87話 |疑惑《ぎわく》の波紋
87話 疑惑の波紋
「村長は魔族だ!
あたし達、村人を騙し、食い殺そうとしているんだ!」
そう言ったのは、村の中での要注意人物、村一番の嫌われ者、家は荒れ果て、ゴミ屋敷に住むひとりの老女だった。
ざわつく、村人たち。
「どうなんだい!?あんた、魔物なんだろう。」
村長に少しの沈黙があった。
そして、静かに口を開く。
「ええ、確かに、私は魔物です」
次の日、老村長は異端審問へ送られることになった。そしてそれが、村人の幸せを願い家族のように愛したこの村との最期の別れだった。
♢
1ヶ月前。
まだ、家々の再建もままならないほど、嵐の爪痕が残っていた。
はじめは気のふれた、女の世迷言として村人は誰も取り合わなかった。
だが、村の再建に村人の疲労が蓄積していく。
日が経つにつれ、村人に疑心の根が広がりはじめた。
♢
はじまりは、些細なミスだった。
それは本当に、大した話ではなかった。
少なくとも、命を取られるような、大きな過ちでない事は確かだった。
たしか新しい井戸を掘るために集めた銅銭を、村長がまだ寄合に納めていない、そんなつまらない話しだった。
それが大ごとにまで発展して、ついに村の集会にて、その事を話し合う所まで来てしまった。
♢
その村会議で、村の長老たちと男衆は、話し合う。
「村長は信用できる人間なのだろうか」
はじめは、そんな軽い疑いだった。
「村長は金を盗む気だったのかも、知れない」
ひとりの村人がそう言えば、また違う村人は反論する。
「あの村長はそんな人間ではない」
「いや。では何故、我々に魔族である事を黙っていたのだ!」
ここで一気に疑念が噴出し、寄合にいた一同は黙り込んでしまう。
「嵐の夜、見ただろう。」
ひとりがぽつりと、投げかけた。
それは、波紋となって、その場にいる全員の胸中をざわめかせた。
「お前、確かに見ただろう」
「いや、俺は見なかった。」
「いや、見たはずだ、アンタもあそこにいただろう。」
「確かにいたが、それは……。」
捜索隊に加わった村人が、口々に糾弾される。
「なんなんだ、村長を庇うのか?」
「やっぱり、魔物の仲間なのか?」
「いや、違う、俺は人間だ。」
「じゃあ何故、村長を断罪しない。」
「まさか、奴から何か利益を得ているのか?」
「いや、違う。」
さざ波のような疑惑の波紋は、徐々に大波となって村人を飲み込んだ。
「お前は、どうだ。」
「お前も、現場にいただろう、」
「いや、俺は違う。」
「仲間なのか、」
「お前はどうだ。」
「お前こそ。」
大波は津波となり、もうひとり、ひとりの力では押し返すことが出来なくなった。
「あんたは村長から特別な便宜を図ってもらったじゃないか。」
村人はお互いが個々で持っていた、不満の疑惑をぶつけはじめる。
「あんたが、村長から金を借りている事を、村の者は皆んな知っているんだ」
「お前も、やっぱり仲間か、」
「いや、違う」
「じゃあ奴を断罪しろ!」
嵐に流された現実の村と同様、村全体が一気に疑惑の波に押し流された。
「みな!鎮まれ……!」
ここで村の意見のまとめ役、白頭三千里の長老が寄合の男衆に一喝した。
寄合はざわついたが、ひとりの村人が、なおも長老に詰め寄る。
「長老アンタも、アレを見ただろう?」
この、まとめ役の長老に、衆目があつまる。
「………確かに見た。そうだな、こういう事はお上に任せた方が良いのかも知れないな。」
こうして、相談役の長老も、結局は自らの責任から、逃げてしまった。
「そうだ、我々では、判断つかない、町の偉い役人に相談してみよう」
こうして、次々と村人たちは良くない流れに同調していく。
「そうだ」
「そうれがいい」
「きっと、それが一番正しいに決まっている」
誰かが、強烈に悪気があったワケではなかった、しかしだからこそ、タチがわるかった。
全員が少しずつ持ち寄った悪意が、長年善意で働いていた人間を追い詰めた。
こうして、村人達は老村長を、簡単に町役人に引き渡す事に決めてしまった。
あとがき
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