跡継ぎ令嬢は現実を知る
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バルバート邸に帰ったロゼッタは、ダンテに王宮での茶会の話をするために彼の執務室を訪ねた。
執務室の中に入ると、ダンテとカストが仕事の話をしていた。
ちょうどダンテも出先から帰ってきたばかりらしく、カストから留守の間の訪問者の話を聞いている。
「おかえり、ロゼッタ。カストと話すことがあるから、少し待っていてくれ」
「わかりましたわ、座っていますわね」
ロゼッタは近くにあるテーブルセットの長椅子に座ってダンテを待つことにした。
ふと、テーブルの上に見慣れない書類の束がある事に気づく。
(何だろう?)
気になって手に取って見ると、自分よりも少し年上の女性の絵が描かれた釣り書きだった。
「こ、これは……なんですの?!」
どうしてダンテの執務室に釣り書きがあるのだろうか。
驚きと焦りが入り混じった感情がロゼッタの胸の中に渦巻く。
まさかダンテが再婚するつもりなのだろうか。
それにしては釣り書きに書かれている女性たちはいささか若く、おまけに平民の服装をしているのが引っかかる。
「ああ、片付け忘れていたな」
ロゼッタの声を聞きつけたダンテは苦笑する。そうしてロゼッタの手から釣り書きを取り上げると、残りの束と一緒にカストに預けた。
「全部送り返してくれ」
「かしこまりました」
あっという間に釣り書きが持ち去られたが、それでもロゼッタの胸の中に宿った複雑な感情は消えなかった。
ロゼッタは恨みがましそうな眼差しでダンテを睨みつける。
「……もしかしてダンテ、再婚するつもりですの?」
「ちげぇよ。ブルーノの見合い相手にと思ってな」
「ブルーノの……?」
ちらと背後に控えるブルーノを見ると、彼は無表情ながらも冷気を発して静かにダンテを非難している。
どうやらブルーノは見合いを望んでいないらしい。
そうわかると安堵して体の力が抜けた。
「どうしてブルーノのために釣り書きを集めましたの?」
「そろそろ身を固めないといけない年だからな。四六時中護衛をさせて出会いの時間がないだろうから、見合いの場でも用意しようと思ったんだよ」
「そんな……」
まだ必要ないだろうと言いかけて、口を噤む。
ダンテの言葉はもっともだ。
今年で二十二歳になるブルーノはもう結婚していてもおかしくない。
この世界では十八歳で成人を迎え、二十歳で結婚する者が多いのだ。
結婚適齢期を逃せば、その後なかなか縁に恵まれないかもしれない。
(釣り書きを送り返すということは、ブルーノが断ったということよね。お見合いは嫌でも、結婚はしたいのかしら……?)
もう六年も一緒にいるが、ブルーノとはそういった類の話をしたことがない。
真面目な彼はいつもロゼッタの護衛に専念してくれているから、そのような話をする機会がなかった。
それどころか恋愛を楽しむ時間さえもなかったのだ。
「俺はブルーノに寂しい思いをしてほしくないから密かに動いていたんだよ」
ダンテはロゼッタの差し向かいの椅子に座り、深く溜息を吐く。
「……まあ、本人が嫌がっているのに無理やり話を進めるつもりはない。結婚は一生のうちで一番大きな決断だからな。気持ちが伴わないのに結婚するのはお互いに不幸だろ」
「そう……ですわね」
貴族らしくない発言だが、ダンテの過去を思うと彼がそう言いたくなる理由がわかる。
ダンテの両親は政略結婚だった。
父親は母親を愛していたが、母親はそうではなかったのだ。
その結果ダンテの母親は事故で亡くなるまで一度もダンテを愛さなかったらしい。
ロゼッタはその過去を人伝に聞き、胸を痛めた。
愛情を得られない寂しさをロゼッタは知っている。
呪われた少女だと後ろ指を差されていた頃に、何度もその想いを経験したのだ。
その日、ロゼッタは執務室にいたダンテを不意打ちで訪ねてぎゅっと抱きしめたのだった。
ダンテは突然のことに驚いていたが、ロゼッタから甘えてきたものだから嬉しそうにブルーノに自慢したのだった。
「まあそんな感じだから、ブルーノの結婚はブルーノが好いた相手とすればいい。デートするときは事前に休暇申請を出せよ」
「……」
ブルーノは何も答えなかった。
ただ無機質な表情でダンテを見つめ返すだけ。
それはいつも通りのやり取りのはずなのに、ロゼッタの心をひどくかき乱した。
(もしもブルーノに恋人ができたら……)
自分だけに向けてくれていたあの微笑みを他の人に向けるブルーノを想像すると、胸の奥に醜い感情が生れたのがわかった。
彼の幸せを願うのであれば、今ここで彼の背中を押す言葉をかけてあげるべきなのだろう。
頭ではそうわかっているのに、ブルーノが誰かと結婚することを思うと胸の中を鉛が沈んだような感覚がして、おまけに喉元に言葉がつっかえてしまう。
(私って、とんでもなく我儘だわ……)
ブルーノが誰かの大切な人になるのが嫌なのだ。
その感情の根元にある思いに気づいたロゼッタは、自分の胸にそっと手を当てた。
(ブルーノに……恋をしているのね……)
いったい、いつからそうなったのだろうか。
ブルーノは昔からロゼッタにとって特別な存在だった。
静かに心に寄り添ってくれる、頼もしくて大好きな護衛だったのだ。
しかしその特別が護衛に対する信頼から一人の異性へ向ける好意へと変わっていたのだ。
(ブルーノは私のこと、どう思っているのかしら?)
聞いたところで、護衛対象や主人と答えられる気がしてならない。
その未来を想像してしまい、ロゼッタはがっくりと肩を落とす。
そんなロゼッタを、ブルーノの水色の瞳がじっと見つめていたのだった。




