ぼくはかみさまep1
『ぼくはかみさま』
1
「あなたが……私の『かみさま』なのですか?」
夕暮れの屋上。沈む夕日に照らされた銀髪が、風に舞いながら金色の光を放つ。
碧玉のように透き通った瞳は、涙を湛えて僕を見つめていた。
鈴の音のように軽やかで、けれど凛とした声が、僕の脳裏に直接響く。
*
世の中、何がどう転んだらその結果に辿り着くのか分からない。適当な行動や何気ない嘘が大きな変化をもたらす事を、僕は身をもって知ることとなった。
何の特徴もない冴えない男子高校生である僕の名前は進藤奏。年齢は十七歳の高校二年生。勉強も学年では下の上だし、体力もなくスポーツ関係はやってこなかった。所謂陰キャという部類に属しているのだが、現状に不満は抱いておらず、改善する理由も見つけられないまま学校生活を送っていた。
僕が通っている高校は天主高校といい、この辺りでは偏差値が一番高い学校だ。自分の家から近いという理由だけで受験した結果、何の因果か受かってしまい学校の勉強に付いていくのがやっとという悪手を引いていた。偏差値の高い進学校と聞いて、全員が勉強熱心だと思っていたが、働きアリの法則は進学校にも作用していたのだ。
組織が形成されるとよく働く者、普通に働く者、サボる者の三種類に分けられる法則であり、僕は完全にサボる者へと分類される。ただ、サボる者は僕だけではなくこのクラスの中でも数名いた。クラスメイトからは落ちこぼれ扱いをされているが、僕たちは集団を組みながら周りの視線と戦っている。
進学校で一度落ちこぼれてしまったが最後、再び登ることは難しい。僕たちが必死になって追い付いている時には、周りの人は手の届かない先にいる。諦めてしまったほうが楽なのだ。
「一人で何を黄昏れてんだよ、奏」
一番窓側の席で頬杖を突きながら外を見ていた僕に話しかける声。声の主に視線を向けると、額から汗を滴らせた坊主頭の男子がいた。
「松浦か」
松浦吟。
僕よりも勉強の成績は悪いが、スポーツに関しては学年でも指折りの成績を残している。今朝も部活動の朝練に参加してきたのか、運動後特有の雰囲気を醸し出していた。確か松浦が所属しているのは野球部だったか。天主高校の部活動は強いところもあれば弱いところもある。学力だけではなく、肉体的な面も重視している学校のため、野球部やサッカー部などのメジャーな部活は県大会へ行ける程度の実力は持っていた。
「朝から悩み事かよ」
「結構な悩み事があるんだよ、僕にもさ」
「そんなもん体を動かせば吹っ飛ぶぜ?」
「お前と一緒にすんなよ、体力馬鹿」
「体力も無い馬鹿に言われても何も響かないぜ」
何の生産性もない会話を聞いているクラスメイトなどおらず、教室の端で僕たちは朝から語り合う。
「んで、何悩んでんだよ。話せることなら聞いてやるぜ」
松浦の席は都合がよいことに僕の隣だった。スクールバッグを床に置き、力強く座席へと座ると僕の方を向いて聞いてくる。
ガサツで適当な男ではあるが、彼が友達思いだということは知っている。学校で数少ない会話ができる友人。蔑ろにするつもりはなかった。
「話せるなら話したいんだが、僕もまだ事実かどうか分かんないんだ」
「それってどういう――」
言葉を遮るように教室内に声が響く。
「おはよー!」
クラスメイトの視線はすぐに声の発生源へと向かうが、原因を認識した後、興味をなくしたかのように目を背けた。
一連の流れを全く意に介さず、僕たちの元へと向かってくる女子のように見える男子生徒がいる。その後ろには眼鏡を掛けた七三の男子が付いてきていた。
「おはよ。奏、吟」
「おっす」
「おはよう」
彼の名前は烏森湖春。可愛らしい名前から想像できるように、彼の容姿は華奢で愛らしさすら覚える。本人も自分の容姿には気を使っているのか、肌荒れなどは一切なく、いつ見ても完璧と言える容姿をしていた。
身長も百五十センチ台と小さく、黒髪は肩口まで伸びており、男子用の学生服を着ていなければ性別が分からない。本人曰く「女の子になりたいわけじゃないよ。男のままでも可愛くなれるならそれでいい。男子の制服を着ている可愛い子って唆るでしょ?」とのこと。
数ヶ月間一緒に過ごしたことで烏森の性格が分かっている。彼は自分自身をしっかりと持って、行動に移しているのだ。
ちなみに学力は僕と同じくらい馬鹿。スポーツは怪我をしたくないという理由から参加しないため僕と同じくらいの成績。しっかりと落ちこぼれであった。
「二人ともおはようございます」
烏森の後ろから声をかけてきたのは東雲律。学生服を着崩す事なく校則通りに着こなしており、髪型も真面目を絵に描いたような七三分け。眼鏡も相まって、勉学に精通した人間と言われれば間違いなく納得してしまう。
「おはよう」
「うっす。東雲は湖春と一緒に来たのか?」
「いえ、下駄箱で会いまして」
「そこから一緒に来たの」
真面目な風貌をしている東雲だが、僕たちのグループの一員だった。勉強ができない三人に対して東雲の成績はトップクラスであり、定期テストの結果では一位になることも何度かあった。
東雲が僕たちと一緒にいる理由は、単純にコミュ障だからだ。勉強しかしてこなかった東雲は人と関わることを疎かにしすぎてしまったらしい。その結果、高校に入ってから人と話せずに孤立していたところを松浦が声をかけた。そして僕たちと一緒にいる。
正反対とも言える僕たちだったが、何故か馬があったのだ。勉強で分からないことがあれば東雲に聞き、運動で困れば松浦に聞く。烏森に関しては、女子と関わることがなかった僕たちの清涼剤となっていた。僕は何もしていないが皆の潤滑油になっていればそれでいい。
「それより聞いてくれよ。なんか奏が悩んでるらしくてよ。それを聞き出そうとしたらお前らが来たから話止まってんだ」
二人の席は遠いため立ちっぱなしだったが、それを気にもせず松浦は話し出した。内容は僕の悩み事について。
デリカシーはあるのか、声量は僕たち四人にだけ聞こえる声だったのは幸いだろう。他人に聞かれたい話ではなかった。
「奏に悩み事?そんなのなさそうなのに」
「湖春くん。それは失礼ですよ。奏くんにも悩みの百個はあります」
「流石に悩みすぎだろ」
東雲が掛けている眼鏡を指で上げると、光の反射によってレンズが白く染まる。立ちながら聞いている東雲に見下されている僕は、アホらしくなり適当に話を流した。
「悩みって言っても僕もよくわかんないんだ」
「よくわかんないって何だよ」
言葉通り、昨日起こった出来事が現実なのか夢なのか僕には分からなかった。夕暮れ時に屋上で起こったことは今でも鮮明に思い出せるが、一晩経った結果、自分自身を信じられなくなった。
彼らに話した所で冗談だと一蹴されるか、頭の病気を疑われて心配するかのどちらかだ。僕だってそう思う。
「あの子が来てみないと何もわからん」
「あの子って? 奏に僕たち以外の友達がいるとも思えないけど」
会話をするために烏森のほうを向き、その向こう側の入り口を見つめていた僕は目的の人物が教室へと入ってくる姿が目に映る。
「おはようございます」
入り口で恭しく挨拶をした彼女の一声により、教室の喧騒は静寂へと切り替わる。鈴の音のように軽やかでありながらも凛とした声。肩甲骨の辺りで切りそろえられた銀髪は頭頂部にあるカチューシャによって纏められていた。碧玉のように光を取り込む両目は宝石のようだと言われれば誰しもが納得してしまうだろう。人間離れした、と評してしまうほどの美少女。才色兼備とは白菊蓮華のためにある言葉といっても過言ではないだろう。
悲しげな表情を浮かべながら教室へと踏み入った白菊と目が合った。僕が見続けていたのが悪い。
「相変わらず蓮華ちゃんが来ると教室の空気が張り詰めるね」
「そりゃ天才だって噂だぜ? それにあの容姿だ。皆が触れにくい存在ってのはあるだろ」
「僕も白菊さんには何度もテストで負けています。容姿だけの存在ならどれだけ良かったか」
口々に彼女を褒める三人。しかし僕の耳には三人の言葉など入ってこなかった。
僕と目を合わせた白菊は、ゆっくりと歩みを進める。
自分の席ではなく、僕たちの元へ。その行動はクラスメイトから見られており、グループの三人も自分たちの元へとやってくる白菊に驚いて目を丸くしていた。
軽やかな足取り、僕にとってはバスドラムの重低音のようにプレッシャーとなって押し寄せてきた。
白菊は僕たちの元へと辿り着くとその場で足を止める。東雲と烏森なんて、追い詰められた様子で壁に張り付いていた。
クラスの皆が白菊の行動に注視している中、僕だけは別のことを考えていた。
――頼む。この場では何も言わないでくれ。
僕の願いは叶わず、白菊の唇がゆっくりと開いて声を発した。
「おはようございます、かみさま」
僕の悩みは白菊蓮華の神様になってしまったことだった。
新作です。
ラブコメの皮を被ったミステリーになっていますので評価等よろしくお願いします。




