10章 魔王編外伝
90話 異端審問の裁判
ひとり、いや一匹の魔物が異端審問の法廷に引き摺り出された。
黒檀色のシルクであつらえ、豪奢な金の縁飾りの法服。それに身を包んだ、上等な身なりの異端審問の判事が、法壇(一段高い判事席)から被告人席の老村長を見下ろしている。
この、厳つく厳粛な面持ちの、異端審問の判事が口をひらいた。
「被告人ロウジン。お前は、魔物であり、それを隠匿した罪。
また、お前は人間を油断させ、取り入るために、村人に親切にして欺いた罪。
村人を信用させるため、村を作り人々を囲った罪。
これによって被告人を有罪、死刑とする。
他になにか申し開きは、あるか」
老村長はしばらく沈黙していたが、少し考えて口を開いた。
「申し開きはありません、───ただ。
一つ、事実と違います。
私は騙そうとして、取り入ろうとして、あの村を作ったのではありません。」
老村長はそう言うと、判事の眼を真っ直ぐに見つめた。
「私は魔物ですが、その魔物でも根を上げるほどの、過酷なあの開墾作業。つらい、本当につらい労働でした。
その苦役をしたのは、人間を油断させるためではありません。」
「そんな事、魔物は考えもおよびつきません。
もし、その気があるのなら。そんな、まわりくどい事などせずに、私は人間を殺したでしょう。」
老村長は、全てをさらけ出す覚悟で、判事の顔を見返した。
「私が、なぜ人間の中に分け入り、共に暮らしたのか。」
そこまで言うと、老村長は急に沈黙した。
「それは、なんだ、答えてみよ。」
じれた異端審問官の判事が、この魔物に厳しく詰問する。
「………それは、善意を受け取ったからです。」
♢
今から、70年前の出来事でごさいます。
当時、私は魔大陸から追い出され、弱り、彷徨いながら、あの村、いえ、正確には村のあった荒地に流れつきました。
当時、あの場所は、今の様な、豊かな田園が広がる美しい村ではありませんでした。
あの土地は、握ればボロボロと乾いた土が指からこぼれ、生い茂るヒースの根が固く広がり、低く曲がりくねって何の価値もない雑木が生い茂る、ひどい土地でした。
そして、ぽつりぽつり、荒れ果てた寒村がある。貧乏人以外誰も住みたがらない、そんな土地だったのです。
私は、道々で魔物だとばれ、人間に追い立てられ、仕方なく、あの寒村に流れつき行き倒れておりました。
弱り、衰弱した、私を、……ある少女が助けてくれたのです。
その子は少ない食料、麦がゆを私に差し出してくれました。
♢
そこで言葉を切ると、老村長は、ゆっくりと何かを思い出すように息を吐いた。
「それで、その者はどうなったのじゃ」
続く長い沈黙にしびれを切らし、判事はぴしゃりと尋ねる。
「その子はもう死んでいません、大昔の話なのです。」
あとがき
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