跡継ぎ令嬢の想い
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「お待たせ、大変な茶会に連れて行かれて心配だった。よく無事に帰ってきてくれた」
カストと話を終えたダンテは、ロゼッタが座る長椅子の背もたれ側からロゼッタを抱きしめて彼女の頭にキスをする。
ブルーノの結婚の話にすっかり気を取られていたロゼッタは、慌てて気持ちを切り替えた。
「ただただ気まずかったですわ。国王陛下もシルヴェストリ公爵閣下もわたくし一挙一動を観察しているのですもの。おかげで紅茶の味がわかりませんでしたわ」
「それはつまらない茶会だったな。アリステア殿下はどうだった?」
「天真爛漫でいささか心配な子でしたわ。わたくしに自分を利用したらいいなどと提案してきましたの。もちろん、断りましたわ」
「それは……ずいぶんとまた気に入られたようだな」
大抵の貴族家の当主なら、自身の娘が国王や王太子や公爵家の当主に気に入られたと聞けば両手を挙げて喜ぶだろう。
しかしダンテは違う。
彼らがロゼッタを気に入り、囲ってしまうのではないかと懸念している。
絶対にそのようなことはさせない。
ロゼッタはなんとしてでも自分のそばに置き、守り抜くと決めたのだ。
ダンテは溜息をつくと、ロゼッタの隣に腰かける。
労わるような優しい眼差しを彼女に向けた。
「他に嫌な事はされなかったか?」
「シルヴェストリ公爵閣下から、アリステア殿下が私といる時の方が婚約者である公爵閣下の娘といる時より楽しそうだと嫌味を言われたり、自分の娘と友だちになってほしいと頼まれた事くらいですわね」
「はぁ、嫌な奴だな。もうあいつに会わせないよう手を打つから心配するな」
ダンテはロゼッタを労うように彼女の頭を撫でた。
ロゼッタの頬が少し緩む。
温かく大きな掌に撫でられると、凝り固まっていた気持ちがゆっくりと解れていくように思えた。
「国王陛下から、ジルダ殿下の『魂込めの肖像画』の話を聞きましたわ」
「……っ」
ダンテの緑色の瞳が驚きに揺れた。
希望とも絶望とも形容しがたい表情で、ロゼッタの言葉の続きを待つ。
「巷で流れる噂の通り実在して――先代の国王陛下の近くにあると仰っていましたの。それ以上は教えてもらえませんでしたわ」
「……そうか、やはり……そうだったのか……」
ダンテは力なく呟くと、片手で目元を覆う。
実在していても会えないのだ。
内心複雑だろうとロゼッタは察した。
「ダンテがジルダ殿下と再会できるように、どうにかして会う手立てを見つけましょう。わたくしも探しますわ」
「ははっ、ありがとう。……すっかりお前に気を遣わせてしまったな」
ダンテは目元を覆っていた手を退けると、弱々しく笑った。
「会えなくても仕方がない。しがない男爵の俺がその絵画にお目にかかる権利なんて、これっぽちもないんだから」
「でも――」
「前に教えただろう? 『魂込めの肖像画』はオスカルにしか作れない絵画で、オスカルは使命主義の画家だ。王家の為に描かれ使命を与えられたその絵画を、俺なんかが自分の欲望を満たすために観ることはできない」
オークションハウスの支配人として絵画と画家と所有者に経緯を払っているのだろうか、それとも諦念が起因した考えなのだろうか。
ダンテはもはやジルダが描かれた『魂込めの肖像画』を探するつもりがないかのように話す。
本当は、会いたくて仕方がないはずなのに――。
「使命主義の絵は役目を終えたら破棄されてしまいますわ。そうなったら二度と会えませんのよ?」
「……」
ダンテはロゼッタの問いかけに答えず、静かに彼女を抱きしめる。
「もう別れは済んでいるんだ。無理に会わなくていい」
まるで自分に言い聞かせるように話すダンテに、ロゼッタの心はツキンと痛むのだった。
そっと手を伸ばしてダンテの頭を撫でようとしたその時、ロゼッタの手は側に控えていたブルーノに盗られてしまう。
「そろそろロゼッタ様を放して差し上げてください。抱きつきすぎです」
ブルーノの冷えた声が耳元に落ちる。
見上げると、水色の瞳がいつもよりいっそう冷たさを増してダンテを睨んでいるではないか。
するとダンテがロゼッタから体を離し、不貞腐れたように唇を尖らせる。
「ブルーノ、お前な……もう少し今の場の空気を読んでくれないか?」
「旦那様は空気に任せてロゼッタ様に甘えすぎです。自嘲して父親らしく振舞ってください」
「うっ……」
娘の護衛の痛い指摘に返す言葉もない。
ダンテが答えに詰まっている間に、ブルーノはさっさとロゼッタを取り上げてしまった。
部屋の隅に控えて一部始終を見守っていたカストは、呆れてやれやれと首を振るのだった。
ダンテの執務室を出たロゼッタは、ブルーノと共にバルバート邸の廊下を歩く。
ブルーノはいつも通りロゼッタの一歩後ろからついて来る。
屋敷にいる時は気配があるが、外を歩くときは気配を消していることが多い。
たとえ気配を感じなくても、この忠実な必ず護衛が自分のそばにいる。
そう思えるほどロゼッタはブルーノを信頼している。
ダンテとの会話を思い出したロゼッタは、ふと気になって廊下の窓越しにブルーノの横顔を見た。
相変わらず表情の変化が乏しい護衛の端正な顔に見惚れる。
するとブルーノの水色の瞳が動き、彼もまた鏡越しにロゼッタを見た。
視線がかち合った瞬間、ロゼッタの心臓がびくりと大きく跳ねる。
「……ロゼッタ様、いかがしましたか?」
ブルーノが落ち着いた声で問う。
その声さえもロゼッタの胸をかき乱す。
「外に珍しい鳥がいたから見ていただですわ」
みえきった嘘をついて、足を速める。
ブルーノは何も言わずについて来る。
「ねえ、ブルーノはそろそろ――」
――結婚を考えているの?
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「なんでもないですわ。……そうだ、疲れたから寝室で少し休みますわね。夕食ももしかするといらないかもしれないですわ。王宮で色々あってお腹いっぱいですもの」
「……かしこまりました。扉の外で控えていますので、何かありましたらお呼びください」
「ええ、わかったわ」
ロゼッタは寝室に着くと、そそくさと部屋の中に入る。
バタンと占めた扉に背を預けると、ずるずるとその場でしゃがみ込んだ。
(ブルーノが誰かと結婚したら……今のようにはいられないわよね)
起きている時間はほぼ一緒にいたが、それも難しくなるだろう。
ブルーノにはロゼッタ以外に、彼女よりも大切な存在ができるのだから。
それを想像するだけで心にぽっかりと穴が空いたように虚しくなり、そして気が滅入る。
「ブルーノに依存しないようにならないといけないですわね」
ほろりと温かな雫が頬を伝う。
ロゼッタの頬をとめどなく涙が流れた。
その日以来、ロゼッタはどことなくブルーノと一緒にいる事が気まずくなった。
彼とは極力目を合わさなくなり――それでも耐えがたく、ある日ブルーノを置いて出かけてしまうのだった。
とてもゆっくりとですが更新していきます。
引き続きロゼッタたちを応援いただけますと嬉しいです(*ᴗˬᴗ)⁾⁾




