺が作ったんだから。俺は当時、生と死について研究してたんだよ。自分の呪いを解くために。その応用だった。ただ、これにはもの凄く複雑な魔法式を必要としていてな……これを鍵に組み込んだ結果、素材の容量の問題で他の魔法式を削らなくてはならなくなった」
マジックアイテムを作る際、その素材の質によって付与出来る魔法の数や質も決まる。鍵はとても良い素材を使ってはいたが、それでもあれもこれもと付与出来るわけでは無い。
「……念のために聞きます。何を削ったんですか?」
「【個人識別】」
俺の答えに、グラドは天を仰いで呻いた。
「つまり、こういう事ですか? 他の鍵ならば所有者として登録した人以外は使えない。けれどトーヤ王に渡していた鍵は誰でも使える。しかも誰かがそれを持った状態で死にかけた場合、強制的に仕掛けが作動してあの家に送られる」
「ついでに言っとくと、その仕掛けはあくまでも家に送るだけだからな。家に送られた誰かが地上に戻るには、【転移】が使えるかそれを可能とするマジックアイテムを持っているか。或いは俺が今やろうとしているように迷宮を突破するしかない」
「それってほぼ詰みじゃないですか。【転移】が使える人間なんて何人もいませんよ。マジックアイテムだって高価に過ぎます。しかも大迷宮の単独突破だなんて、私の祖父母でも出来なかったと聞いています。出来るとしたらトーマ様、貴方か勇者様ぐらいのものだと」
そーなんだよね。
「だからマズイんだよ。もしもそんな事になったら、その【転移】を食らった人に申し訳なくて……こんなの、俺が食らった【異世界召喚】と大差ないじゃないか」
もしも鍵を誰かが手に入れたとして、【転化】から始まる仕掛け抜きで我が家に不法侵入されても、それは仕方が無い。余計な仕掛けを施して【個人識別】を削った、或いは回収を怠った俺の判断ミスであり責任だ。トーヤの廟が暴かれる可能性を欠片も考えなかった怠慢でもある。
しかしその仕掛けが発動した場合、何も知らずに飛ばされた人はどうなる。やられた方からしてみれば、理不尽な誘拐でしかない。
「……しかも、そうだ。俺ってば家に置いてあった食料、全部【収納】して日本に帰ったんだ。今あの家、食料らしい食料が無い。水はあるけど」
「折角【転化】で命を拾っても、その先に待っているのは餓死コースですか。えげつないトラップを仕掛けましたね」
「俺だって予想外だよこんなの……まさかトーヤの墓が暴かれるなんて」
いや、実際は暴かれるのとは少し違うかもしれないけど。
「今度、確認しとかないといけないな。それに廟が発掘されたとは言っても、荒らされたわけじゃ無い。鍵はパッと見にはそんな高価なものじゃないし、そのまま埋葬され直したかもしれない……仮にそうだとしても、今度は回収するぞ、絶対に」
ウィステリア王国の領土は今や、アトラ帝国のもの。元々アトラ帝国には行くつもりだったんだ。予定が少し増えただけの事。
「……よし、今は落ち着こう。悪かったなグラド。少し取り乱した」
「いえ、是非取り乱して下さい。それだけマズイ品ですからな、その鍵は。それにしても……トーヤ王はよくそんな機能を容認したものです。私だったら怒りますよ」
「信用してないのか、子ども扱いするな、って?」
そりゃそうだ、俺だってやられた方なら怒る。それが解るから、苦笑が出る。
「解ってるよ。だからこれはあの子には内緒で付けた機能だ。あの子の実力は俺がよく知っている。みっちり鍛えたからね。だが、それでも何があるかは解らない。だから保険を掛けたんだ。過保護、とでも言いたげだな?」
グラドの表情にそれがありありと浮かんでいて、俺の苦笑は自嘲に変わった。
「解ってるさ、自分でも。けどもう、後悔したくなかったんだ。ジャスミンは間に合わなかったから」
「ジャスミン……ジャスミン……あぁ、トーヤ王の母親ですか。トーマ様の姪御で、聖女様と勇者様の娘」
そう、その豪華な血筋を持つジャスミンである。が、彼女はトーヤを残して早死にした。
「あの頃の俺は、放任と放置を履き違えていたんだ。ジャスミンも成人していたんだから、俺が気に病み過ぎてもしょうがないんだけどさ」
可愛い姪っ子だった。大事な養子だった。けれど俺は間に合わなかった。
姉貴が命を懸けて守った子だったのに。アルにも頼まれてたのに。アルは最期にちゃんと、ジャスミンを頼むって俺に言ったのに。
その反動がトーヤへの過保護というのは少々笑えない話だと、自分でも思うけど。
「ま、結局俺が心配する必要も無く、あの子は自分の力で順調に成り上がって行ったよ。鍵の仕掛けが働くことも無かった」
働かなかったからこそ、今もその仕掛けが生きているんだけどね。それは喜ばしいことのはずで、実際にトーヤがちゃんと寿命で逝ったのを見届けた時は悲しいながらもホッとしたのになぁ。
丁度話が一段落した所で、部屋の扉がドンドンと叩かれた。
「師匠! まだですか? もうこっちは一通りどころか2回も工房を見学させちまいましたよ!」
イストルだ。その声に、グラドは不思議そうな顔で俺を見た。
「音漏れ防止の結界を張ったはずでは?」
「音『漏れ』防止だからね。侵入は防がないよ」
「……それはまた、器用なことでございますな」
グラドが乾いた笑いを溢す中、俺は結界を解除した。それを察したのか、グラドも声を張り上げた。
「おう、もういいぞ! 待ってろ、すぐに行く!」
その威勢のいい声が聞こえたのだろう、扉の向こうにいたイストルが去って行く気配がした。
「今日は色々ありがとな。疲れることもあったけど、何だかんだで楽しかったよ。やっぱり知己っていいね」
「それは……こちらこそ。まさか、また生きてお目にかかれるとは思っていませんでした」
グラドの目には光るものが見えた。知己の思いが重い。
「それじゃあ後は武器防具一式を用意してくれ。くれぐれも、今の俺の冒険者ランクに見合った物を、だぞ。そしたら……今度、近い内にまた来るよ」
新たな刀を【収納】しながら、大賢者として、彼にとっての上位者・崇拝者としての別れの挨拶を口にする。この工房を出る時は、新米冒険者としての挨拶をするからだ。グラドもそれを察したのか、またもや拳を握った右手を胸元に置く。
「はい。お待ちしております」
酷く畏まったそれは最上級の敬意を表すしぐさだが、今回ばかりは思いが重いとは思わなかった。
これ、本当は前回と続けて1話の予定でした。流石に長すぎると思って2話に分けましたが。
第1章ももうじき終わります。第2章は大迷宮での話になりますが、その前に第1章時点での登場人物紹介を乗せようかと思ってます。そもそも第1章はほぼ説明のための章でしたから、登場人物(本人は未登場なのも含める)が結構多い。




