跡継ぎ令嬢は、国王と腹の探り合いをする
ロゼッタはアリステアから貰った薔薇の花束をブルーノに預けると、椅子に座って紅茶で喉を潤した。
カップ越しに、ちらりと大人たちの様子を窺う。
(それにしても、少しもお茶を楽しめないお茶会ね。お茶の香りを楽しむ余裕もないわ)
国王とファウストが相変わらずロゼッタに視線を送ってくるものだから、居心地が悪くてしかたがない。
心の中で溜息をついているロゼッタに、アリステアが懐っこく話しかけた。
「ロゼッタ嬢は本当に美術作品に詳しいですね。ぜひ私の美術の先生になってほしいです」
「恐縮ですわ。わたくしはただ、いい先生に恵まれて物知りなだけです。人に教えられるほどの技量はございませんの」
と言い、国王やファウストが要らぬ提案をする前に釘を刺す。
もしも二人がアリステアの願いを叶えようとロゼッタを任命してしまうと、この二人と関わる事になってしまう。
そのような事態は避けたい。
「最近はどのような作品に興味を持っているのですか?」
「『魂込めの肖像画』に興味を持って、調べておりますの。現存する作品をぜひ見て見たいものですわ」
「……ほぉ。やはり珍しい作品だから気になるのか?」
先ほどまでロゼッタとアリステアの会話を見守るのに徹していた国王が、急に口を挟んできた。
アリステアと同じアイスブルーの瞳が、鋭い光を宿してロゼッタを射抜く。
その気迫を感じ取ったロゼッタは、思わずこくりと唾を飲み込んだ。
国王という地位を意識しているからではなく、彼が持つ有無を言わさぬような雰囲気がロゼッタに緊張感を抱かせる。
それでも負けず嫌いなロゼッタは気圧されている事を悟られたくなくて、しゃんと背筋を伸ばして答えた。
「ええ、この世でオスカルさん一人しか描けない魔法絵画ですもの。オークションハウスの次期支配人として、ぜひ見てみたいものですわ」
「ロゼッタ嬢は噂に違わず勉強熱心だな。優秀な後継者を得たバルバート男爵は、さぞ鼻が高いだろう」
「そうだと嬉しいですわ。なんせ、わたくしはまだまだ次期支配人見習いですから、早く一人前になりたいですもの」
次期支配人としての実力をダンテに認められ、『ギャラリー・バルバート』で働く事が目下の目標だ。
ダンテのように作品たちとじっくりと向き合い、価値を高めていきたい。
そして、まだ見ぬ作品たちとの出会いに心を振るわせたいと思っている。
気概たっぷりに答えるロゼッタに、国王は口元で弧を描き微笑む。
その笑みはまるで悪戯を思いついた子どものようで、ロゼッタは警戒心を強めた。
「それでは、未来の支配人に聞きたいことがある。ロゼッタ嬢は――『魂込めの肖像画』には、どのような者が描かれていると思うかい?」
「あくまで推測ですが――彼がシルヴェストリ公爵家を支援者に持つ画家ですので、上位貴族が多いのかと推測しますわ。平民はもとより、男爵家ではおいそれと彼に依頼できませんもの」
「なるほど。確かに、公爵家お抱えの画家に頼める者は限られているだろう」
「そうなれば、上流貴族や王族が当てはまると思いますが――わたくしの推測は当たっていまして?」
珊瑚色の瞳で国王を見据えて答えを促すロゼッタだが、実のところ手に汗を握っている。
質問を重ね、じわじわと真相を炙りだそうとしているのだ。
――ジルダことローゼの『魂込めの肖像画』が本当にあるのかを。
もし本当に存在するのであれば。
もしその絵画を見せてもらえるのであれば――。
(ダンテに、会わせてあげたい)
それが、自分を助け出して育ててくれたダンテにできる、数少ない恩返しのうちの一つだと思っているから。
ロゼッタの問いに、国王は鷹揚に頷いた。
「そうだとも。王族に次ぐ地位を持つと言われているシルヴェストリ公爵家に頼むのは至難の業だからな――ところで、亡くなった王女の『魂込めの肖像画』があるという噂を聞いた事はあるか?」
「……ええ。街でその噂を聞きましたわ」
よもや所有者であるかもしれない国王から聞かされるとは思わなかったロゼッタは内心動揺した。
(それを聞いて、どうするつもりなのかしら?)
ただの雑談なのか。
それとも、思惑があっての問いかけなのか。
自分が疑い深いだけなのかもしれないが、その問いかけの真意を探ってしまう。
(……何も知らない子どものふりでもしておいた方が良さそうね)
無邪気さを装って、好奇心を隠し切れない子どものような素振りで会話を続けよう。
そう決心したロゼッタの行動は早かった。
「本当に、その絵画はありますの?」
いつもはしない事だが、子どもらしく見せるために小首を傾げてみた。
(もしあるとしても一介の男爵令嬢には教えてくれないでしょうけど)
噂とは、その話が確実でないから噂なのだ。
もし真実を知る者がいるのであれば、それは噂にはならない。
それはつまり、もしあったとしても王族がその作品の存在を隠している事になる。
「……」
「……」
ロゼッタの問いに、国王もファウストも、そしてアリステアも、沈黙してしまった。
国王はロゼッタを見つめたまま考えに耽っており、ファウストは感情を抑えた表情で国王を見つめている。
アリステアはというと、そんな二人を見守っていた。
奇妙な沈黙の後、国王が口を開く。
「――ああ。先代の国王がオスカルに描かせた」
「……!」
きっと答えてくれないだろうと思っていたロゼッタは、驚きのあまり息を呑んだ。




