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魔女に呪われた少女と、美しい支配人と  作者: 柳葉うら
第二部 秘密の庭の肖像画
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悪魔の画家と魂込めの肖像画

 珍しい絵画にお目にかかれるかもしれない、と期待に目を輝かすロゼッタを見て、オスカルはしょんぼりと眉尻を下げた。


「申し訳ございません。ロゼッタ嬢のお気持ちに応えたいのですが、あいにく私の手元には一つも残っていないのです」

「そう……ですのね。残念ですわ」

 

 悪魔の画家と囁かれる男は、その呼び名とは違って心優しく、少女の期待に応えられない事を憂いた。


 オスカル曰く、『魂込めの肖像画』は依頼主の身近な人を描いており、そのため、完成するとすぐに届けているそうだ。


「どなたを一番最初に『魂込めの肖像画』で描きましたの?」

「私の妹です。体が弱くて、寂しがり屋で……それなのに、病魔がまだ幼いあの子を連れ去ろうとしたのです。だから私は……あの子を絵の中に残しました」

「悲しい思い出を聞いてしまい、申し訳ございません」


 慌てて謝るロゼッタに、オスカルは優しく微笑んで「いいんです」と言葉をかけた。


 そして、彼の妹を描いたその絵は、今は燃やしたのだと教えてくれた。

 彼らの両親が他界した後、絵の中の妹と話し合い、そうすることに決めたらしい。

 

「燃やしたことに非難する人が居ましたが、私は後悔していません。燃やしたことで、寂しがり屋の妹は両親と一緒に居られるのですから」


 と、オスカルは安堵した表情で話した。


 しかし、絵の中に人の魂を入れた事や、その絵画を燃やした事で、オスカルは悪魔の画家として忌み嫌われるようになってしまった。


 それでも、彼は自分の選択を後悔した事はないのだと言う。


「絵画には、絵画としての使命があるんです。あの子の肖像画は、あの子を孤独から守り、私たち家族を繋ぐことが使命でした」

「家族を繋ぐこと……」

「ええ、その使命を果たしたのを見届けられたので、私は満足しています」


 いかにも使命主義の画家らしい考えだと思った。

 

 絵画としての使命を語るオスカルは、心なしか背筋を伸ばしてしゃんとしており、いかに絵画に誠実に向き合っているのかがわかる。


 そんな彼の事を好ましく思った。


「作品はありませんが、作品について話す事ならできます。何でも聞いてください」

「それでは――噂の真偽を確かめたいことがありますの」

「噂を……?」


 オスカルはぱちぱちと目を瞬かせた。


「ええ、ジルダ殿の『魂込めの肖像画』を、描きましたか?」


 部屋の中がしんと静まり返り、外で庭師たちが陽気な歌を歌っている声が聞こえてくる。


 ごくりと唾を飲んで答えを待っていると、オスカルは後ろ首を掻きつつ頷いた。


「ええ、ありますよ。先代の国王陛下と、現王から依頼があって描きました。きっと今も、彼女の絵画は秘密の庭に飾られているでしょうね」

「秘密の庭?」

「この王都のどこかに、王族だけが出入りすることができる、秘密の別邸があるんです。それ以上の事は、私も存じませんが……」


 今も絵が飾られているのなら、ジルダの魂は今もこの世界に居て、家族たちを見守っているだろうと言った。


 そう話すオスカルは、窓の外を見遣って、寂しそうに微笑んだ。


 そんな彼の表情を見て、何故だか、彼がジルダと関りがあった人物ではないかと、微かな予感を覚えた。


「オスカルさんは、ジルダ殿下とお話した事がありますの?」

「はい、あのお方の肖像画を何度も描きましたからね。きっと、この手は今も、あのお方を覚えているでしょう」


 オスカルはおもむろに紙と銀筆を取り出した。

 真新しい画面に銀筆の先を走らせ、記憶をなぞるようにして線を引く。


 ロゼッタがじっと見守っている間に、紙の上には、悲しそうな微笑を浮かべる一人の女性が現れた。


「私は、肖像画の中の彼女を無理やり笑顔にしてしまいました。本当は、外の世界に憧れて、いつも退屈そうにしていたのに、その表情を隠して描いていました」


 絵画は実物よりもそのものらしく描かれる。現実に理論ともっともらしさを織り交ぜ、基底材の上に創り上げられた世界。


 そう、ダンテが聞かせてくれた話を思い出した。


「――皮肉なことに、初めてありのままのジルダ殿下を描けたのは、あのお方がこの世を去った後、魂込めの肖像画を描いた時だけなのです」

「そう……ですのね」


 ロゼッタはもう一度、ジルダの肖像画を見つめる。


 ダンテたちに慕われていた女性が、こんなにも憂鬱そうな表情を浮かべているとは思わなかった。


 以前、ダンテから聞いた話だと、とんでもないじゃじゃ馬だったと言われていてけれど――。


(もしかして、ダンテと一緒に居たからこそ、ジルダ殿下は、元気でいられたのかしら?)


 二人が強いきずなで結ばれていたのかもしれないと思うと、胸の中にもやのような影が広がったような気がした。


「……」

「ブルーノ?」


 先ほどまで微動だにせず側で見守ってくれていたブルーノが、急にしゃがんで顔を覗き込んできた。


 仮面のように無機質な表情だが、不思議と、ロゼッタは彼の優しさを感じ取った。


「心配してくれてありがとう。でも、何でもありませんわ」

「……」


 ロゼッタはブルーノの視線から逃げるようにして、オスカルに話し掛ける。


「あの、あなたの絵を買いたいですの」

「私の絵を?」

「さきほどの素描を、売ってくださらない?」

「お言葉は嬉しいですが……あれは練習で描いたようなものですので、売るわけにはいきません」


 プロ意識からなのか、少しも譲ってくれそうにない。

 それでも、ロゼッタは諦められなかった。


「わたくしとブルーノを描いた絵がありませんから、記念に手元に置いておきたいですの。だから、どうにか売っていただけませんか?」

「……あなたは、護衛の事を大切に想っているのですね」

「ええ、ブルーノはわたくしの大切な護衛ですもの」

 

 いつも自分のすぐ近くで、静かに見守ってくれている頼もしい存在だ。

 今のロゼッタには、ブルーノが居ない日常なんて想像すらできない。


 オスカルはしばらくの間迷ったが、ロゼッタの想いに押され、素描を売る事にした。

 

 こうして、素描を購入したロゼッタは、絵の中にいる自分たちを見て嬉しそうに微笑んだ。


 その後、ブルーノがオスカルに、とある肖像画を描くよう依頼をした。

 ロケットの中に入れる為の、ロゼッタの小さな肖像画を描くよう依頼していた事を、彼女は知らない。

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