承 千妖予着ー妖尾ー
ー幻想郷、永遠亭
とてつもなく長い竹林を抜け、その先にあるひとつの屋敷。
時代を感じる造りにどこか哀愁を感じる佇まい。
その手前で、幽夢継、フラン、てゐの三人が一塊になって彷徨いていた。
なにやらこそこそと忍び寄る格好で段々と門の方へ近づいている。
その間の距離が見当、数メートルを切った辺りで、内のひとりが声をあげた。
「たのもー」
やたら明るく、覇気がこもっていないように聞こえる。
屋敷の広さ的に、奥まで届くハズはない。
しかし、呼び掛けにはふたりからの反応があった。
永琳と輝夜だ。
「やはり来ましたか。どうぞこちらへ」
丁寧な返事。
そして穏やかな声色。
声の主はこの三人を待っていたかのような答え方をしている。
屋敷の奥からでてきたもうひとりの方は、何も言わずただ継ひとりを見つめているだけである。
「話が早いね。流石は月の人だ」
継はそう呑気に返す。
永琳の手招きに身を任せ、三人は屋敷の中へと姿を消した。
「うわー、ひっろーい」
そう感嘆の声をあげたのはフランだ。
そこかしこをキョロキョロと覗きながら心を踊らせているのがわかる。
「確かに外からじゃ全部は見えないからなー。案外大きかったりするんだな」
フランの言葉を拾ったのは継である。
彼もまた、感心しながら永琳たちについて行く。
綺麗に手入れされた庭を抜け、足の感触はしっとりとした木材へと変わる。
同時に、とうとうあの巨大な屋敷の内装に目が移る。
襖や障子が多く、全開にすれば夏でも快適に過ごせそうな間取り。
加えて迷路のような連続する廊下。
「うわー、こりゃ迷子になりそうだな」
継もこれには悲鳴をあげて構えた。
「ねえねえ、お兄ちゃん…」
そこで、フランが継が着ている服の裾を引っ張った。
なんだと返しながら一度足を止め、継はフランが指差した方向へと目を向けた。
そこには何匹かのウサギたちが隠れるようにしてこちらを覗いている姿があった。
「これは…?」
「それは、我が屋敷で飼っているものたちです」
説明するかのように、永琳が淡々として答えた。
「飼ってるって…」
再び継はウサギたちの方を見る。
それに合わせて、驚いた一匹の耳がピクリと動いた。
その反応に、自然と継の頬が緩む。
「おっとまずい……」
そうぼやいたかと思えば、静かに歩みを再開した。
あれから継たちは少し移動し…現在、大きな広間に通されている。
だだっ広い座敷と畳で埋め尽くされた床は、どうにも居心地の悪さを感じさせた。
中央には長方形の机が設置されていて、おそらく十人は余裕をもって鎮座できるだろう。
丁度そこへてゐとフランを除いた三人は揃って座り込む。
フランは外でお留守番だ。
「じゃあ、話し合いといこうかな」
重苦しい空気に切り口を入れるような軽い声をだす。
その目には真っ直ぐ永琳を捉えていた。
そのまま継は続けていく。
「……知ってると思うけど、僕はこれから幻想郷を奪取する。でもひとりだとさすがに無理がありそうだと判断してる。そこで、最も話のわかりそうなひとに聞いてるんだけど…どうかな?」
長い切り出し方。
継の交渉技術のなさが目立っているところだ。
しかし、一応は実力者である。
いくら相手がバカでも、この提案を切ることはやりづらいのだ。
その上で、永琳は言葉を綴る。
「私たちとしても、貴方とは極力争いたくない」
「…だよね」
悠々とした調子の継に、今度は輝夜が口を挟む。
「アタシは興味ありますわよ、底の知れぬ力…」
輝夜はそう言いながら含みのある視線を送った。
先程から見ていたのはそういうことだったのかと、継は勝手ながらに納得した。
続けて永琳の叱責が繰り出される。
「姫様…!今はお静かに!」
「つまらないわ、えーりん。アタシを楽しませるというのは虚言かしら?」
「それは後の話ですぅっ!今は、お静かに!!」
場の空気は一気に変わり、既に話し合いなどできる環境ではなくなっている。
ふたりの様子にみかねた継は無理矢理にでも話題を戻すべく、ある提案を持ち出した。
「僕の意見としては、あなた方には協力してもらいたい。そっちも、敵対する気はないらしいなら、僕たちで同盟を結ぶことにしませんか?」
予ての提案である。
またしんと静まり返る大広間で、完全に冷めた空気が漂い始めた。
かと言って、これで終わる話しではない。
永琳が代表して、意見を述べだす。
「内容はいかほどに…?」
「僕たちと永遠亭勢力は互いに協力関係を築く…でどうかな」
「…なるほど」
「もちろん、君らに損はさせない」
数秒間、継と永琳は互いに見つめ合う。
鋭い視線が何度か交差した後、答えは出る。
「わかりました。交渉は成立です」
これもまた、お互い予想していた結果だ。
確定していた未来とも言える。
「よし、決まりだ」
いきのいい返事をした後、継は立ち上がった。
既に次の計画を立てていたのだ。
「じゃあ早速なんだけどさ、フランちゃんをここで預かっててくれないかな」
「………え?」
突然の言葉に、永琳は動揺する。
しかし継はそれを気にもせず続けた。
「僕の見立てでは、ここより安全な場所ってないと思うんだよね。だから、よろしく頼むよ」
吐き捨てるように言えば、継は次の瞬間には、姿を消していた。
「……え…?」
「えぇー…」
永琳、輝夜共に、唖然とした様子で固まっている。
それもその筈である。
同盟を結んだ相手に、いきなり仕事を押し付けられて逃げられたのだから。
「ちょっとえーりん、わたくしを楽しませるハズじゃなかったの?」
「いや…でも…私としても想定外ですし」
「貴方天才なんでしょう?想定していても問題ないはずでしょうに」
「すみません、得たいの知れぬ相手に遅れをとりました…」
珍しく永琳が反省している。
彼女の失敗など見たこともない輝夜だったが、今は腹のいどころが悪いのかだいぶ反抗的である。
「話は終わったのか?」
ここで襖からてゐが顔を出してきた。
その目に映ったのは何故かキレている輝夜と、落ち込む永琳の姿だ。
「おいおい、なにがあったんだ…」
少々引き気味に反応する。
そのまま周囲を観察したが、継の姿が見当たらないことに気づいたてゐは訪ねた。
「それよりあの人間はどこ行った?」
彼女の視線が光を失った永琳の目と合う。
いちいち答えるのは面倒だがこのまま黙っていても仕方ないので、永琳は話し始めた。
「それが・・・――」
――
「――あはははっ!ソイツは最高だ!」
話を聞くなり、てゐは畳の上に笑い転げる。
二度、三度それを繰り返すと息を切らせながら起き上がり永琳に向かって言った。
「あんたそれで逃げられたってわけか?」
「いえ、恐らくはまた戻ってくるでしょう」
「にしても同盟を結んだ直後に面倒事押し付けてとんずらとは、とんだ野郎だな」
「全くよ!えーりんが怪物とかバケモノとか言うから期待してたのにっ!」
輝夜も怒りながら口をはさんできた。
そして、てゐとふたりで永琳の方へ詰めていく。
「わたくしを楽しませるというのは、どうしたのかしら…!」
「それはまた後で必ずやりますから。それより今はこれからの彼との関わりかたです」
「そんなの決まってるだろ、あの妹…?を人質にしてこき使うんだ」
「貴方は…あれですね。ホラー映画で真っ先に退場なされるモブですね」
「…は?」
てゐが永琳の挑発に乗る。
一瞬その顔が曇ったが、彼女の言ったことは正論であった為言い返す言葉がなく黙り込んだ。
「取り敢えずはあのお嬢さんをこちらで匿うしかないでしょう。姫様、お相手願えますか?」
「はあ!?何でわたくしが…」
「あのお嬢さんは見るところ紅魔館の娘のようです。彼女のもつ力は簡単に言えば破壊。我々では触れられただけで粉微塵でしょうね」
「何それ…わたくしが痛いだけじゃないの!」
「まあ、多少のアレはあると思いますが、私たちが死ぬよりはマシだと」
「あたしも死ぬのはちょっとな…」
みるみるうちに輝夜の顔が暗くなっていく。
後退りしながら構える輝夜。
次の瞬間勢いよく襖の扉が開かれた。
それに大きく反応する輝夜。
「お話はもう終わった?」
本人の登場である。
輝夜がふたりの方を見たときには既に部屋の隅まで移動して固まっていた。
そこへ小声で話しかける。
「ちょっと貴方たち!わたくしを見捨てるつもり!?」
「いえ、姫様は大事な主様ですよ」
「じゃあ助けなさいよ!」
「それは無理な話です」
「くぅっ…!!」
輝夜の憤怒が永琳に向く。
それを軽くあしらった永琳は無言のままとある雑誌を取り出した。
目をこらす輝夜が見たそこにはこんなことが書いてあった。
『オタク・にーと必見!人との話し方ガイダンス!』
なんともふざけたタイトルだ。
確実に輝夜に対しての煽りである。
澄ました顔の永琳は続けて、輝夜にサムズアップサインを送ってきた。
「何よアイツ…ッ!」
ますます溜まる輝夜のストレスは当てる場所を見失い散り散りになっていた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんはどこ行ったの?」
今まで放置されていたフランがあることに気付き、質問を投げ掛けてくる。
この状況は輝夜からすればカオスであった。
一向に役にたたないふたり組に見送られ、どんなものでも破壊してしまう無邪気な子どもひとりの相手をする。
これは人数に限る話ではなく、輝夜の精神状態も関係しているだろう。
「…お姉ちゃん…?」
たじろぎながら言うフラン。
時既に遅し。
「貴方、耳を塞いでいてちょうだい」
「…?わかった…」
輝夜にそう言われ、フランは素直に行動に移す。
次の瞬間、輝夜は大きく息を吸い込んだ。
「ああーッもうっ!頭に来るわね!えーりん!!貴方いい加減にしなさいよーッ!」
継が消えてからは時間の問題のようだったが、とうとう輝夜の怒りが爆発した。
しかしこれも普段ではあり得ない反応だ。
これもこの異変の…継の影響なのだろうか。
暫く、永遠亭には輝夜の怒声が鳴り響くことになった。
ー幻想郷、博麗神社
神社というのは神聖な場所である必要がある。
しかし今の現状はとてもそうとは言えないだろう。
三人の少女がうつ伏せで倒れている事態。
これには道行く者はみなこう言うだろう。
「あれ…何やってるんだ?」
ここに、ひとり同じ反応を示す者がいた。
継だ。
最後の石段を登りきり、堂々と歩いてくる。
当然、三人も彼の存在に気がつく。
「おいおい…今度はなんだ?」
倒れているひとりが面倒くさそうに呟く。
その言葉を無視して継は喋りだす。
「ここで何があったのか訊いてもいい?」
いきなり現れた謎の青年。
それに対していう言葉なぞたかが知れる。
「貴方たち、何者?」
またひとりが怖いかおをして言った。
霊夢だ。
つい先程何者かに襲われてからずっとこの状態で、気が立っているらしい。
しかし継が反応したのは彼女の訊きたいことではなかった。
「たち…?」
そう短く切り抜くと、逆に質問を返した。
これは霊夢も想定外だ。
「え…?」
「さっき、あなたたちって言ったのか?」
「そうだけど?」
少し警戒しながら霊夢は答えた。
継の表情が暗くなる。
「それで、貴方は誰なのよ」
「僕は幽夢継。ここを侵略しにきた侵入者だ。それよりさっきの…」
「あんたが継か、何か伝言があるんだけど…」
そこで口をはさんだのは魔理沙だ。
この数時間前、三人はある伝言を謎の人物から言われていたのである。
「伝言…?」
当然、この言葉に継は引っ掛かる。
自分以外の誰かがこの幻想郷に侵入してきている事を示唆するものがあるというのだ。
これは完全に計画外。
継は恐る恐るそれを尋ねた。
「どんな内容なんだ…?」
「『残念、ダブルブッキングだ。それに君も対象だ』だとよ。これ、どういう意味だ?」
その瞬間継の思考は止まり、今まで感じたことのないような悪寒を知ることになった。
「………」
「ちょっとアンタ、何か言いなさいよ」
「コイツ何かおかしいぞ」
「そうですね。いきなり思考が乱れ始めました」
この間、継は伝言を残した主について考えていた。
しかし、彼の記憶には心当たりはない。
今まで多くの仕事をやってきて失敗をしたこともない。
ただハッキリとわかるのは、時期に自分も消されるということだけ。
「…決めた」
思考の末、継は決断する。
もし――
「おい、継!」
その時だった。
何もない虚空から誰かの声が耳に入ってきた。
継にとって、この声はよく耳にするものだった。
ー幻想郷、紅魔館
大きく構える館。
そしてその正面で動くふたりの男女。
この幻想郷でもある程度目立つ白髪に、紺碧の瞳。
外界からの訪問者だろう、その身に纏う衣服は白を基調としたカットTシャツに薄い茶色が染められた長ズボンである。
隣にいる少女もやや珍しい格好だ。
ナイトキャップにレースが多く装飾されているドレス、薄い紫色を統一させている。
よく見ると背中には小さな翼が生えていた。
ここまで特徴が揃っていては間違えるハズはないだろう。
このふたりの正体はつい最近幻想入りを果たした魂魄凍樹と、一時期その命を狙っていた紅魔館の主レミリア・スカーレットである。
こそこそと移動しながら少女の鋭い目が凍樹のことを捉える。
「やっと着いたわね、随分長く感じたのだけれど」
「ホント、疲れたよ…」
「殆ど貴方のせいじゃない!空飛べないってどういうことよ!」
「そんなとこキレられても…人は普通飛べないんだよ」
「はあ…貴方、ここまで来たからには後でちゃんと説明してもらうわよ」
「わかってるって、君が信じるかは知らないけど…」
「それどういう意味よ」
「そのままなんだけど?」
「腹立たしいわね。外界から来たのって皆こうなのかしら」
この言葉はレミリアにとってブーメランである。
彼女もまた、以前外界からこの幻想の地へとやってきた人物であるのだ。
「ところでどうして俺たち、こんなこそこそしてるのさ」
「見つかっちゃマズいのよ」
「誰に…?どうして…?」
知らないことをあまり放置しない性格の凍樹は、しつこく問い詰めてくる。
それを鬱陶しく思いながらもレミリアは簡潔に答えた。
「…咲夜よ」
その声には心なしか怒りが込められていた気がする。
「え、誰…?」
当然の疑問である。
「しつこいわね、この館のメイド長よ。見つかれば怒られる…たぶん」
随分と早口な説明だ。
これでは凍樹が聞き取れないという可能性が出てくるのだが。
「その人、怖いんだ…」
言いながら、凍樹もつられて怖いものを想像した。
どうやら聞き取れていたらしい。
「怒らせなければかわいいものよ」
「怒らせなければ…ね」
「まあ考えても始まらないわ。早く中に入るわよ」
「え、入るの?入っていいの?」
「当たり前でしょ、何のためにここまで来たのよ」
「それは…そうか。でも見つかるんじゃ?」
「中に入ってしまえばいくらでも言い訳ができるの」
「え、ちょっとなに言ってんだかわかんないんだけど…」
「貴方頭悪いのね、メモリーカードでもさしておけば?」
「それ、この世界だと常識なの?メモリーさしてるの?」
「チッ…冗談も通じないのね」
さも不機嫌そうに舌打ちをした。
そのままレミリアは紅魔館の門へと向かっていった。
どうやら凍樹は嫌われているようだ。
彼女の背中を後から遅れて追いかける。
しかし早歩きのレミリアには追い付けない。
いったいさっきまでのこそこそはどうしたのだろうか。
凍樹が紅魔館の中に入ると、そこには驚きの光景があった。
外面も綺麗だが、一般市民の凍樹には内装はより豪華に見えた。
その証拠に、彼は感嘆の声をあげる。
「うわ…想像してたよりもずっとスゴい…」
高価な香りが漂っている空間。
そしてどこまでも続いていきそうな廊下。
息をのむ凍樹に、レミリアは言う。
「ほら、ぼさっとしてないで早く行くわよ」
館のことを褒められて機嫌が直ったのか、レミリアの口調はもとの通りになっている。
それに安堵し、そっと胸を撫で下ろす。
次にレミリアが向かった先はとある客室だった。
これも綺麗に片付けられていて、もとより準備されていたように感じた。
「座りなさい」
レミリアはそう言って中央にある長机を挟んで配置されているソファに腰掛けた。
自然と凍樹の体は彼女の指差したところへ座る。
これからつまらない…厳正な会談が行われるのだ。
凍樹の胸は波打って、緊張が漂い始める。
「それで?貴方はどうしてこの幻想郷に?」
始めに切り出したのはレミリアだ。
「どうして…いや、気付いたらここにいたんだよ」
「そう、じゃあ訊くわ。何故貴方があんな森で彷徨っていたのか」
「目が覚めたのがそこで…」
「ふーん。ちなみにその腰に下げた刀は何かしら?」
「これも、気付いたら……」
「ねぇ……貴方病気なの?」
「違うよ!!全部ホントだし、というか俺だってこんな状況意味わかんねえよ…!」
「あらそう、同感ね」
レミリアは両目を閉じ、そうさらっと言った。
先程からのレミリアの言い様は丁寧に見えるが、実際は鋭く冷たい。
そのせいか、確かに事実を言っている凍樹も疑心暗鬼になり始めている。
「記憶がないのか、知らないのか…どっちにしろ貴方は危険よ。状態も状況もね」
「俺はこれからどうすればいい?」
レミリアは少し考えてから言った。
「害がないと言うのなら、私が飼ってもいいわ」
「か、飼う…!?」
驚き混じりの反応を口に、凍樹は跳び上がった。
「なんでそうなるんだよ!?」
「不満?」
余裕の笑みで聞き返すレミリア。
「当たり前だ!」
それに対し、凍樹の愉快なツッコミが入る。
「そう、残念だわ」
その声は何故か明るい。
少なくとも残念だとは1ミリも思ってないことはわかる。
「それにしても、咲夜は遅いわね。どこに行ってるのよ…」
「もしかしてメイド長さんも行方不明とか…?」
「そんなわけないでしょう?咲夜に限って、そんなことはないハズよ」
「それフラグじゃ…」
「何かしら、不愉快な名前ね」
レミリアはそう言って凍樹を睨んでくる。
不機嫌そうな顔のオマケ付きだ。
「いや、知らないならいいんだけど」
その様子に、レミリアは大きくため息をつく。
これはマズいと思ったのか、取り急ぎ凍樹は話題を変えた。
「そ、それよりさ、妹さんを探しに行かなくて大丈夫なの?」
この紅魔館にくる途中、凍樹はレミリアから現在行方不明の妹、フランについて話を聞いていた。
何か協力できはしないかと思っていた凍樹も、これ以上彼女の時間をとってしまうのは望むところではないのだろう。
「そうね…忘れていたわ」
「…え……?」
このとき凍樹が感じた違和感。
本来あり得てはいけない事象が発生しているのだ。
それが何かは、まだ新入りの凍樹にはわからなかった。
しかし確実に、何かは起こっている。
凍樹は、幻想郷の恐怖の一端を思い知った。
ー幻想郷、守矢神社
洩矢諏訪子、八坂神奈子の失踪から約四時間が経過。
そこにはかつての賑やかさはなく、重々しい静寂だけが取り残されていた。
その中、ひとり危険を逃れた者がいる。
彼女は唸り声をあげながら、苦しそうに横たわっていた。
「う…うぅ……」
崖下から何者かが登って来ている。
その者は緑髪で巫女装束を纏った少女の姿をしていた。
想像以上に疲弊している様子を見ると、この前に起こった出来事の壮絶さを物語っている。
その後も何度か荒い呼吸が繰り返され、彼女は呟く。
「諏訪子様、神奈子様…どうして…」
悲しみに耽る彼女の目にはかすかな潤いがあった。
ただ無念と焦燥が入り交じり、複雑な感情をその胸に形成している。
やがて東風谷早苗は立ち上がる。
ほんの僅かな力を振り絞り、震える両足に言い聞かせた。
「まだ、終わってない…もっと頑張って…」
一歩一歩は重いが、着実に何処かへと向かっている。
彼女の言う通り、まだ何も終わってなどいない。
むしろ開幕の狼煙があげられたばかりである。
幻想郷侵攻、後にこの名で通ることになる幻想郷最大の超異変は、これからさらに激化することになる…。
ー現世、タワーマンションの二十階
大都市圏内に構える巨大なタワーマンション。
そしてその一室とも言えない広さの空間では男女総勢四名が屯していた。
どれも個性的な格好で、全員が中央に置かれた机上の水晶玉を眺めている。
そこへ、紅一点の少女がそれへと近づいていった。
その目に映すのは水晶玉の中で動いている人影。
その正体は言わずと知れた彼、幽夢継である。
やがて、我慢ができなくなった子どもの様に高い笑い声を出した。
「フフ……あははははははっ!さイッコー!これが幻想郷かぁ、楽しみじゃのう!」
「キヴァちゃん、あんまり戯けるのは…ね」
周りにいる男のひとりが言った。
どうやら彼女の名前はキヴァというらしい。
穏やかな口調のまま、男は繰り返す。
「それに、問題は解決してる訳じゃないしさ」
「でものう、一番興奮してる奴に言われても…」
キヴァにそう言われ、少し照れくさそうに男は頭を掻いた。
でも確かに、その興奮は見ればわかる程に伝わってくる。
「それに、ユメミよ。お主の言う通信が繋がらないというのはウソじゃろう」
男の名前はユメミと言うらしい。
そのユメミがキヴァ言葉にゆっくりと反応する。
「どうしてそう思うんだい?」
「簡単じゃよ。ワシは繋がったぞ?おい、継!」
堂々と宣言するキヴァに、ユメミだけでなく全員が目を大きく見開いて丸くした。
「はい…!?」
総員、驚愕である。
「キヴァ姫さんよ、冗談はよしてくれよ」
今度はユメミとは違う青年が言った。
フードを深めに被っているところから、まだ格好つけたい年頃といったところだろう。
「ホントだぞ!ホレ」
耳朶を触れていたキヴァの指が宙切り、目前へと向けられた。
次の瞬間、虚空にはホログラムのような光を放つモニターが映し出された。
それを唖然とした態度で眺めている男たち。
「あの、今更連絡とはどういうことで?」
「継!?」
「継よ、それはこちらのセリフじゃよ」
「え、そうなの?」
全員、何が何だかわからないという状況だった。
「なあ継ちゃん、そっちでなにがあったかはわかってる。でも、俺たちの信号を無視してたのはどうしてだい?」
先程のフードの青年が皮肉っぽく尋ねる。
「どういう意味だよ、無視なんてしてないぞ?」
「そんなわけ…ユメミ、どうなの?」
今度はユメミに質問をパスした。
ユメミは少し目を細めて、画面に映る継に目を向ける。
「いや、継君はウソを言っていないよ」
「ホントかい?」
「だから言っただろう」
「ということはあちら側とこちら側では継の力を使ってしても、手強い壁で遮られてる訳じゃの?」
再び主導権はキヴァに戻る。
「まあ、元々隔離されてた世界だからね…」
継は溜め息混じりに言った。
この時、まだ一言も言っていなかった男が反応する。
「継君よ、俺達はいつそっちへ行くことになるんだ?」
本来、この質問を仕掛けようと考えていたのはキヴァだった。
それをこの男に言われ、はっとして跳び上がる。
「それが…ですね」
「何い!?ダブルブッキングじゃと?」
継が話したのは、先程魔理沙から受け取った伝言の内容だ。
当然、キヴァは声を荒げて驚いた。
同時に他三人も驚愕する。
「継君よ、君が遅れをとるような相手なのかい?」
「あり得ないよ、僕らの中でも継くんは最強クラスなんだから」
「でも相手が誰なのか検討がつかない。それに、さっきからずっと探してるけどソイツの気配…全く感じない」
「どちらにせよ、あえてブッキングを狙っているのなら危ないね。今はまだ君がフリーランスとして活動していることになってるから、僕らの存在はバレてないと思うけど…」
「だよね、どうする?ユメミ」
ここで継がユメミに訊く。
今後の方針について考えるのは、ユメミの仕事なのだ。
同時に彼は、このクセのあるメンバーをまとめるリーダー的存在だ。
「そうだね…まず君がやらることはないだろうから、そのまま偵察を続けてもらってもいいかな。後は僕らもそっちに向かうとするかな」
「ホントか⁉」
真っ先に反応したのはキヴァだ。
彼女の瞳孔は光り輝いていてご馳走を目の前にした小動物のようである。
そんなキヴァにユメミは少々厳しい言葉を送った。
「残念だけども、もう少しおあずけだね」
「えぇ~なんで、なんでじゃ!」
今度は駄々っ子の様になるキヴァ。
感情の振れ幅が不安定である。
「単純に、あっち側へ行くのは難しいんだよ」
「むぅ…」
ユメミの言った理由に納得したのか、キヴァはただ不服そうに唸った。
「まあ今すぐは難しいだけだからすぐには行けると思うよ」
「ホントか!?」
またキヴァが目をまん丸く見開いて喜ぶ。
実に愉快な反応をする。
口調はワシだのなんだの、老けきっているものだが、その言動ははたまた幼児と相違ない。
その様子に、自然と継の表情が緩む。
「あれ、継ちゃんどしたの?」
すかさずフードの青年が煽るように言った。
すると継も嫌なものを見る目で返す。
「…ツギ、おまえは黙ってろ」
ようやくここで青年の名前が出てきた。
彼はツギという名らしい。
では、ひとり残るあの男はどうなのだろう。
その疑問に対する答えはすぐにわかることになる。
「ふたりとも、それより今はあちら側に行くことが優先的だ」
「それもそうだけど…」
「もう、シドちゃんはお堅いなあ」
宣告どおり、ツギが教えてくれた。
黒の背広に腕を通し、青色の几帳面を連想させるネクタイがイメージに合う。
「堅いと言われると、それはちょっと違うかもな…」
シドに言われ、ツギは彼の目の下にあるくまに注目した。
その時悟った。
シドは寝ていないのだ。
当然、今すぐにでも眠りたい気分なのだろう。
かくゆうシドは、なんと連勤中である。
そして、これが最後の仕事になっている。
ここまでくれば大体のことは予想がつく。
「ああ…ごめんね、早く帰ろっか…うん」
珍しくツギがペースを乱している。
同じように継もおとなしく黙りこんだ。
「そうだね…何かとブラックだからね…」
ユメミもなにやら感傷に浸っているようだ。
「お主ら、準備が終わったぞ」
次から次へとセリフが飛び交っていく。
ここで話しているのはキヴァだ。
知らないうちに最優先事項を済ませている。
なかなかご都合主義的な展開だ。
当たり前の様に振る舞っている彼らもまた異常である。
「わかったよ」
「はいはーい」
「了解した」
なんとも多種多様な返事だ。
「ユメミ、難しいとは…?」
問題を解決した張本人であるキヴァは、まるで揚げ足を取るように尋ねる。
「うーむ、僕の読みが外れたね…」
そう言って苦笑した。
「…さて、行くかのう」
「あれ、無視かい?」
「こちとら我慢の限界じゃ、いちいち貴様とのつまらん会話を優先する気など…ない!」
そうキッパリと言い放ったキヴァは、早速虚空に手をかざした。
次にその口が話したのは言葉とは言い難い言語である。
人々はこれを呪文の類として認識する。
「エルキ・エル」
瞬間、この一室が丸ごと真っ白な霧に覆われた。
常人なら、この状況ではある程度取り乱すはずである。
しかしだれひとり何の声も出さないのが現状。
彼らは例外なく異常者らしい。
ユメミ、キヴァ、シド、ツギ…
かくして、四人の殺し屋たちは幻想入りを果たすことになる。
「よっ…と」
軽いステップで前に進むキヴァ。
着地後、大きな伸びをした。
「ここが、幻想郷…」
「なんか、ホントに簡単だったね…」
「空気が違うね」
シド、ツギ、ユメミの順でそれぞれ感想を吐露した。
彼らの目の前に広がるは、かの幻想の地。
幻想郷と言われる神域に等しいところであった。
ー第6章ー
承 千妖予着ー妖尾ー
幻想入り
ユメミ、キヴァ、シド、ツギの四名。




