跡継ぎ令嬢は、隻眼の護衛を避ける
「今日のお茶会はロランディ家の騎士のジャンが送迎してくれるから、ブルーノは一日休んでちょうだい」
「……!」
自室で身支度を終えたロゼッタはブルーノを呼ぶと休業命令を出した。
唐突な強制休暇に驚いたブルーノは、目を大きく見開いて固まってしまった。
ブルーノはロゼッタがロランディ侯爵夫人ことエルヴィーラに招待されてお茶会に行くことは知っていた。
そこに自分が随行すると信じて疑わなかったブルーノにとってロゼッタから言い渡された強制休暇は寝耳に水。
いつもは無表情なブルーノにしては珍しく、まるで捨てられた仔犬のようにうるうると水色の瞳を潤ませ、縋るような眼差しをロゼッタに向ける。
「……なぜそのような残酷なことを仰るのですか」
「ざ、残酷だなんて大袈裟ですわ。ブルーノにも休みが大切だと思いましたの。わたくしのことは気にせず休みなさい」
ロゼッタは気まずいあまりブルーノから目を逸らした。
常日頃からブルーノには休暇が必要なのではと気がかりになっていることは本当だ。しかしそのことを隠れ蓑にして彼と距離を取ろうとしていることもまた事実。
ブルーノを騙していることにズキズキと良心が痛む。
「休みなんて不要です。私はロゼッタ様のおそばにいないと心が休まりません」
「――っ、それは職業病ですわ。ブルーノは働き過ぎでしてよ。しっかり休まないと、いつか倒れてしまいますわ」
ブルーノはいつもピシッとしていて全く疲れている素振りを見せない。それをロゼッタは、ブルーノが「疲れを見せないようにしている」からなのではないかと心配しているのだ。
ブルーノはかつて兵器として扱われていたと彼自身から聞いたことがある。その組織にいた、ブルーノと同じように兵器として働かされていた人々は、少しでも弱ってしまうと殺されていたとも聞いた。
だからブルーノは弱さや疲れを隠そうとしているのではないかとロゼッタは推測している。
「ロゼッタ様、お願いですから私を護衛として連れて行ってください」
「そ、そう……言われても……」
意地でも護衛としてついて行こうとしている護衛にほとほと困り果てていたその時、ちょうどロランディ家が遣わせた騎士のジャンがバルバート邸に到着した。
ロゼッタは逃げるように玄関へ向かう。しかしブルーノはしっかりとロゼッタに付き添った。
「ジャンさん、迎えに来てくださってありがとうございます。今日はよろしくお願いしますわ」
気まずい状態から助け出してくれる救世主ことジャンの登場に安堵したロゼッタはジャンに微笑みかける。
その隣で、ブルーノは殺気をこめてジャンを睨んでいた。
侯爵家の騎士として数多の困難を乗り越えてきたジャンでさえも、ブルーノから冷たい刃のような眼差しを向けられると恐怖を感じるらしい。
「……夜道は背後に気をつけよう。一瞬で殺されてしまいそうだ」
ジャンは小さな声で呟きながら身を小さく震わせるのだった。
◇
なんとかブルーノから離れたロゼッタは、ロランディ家の庭園でエルヴィーラと一緒にお茶を飲んでいた。
侯爵家の庭園にある透かし彫りのテーブルセットの椅子に腰かけた二人は取り留めのない会話に花を咲かす。
ジャンの送迎はロゼッタがエルヴィーラに頼んでしてもらったことだが、エルヴィーラはその事には少しも触れなかった。
ブルーノがいつか自分以外の誰かと結婚する事で気落ちしていたロゼッタにとって、その配慮がありがたかった。
「ロゼッタ嬢、このところはどんな美術品を見たんだい?」
「セイレーンの首飾りやヒアデスの鏡を見ましたわ。どちらも興味深い品でしたの」
それぞれの美術品についてロゼッタがエルヴィーラに解説していると、彼女たちのもとにエルヴィーラの息子のジラルドが現れる。
黒色のジャケットとシャツとスラックスを合わせたジラルドはいつも以上に大人びて見えた。
ジラルドはロゼッタに簡単な挨拶を済ませると、わざとらしく片眉を上げる。
「ロゼッタ嬢、ジャンが無事にここに届けたようで安心しました。ところでブルーノはどうしたのですか?」
「ブ、ブルーノにも休息が必要だと思って休ませましたの」
痛いところを突かれてしどろもどろに答えるロゼッタを、ジラルドは赤い瞳を細めて訝しげに見つめる。
エルヴィーラがジラルドを嗜めるように彼の名前を呼んだが、ジラルドは言葉を続けた。
「護衛を気遣うのはいいのですが、ブルーノ本人はそれを望んでいたのですか?」
「そ、それは……」
「おおよそ、彼が反対しても強引に話を進めたのでしょうね」
「うっ……どうしてそのようなことをおっしゃるのです?」
まさに図星だったロゼッタは、ジラルドの勢いに押されてばかりだ。
「ブルーノはあなたに絶対的な忠誠を誓っていますから、護衛を他者に譲るのは彼の本意ではないだろうと思っただけです。その気持ちを、あなただって知っているでしょう?」
「で、でも……わたくしはブルーノを拘束してばかりだと気づきましたの。それはこの先、お互いのためにならないですのよ」
言いわけじみたロゼッタの言葉に、ジラルドは小さく溜息をついた。
「何がお互いのためにならないのですか?」
「ブルーノが誰かを好いた時、わたくしのせいでその者と過ごす時間が減ってしまってはいかないでしょう? それにわたくしもいつか家門のために婚姻するでしょうし……」
「バルバート男爵はロゼッタ嬢を誰とも結婚させないと息巻いているのに、そんな心配をなさるのですか?」
「うっ……」
ジラルドの言う通り、ダンテはロゼッタを誰かと結婚させるつもりは毛頭なく、それどころか誰とも結婚させないと宣言している。
ブルーノを置いてきた言いわけをジラルドにことごとく潰されてしまい言葉に詰まるロゼッタに、ジラルドは更に詰め寄った。
「本当のところ、一体何があったのです?」
更新お待たせしました!
暑い日が続きますので皆様お体にお気を付けてお過ごしください。




