悪魔の画家と、籠の中の王女様
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――あの子に似ている女の子を、見つけた。
ロゼッタとオスカルの出会いは正に偶然だった。オスカルは気晴らしをする為にシルヴェストリ公爵邸の庭園を散歩していたのだ。
いつもは庭師たちがいるのに、今日は見当たらない。この内気な画家は、遠くから人を見ることが好きである為、静かな庭園を歩いている間に寂しさを覚えていた。
すると、生垣の向こうから、少女の声が聞こえてきた。鈴の音を転がすような清涼な声はずっと昔に聞いた事がある声と似ており、確かめるべく歩み寄る。
「ジルダ様……?」
そんなはずはない。
見間違いだ。
だって、あの人の魂は体を離れ――私が絵と魂を結びつけたのだから。
亡くなった王女とよく似た面影の少女は客人らしい。シルヴェストリ公爵家の誰かが招いたようだが、招待主の姿が見当たらない。
(この子も、あのお方のように私と話をしてくれるのだろうか? ――いや、疎まれるに決まっている)
外に出ることを許されない、籠の中に閉じ込められた美しい鳥のような少女の姿を思い出す。
ディルーナ王国の第一王女のジルダ。
珊瑚色の瞳を持つ故に、黒霧の魔女から守るために王城に閉じ込められていた少女だ。
輝く金色の髪は豊かに波打ち、ぱっちりとした大きな目が愛らしく、周囲の人々から愛され育っていた。
それなのに、彼女はふとした瞬間に、切ない表情を見せるのだった。
彼女は周囲に笑顔を見せる一方で、その仮面の下に、不自由さや無力感を隠して生きてきた。
黒霧の魔女が耐えず、死の歌を聞かせ続けていたから、ジルダの心はすり減っていたのだ。
一人、また一人と、オスカルが会いに行くたびに、彼女の周囲に居た人間が亡くなっていた。
それでもなお、怯えずに微笑みの仮面をつけて気丈に振舞う少女に、感銘を受けていたのだった。
(本当に、ジルダ様に似ている……)
不慣れな場所でも背筋を伸ばして凛としている少女に、ジルダを重ねた。
もう二度と、外では会えないと思っていた少女の面影を追っていると、いつの間にか、紙の上に彼女を描き留めようとしていた。
記憶をなぞるように、そしてこの世界に留める為に――。
◇
オスカルがジルダを描くようになったのは、ジルダに物心がついた頃だった。
当時のシルヴェストリ公爵家当主がオスカルを王家に紹介し、描かせたのだ。
巷では悪魔の画家として疎まれていたオスカルだったが、王女やその周囲に居る使用人たちは彼を温かく迎えてくれた。おかげで、居心地のいい環境で、王女の肖像画を描けた。
「オスカル、お外のお話を聞かせて!」
「かしこまりました。それでは、ランポーネに行った時の思い出をお話します」
外の世界に憧れる少女は、珊瑚色の瞳を輝かせて、オスカルの小旅行の話を聞いてくれた。
そんな少女は、会う度に成長し、美しく育っていった。
かつてはシルヴェストリ公爵家の令息であるファウストとの婚約の話があったそうだが、少女が頑なに拒んだ為、縁談がまとまらなかった。
「ジルダ様、シルヴェストリ公爵家のファウスト様は、礼儀正しく紳士的な方ですよ。きっと、あなたの善き伴侶になってくれます」
実際に、ジルダとファウストは何度か顔を合わせており、二人の仲は良いと聞いた。それなのに、ジルダは首を横に振って抗議する。
「いいえ、駄目なの。だって、私と関りを持ったら、ファウストは死んでしまうもの」
「そ、そのような事は――」
「本当よ。だって、黒霧の魔女が、ずっと私を狙っているから」
オスカルは絶句した。自分の腰よりも背が低い、うんと小さな少女が、死の影と向き合って生きているのだから。
少女の達観した横顔を見て、オスカルは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
「少し休ませてよ。さっきまでずっと笑っていたから頬が筋肉痛になってしまったわ」
「うっ、ご、ごめんなさい……」
「反省しているのなら、休憩がてら旅行の話を聞かせてくれるかしら? それなら許してあげるわ」
外の世界に憧れる少女は、眼差しを輝かせてオスカルを見つめる。
彼女を王宮に縛り付ける元凶となった珊瑚色の瞳は、ただただ美しく光っているのだ。
(私が、王女様の力になれたらいいのだけれど……)
気落ちしたオスカルは言葉を紡げず、ジルダは暇を持て余して椅子から立ち上がった。
オスカルの手元を覗き込み、小さく首を傾げる。
「どうしてこんな色を用意しているの? 私の顔を描くのに必要には見えないわ」
「ジルダ殿下が意識していないだけで、この色もまたジルダ殿下の色なんです。花も人間も動物も、みんな、様々な色彩によって作られていますから」
「ふ~ん?」
ジルダはパレットをじっと見つめた後、オスカルの顔を覗き込む。
「あなた、先生になったらいいですのに」
「せ、先生ですか? 私が?」
「ええ、あなたの説明はわかりやすいから」
「しかし……私は人前で話すことが苦手ですし、生徒たちだって悪魔の画家とは話をしたくないでしょう」
「そうなの? 私はいつもあなたの話を楽しみにしているのに。あなたと話したがらない人は、人生損していると思うわ!」
「ええっ……?!」
思いがけず嬉しい言葉をもらい、オスカルは喜びと戸惑いを交互に見せる。
例え悪魔の画家と分かっていても、彼を受け入れてくれる、幼いお姫様。
明るくて元気で周囲の人々から愛されているのに、たった一人の魔女のせいで自由を奪われ、人目を避けて生きなければならなかった。
(ジルダ様が外の世界に憧れていたから、私は王都を出て各地の景色を描いて来ました)
仕事の合間を見つけて旅に出た。
旅先で、籠の中に居るお姫様に見せる為の絵を、いくつも描いた。
小さな町のお祭りを、豊穣を喜ぶ農民たちを、そして、港町の活気を――。
お姫様の笑顔が見たくて、王都と外を行き来して絵を描き続けた。
しかし、国境付近の雪山を描いて戻って来た時には、ジルダはもう居なかった。
「ごめんね。私が早く王都に戻れなかったばかりに、君たちは使命を全うできなかった」
ジルダの訃報を知ったオスカルは人知れず風景画を焼いた。
細々と空に昇る煙を見つめ、一人ぼっちで涙を零したのだった。
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