花の顔の男爵は騎士団長と一緒に捜査する
ちょうどロゼッタが王宮のお茶会に参加していた頃、ダンテはエルヴィーラと共に誘拐事件の犯人たちを捜査していた。
本当は理由をつけて王宮に忍び込んでロゼッタを見守りたかったのだが、エルヴィーラから気になる話を聞かされてしまい、そうもできなかったのだ。
――近頃、王都の路地裏を中心に武器を持った集団がうろついては、珊瑚色の瞳の少女たちの後をつけている。
それが黒霧の魔女のように珊瑚色の瞳を持つ少女たちの命を奪うのであれば、黙って見ているわけにはいかないと、危機感を募らせているのだ。
かくしてダンテとエルヴィーラは平民と同じ服装に身を包み、路地裏を重点的に巡回している。
「それにしても、どうして部下たちに調べさせずに自ら出向いたんだ?」
「あいつらが知ってはならない事実を知る可能性があるからだ。私は団長として、部下を守る義務がある」
「おいおい、それじゃあ、俺の命はどうだっていいってことかよ?」
「語弊があったな。私は部下たちの騎士生命を守るために、敢えて外したんだ」
「部下たちの騎士生命……? 一層きな臭くなってきたな」
騎士生命となると、部下たちの名誉や立場を守るという事がエルヴィーラの目的だろう。
そこまで推測して、ダンテはある結論に至って眉を顰める。
「今回の事件、騎士団が関わっているのか?」
「ああ……その可能性がある。先日、ジラルドから気になる話を聞いたから、疑っているんだ」
「なるほど。部下たちを動かせると相手に気づかせるから命令できないというわけか」
「情けない話だが、その通りだ。私の部隊は諜報が不得手でな。下手に動かすと、相手に気取られて足元を掬われる可能性がある」
「やれ、久しぶりに厄介な敵が現れたものだな」
「面目ない……」
普段は快活なエルヴィーラが、珍しく気弱に言葉を返す。
部下を守る為とはいえ、友人であるダンテに協力を求める事にも葛藤があった。
今のダンテにはロゼッタという守るべき存在がいる。
同じ年頃の息子を持つ母親の身としては、娘を持つダンテを危険に晒したくないのだが、彼以上の適任者が見つからなかった。
黒霧の魔女と対峙したダンテ以上に頼もしい相棒はいない。
苦虫を嚙み潰したような顔で自分にそう言い聞かせるエルヴィーラの手を、ダンテが恭しく掬い上げて片目を瞑る。
「敵が何者であるにせよ、麗しの騎士団長様と街を歩ける栄誉をいただけるなら安いもんだ」
場違いな軽口を叩くダンテに、エルヴィーラは薄く笑った。
「ダンテのそういうところに、本当に救われているよ」
「お互い様だ」
かつては殺された王妃の仇を討つためだけに手を組んでいた仲間だったが、今では心置きなく話し合える頼もしい仲間だ。
たとえ騎士ではなくとも、強い魔導士ではなくとも、強敵に打ち勝てる強い信念を持つ者。
彼が騎士であるのならぜひとも自分の隊に入れたいものだと、何度も思ったものだ。
それからダンテとエルヴィーラは工房街へと移動し、大通りから路地裏の様子を窺う。
エルヴィーラは金属が擦れ合う音を拾い、無言でダンテを引き寄せて建物の陰に身を潜めた。
息を殺して路地裏を見ると、そこには茶色い外套を身に纏い、フードを深くかぶっている人物が三人いた。
じっと目を凝らすと、微かに風が吹いてフードをずらし、隠されていた顔をわずかに見せてくれた。
「はぁ……見慣れた奴らがいるな」
当たってほしくなかった予想が当たってしまい、溜息をつく。
「顔見知りか?」
「ああ、士官学校時代の知り合いがいる。今は王室警備隊の騎士だな」
「なんでそいつらがここにいるんだ?」
「今回の件に……王室が絡んでいるからだろう」
知り合いは実力を買われて王太子の護衛を務めている先鋭だ。
とりわけ王族に近い面子が揃っているとわかった時点で、もはや疑念は確信へと変わった。
「ダンテ、今回ばかりは……私は力になれないかもしれん」
「気にするな。エルヴィーラの立場を危うくするのは俺の本望ではない」
「しかし、このまま事件を放っておくにはいかない。どうにかして奴らの目的を探らねばならんな」
「そうだな。ソレチト伯爵が王宮にも商品を卸しているから探ってもらおう。遠回りするやり方だが、今はそれしか思い浮かばねぇな」
作戦の立て直しをするべくロランディ邸に辿り着いた二人は、応接室へ行くと先客に遭遇した。
先客は長椅子に足を組んで座っており、優雅に紅茶を飲んでいる。
漆黒の髪を丁寧に撫でつけ、眼鏡をかけた几帳面そうな男。
彼は眼鏡の奥にある深い青色の瞳でダンテを睨みつける。
彼の隣と前にはティーカップが用意されており、ダンテとエルヴィーラを待っていたようだ。
「いい加減、人の妻を連れ出すのは止めてくれないか?」
「ハッ。嫉妬するくらいなら、お前も騎士になってずっとエルヴィーラと一緒にいりぁいいじゃねぇか」
彼こそがヴィルフレード・ロランディ――ディルーナ王国の外務大臣でエルヴィーラの夫にしてジラルドの父親。
ダンテの悪友でもあり、学生の頃からの付き合いだ。
とはいえ、二人は顔を突き合わせる度に喧嘩をする、喧嘩するほどなんとやらといった仲だ。
ダンテに挑発されたヴィルフレードは、苛立った所作で眼鏡を掛け直した。
「相変わらず短絡的だな。私は頭脳戦でエルヴィーラを守っているんだよ」
「へーへー。そのたいそうな頭脳でエルヴィーラの周囲を牽制している間に逃げられるんじゃねぇぞ」
「なっ……?! 私がいつ、エルヴィーラの周囲を牽制していると言うんだ!」
「図星だろ。お前の噂は客たちから聞いているぞ。なんなら、この場で披露しようか?」
「ええい! 黙れ!」
さすがに愛する妻には知られたくないのか、ヴィルフレードは顔を真っ赤にしてダンテを止める。
それもそのはずだろう、とダンテは心の中で笑った。
ヴィルフレードは王城や騎士団の中に自分の手の者を潜り込ませ、エルヴィーラの周辺にいる人物の情報を常に集めている。
もしもエルヴィーラに近づいて愛を囁いたり、彼女を侮辱する者がいれば、相手の弱みを握ってじわじわと苦しめては、二度と同じ事をしないと誓わせて血の誓約書を交わさせている。
それが貴族の間で噂になってからはエルヴィーラに手を出す人物はいなくなったが、様子を見る限りでは今でも自分の手下をエルヴィーラの周辺に置いて情報を集めているのだろう。
(こそこそと妻の周辺を探ったり人の弱みを握って復讐するなんて、相変わらず陰気な奴だな)
溜息をついたダンテは、ふとヴィルフレードの思わぬ有効活用性に気づいた。
彼ほど情報収集に長けた人物はいない。
おまけに腹黒いから、失態を犯すような事も足元を掬われるような事もないだろう。
「ヴィルフレード、お前……お誂え向きの人材だな」
企み顔になるダンテを見たヴィルフレードは、長年の経験から、嫌な予感を覚えたのだった。




