悪魔の画家と魂込めの肖像画
珍しい絵画にお目にかかれるかもしれない、と期待に目を輝かすロゼッタを見て、オスカルはしょんぼりと眉尻を下げた。
「申し訳ございません。ロゼッタ嬢のお気持ちに応えたいのですが、あいにく私の手元には一つも残っていないのです」
「そう……ですのね。残念ですわ」
悪魔の画家と囁かれる男は、その呼び名とは違って心優しく、少女の期待に応えられない事を憂いた。
オスカル曰く、『魂込めの肖像画』は依頼主の身近な人を描いており、そのため、完成するとすぐに届けているそうだ。
「どなたを一番最初に『魂込めの肖像画』で描きましたの?」
「私の妹です。体が弱くて、寂しがり屋で……それなのに、病魔がまだ幼いあの子を連れ去ろうとしたのです。だから私は……あの子を絵の中に残しました」
「悲しい思い出を聞いてしまい、申し訳ございません」
慌てて謝るロゼッタに、オスカルは優しく微笑んで「いいんです」と言葉をかけた。
そして、彼の妹を描いたその絵は、今は燃やしたのだと教えてくれた。
彼らの両親が他界した後、絵の中の妹と話し合い、そうすることに決めたらしい。
「燃やしたことに非難する人が居ましたが、私は後悔していません。燃やしたことで、寂しがり屋の妹は両親と一緒に居られるのですから」
と、オスカルは安堵した表情で話した。
しかし、絵の中に人の魂を入れた事や、その絵画を燃やした事で、オスカルは悪魔の画家として忌み嫌われるようになってしまった。
それでも、彼は自分の選択を後悔した事はないのだと言う。
「絵画には、絵画としての使命があるんです。あの子の肖像画は、あの子を孤独から守り、私たち家族を繋ぐことが使命でした」
「家族を繋ぐこと……」
「ええ、その使命を果たしたのを見届けられたので、私は満足しています」
いかにも使命主義の画家らしい考えだと思った。
絵画としての使命を語るオスカルは、心なしか背筋を伸ばしてしゃんとしており、いかに絵画に誠実に向き合っているのかがわかる。
そんな彼の事を好ましく思った。
「作品はありませんが、作品について話す事ならできます。何でも聞いてください」
「それでは――噂の真偽を確かめたいことがありますの」
「噂を……?」
オスカルはぱちぱちと目を瞬かせた。
「ええ、ジルダ殿の『魂込めの肖像画』を、描きましたか?」
部屋の中がしんと静まり返り、外で庭師たちが陽気な歌を歌っている声が聞こえてくる。
ごくりと唾を飲んで答えを待っていると、オスカルは後ろ首を掻きつつ頷いた。
「ええ、ありますよ。先代の国王陛下と、現王から依頼があって描きました。きっと今も、彼女の絵画は秘密の庭に飾られているでしょうね」
「秘密の庭?」
「この王都のどこかに、王族だけが出入りすることができる、秘密の別邸があるんです。それ以上の事は、私も存じませんが……」
今も絵が飾られているのなら、ジルダの魂は今もこの世界に居て、家族たちを見守っているだろうと言った。
そう話すオスカルは、窓の外を見遣って、寂しそうに微笑んだ。
そんな彼の表情を見て、何故だか、彼がジルダと関りがあった人物ではないかと、微かな予感を覚えた。
「オスカルさんは、ジルダ殿下とお話した事がありますの?」
「はい、あのお方の肖像画を何度も描きましたからね。きっと、この手は今も、あのお方を覚えているでしょう」
オスカルはおもむろに紙と銀筆を取り出した。
真新しい画面に銀筆の先を走らせ、記憶をなぞるようにして線を引く。
ロゼッタがじっと見守っている間に、紙の上には、悲しそうな微笑を浮かべる一人の女性が現れた。
「私は、肖像画の中の彼女を無理やり笑顔にしてしまいました。本当は、外の世界に憧れて、いつも退屈そうにしていたのに、その表情を隠して描いていました」
絵画は実物よりもそのものらしく描かれる。現実に理論ともっともらしさを織り交ぜ、基底材の上に創り上げられた世界。
そう、ダンテが聞かせてくれた話を思い出した。
「――皮肉なことに、初めてありのままのジルダ殿下を描けたのは、あのお方がこの世を去った後、魂込めの肖像画を描いた時だけなのです」
「そう……ですのね」
ロゼッタはもう一度、ジルダの肖像画を見つめる。
ダンテたちに慕われていた女性が、こんなにも憂鬱そうな表情を浮かべているとは思わなかった。
以前、ダンテから聞いた話だと、とんでもないじゃじゃ馬だったと言われていてけれど――。
(もしかして、ダンテと一緒に居たからこそ、ジルダ殿下は、元気でいられたのかしら?)
二人が強いきずなで結ばれていたのかもしれないと思うと、胸の中にもやのような影が広がったような気がした。
「……」
「ブルーノ?」
先ほどまで微動だにせず側で見守ってくれていたブルーノが、急にしゃがんで顔を覗き込んできた。
仮面のように無機質な表情だが、不思議と、ロゼッタは彼の優しさを感じ取った。
「心配してくれてありがとう。でも、何でもありませんわ」
「……」
ロゼッタはブルーノの視線から逃げるようにして、オスカルに話し掛ける。
「あの、あなたの絵を買いたいですの」
「私の絵を?」
「さきほどの素描を、売ってくださらない?」
「お言葉は嬉しいですが……あれは練習で描いたようなものですので、売るわけにはいきません」
プロ意識からなのか、少しも譲ってくれそうにない。
それでも、ロゼッタは諦められなかった。
「わたくしとブルーノを描いた絵がありませんから、記念に手元に置いておきたいですの。だから、どうにか売っていただけませんか?」
「……あなたは、護衛の事を大切に想っているのですね」
「ええ、ブルーノはわたくしの大切な護衛ですもの」
いつも自分のすぐ近くで、静かに見守ってくれている頼もしい存在だ。
今のロゼッタには、ブルーノが居ない日常なんて想像すらできない。
オスカルはしばらくの間迷ったが、ロゼッタの想いに押され、素描を売る事にした。
こうして、素描を購入したロゼッタは、絵の中にいる自分たちを見て嬉しそうに微笑んだ。
その後、ブルーノがオスカルに、とある肖像画を描くよう依頼をした。
ロケットの中に入れる為の、ロゼッタの小さな肖像画を描くよう依頼していた事を、彼女は知らない。




