跡継ぎ令嬢の憂い
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「遅かったな」
ダンテはむすりとした顔で出迎えてくれた。ロゼッタは予定調和の展開に笑いそうになるのを堪えてお詫びのキスをする。
ロゼッタが自分を置いて外出するといつもこのような状態で、どちらが子どもなのかわからないほど拗ねてしまうのだ。
「さあ、こっちにおいで。今からこのダンテ様が特別授業をしてやるからな」
気付けばロゼッタの体はブルーノからダンテへと引き渡されていた。
先ほどとは打って変わって上機嫌のダンテに横抱きで運ばれ、書斎に入る。
広い書斎の真ん中には豪奢な机と長椅子があり、机の上には分厚い本と一緒に紅茶とケーキが用意されている。
どうやら、待ちぼうけを喰らわされた養父はロゼッタと一緒にティータイムをとることで、一緒に出掛けられなかった分の損失を補おうとしているらしい。
ダンテはそのままロゼッタを膝にのせて座ろうとしたが、思惑に気付いたロゼッタとその護衛に阻止されてしまった。
「授業の初めに絵画についてのおさらいをしよう。俺が一番最初に言ったことを覚えているか?」
「ええ、絵画は現実の模倣というお話ですわね?」
絵画は実物よりもそのものらしく描かれる。現実に理論ともっともらしさを織り交ぜ、基底材の上に創り上げられた世界。
故にそれらは現実を模倣したものであり、真実を描いているわけではない。描いた画家の意図や思惑、もしくはそのパトロンの要望が込められている人為的な世界である、と。
ダンテはロゼッタを膝の上に乗せ、彼女の顔よりもうんと大きな図録を見せながらそう教えてくれた。
「そうだ。絵画は本物より本物らしい姿で俺たちを惑わし魅了する。今日はその性質が強く出ている歴史区分を教える――幻想主義と呼ばれる区分だ」
「光の絵画と呼ばれる作品たちが登場した区分ですわね?」
「ああ、ちゃんと予習してきたようだな」
オークションハウスでも耳にしたことのある名前で、気になったロゼッタは王宮図書館で調べてわずかながら知識を得ている。
新しい名前に出会えばすぐに調べて知識とするのを習慣にしている。それでもダンテが教えてくれるとなれば、喜んで彼の授業を受けている。
ダンテはロゼッタが調べて得る情報よりもうんと深い歴史を知っており、それをわかりやすくかみ砕いて教えてくれるから、するすると頭の中に入ってくれるのだ。
「画家たちは光の取り入れ方を意図して操作し、画面が仄かに光を帯びているような錯覚を起こさせている。まるで魔法をかけられたかのように神秘的な光を纏う作品たちは王族に好まれ、画家たちは手厚く保護されていた」
ダンテの落ち着いた静かな声がロゼッタの耳に届く。
書斎を流れる穏やかでゆったりとした空気によく似合う声音で、心地よさを覚える。
ダンテは蒐集品の事を話す時に声が変わる。
それはまるで、聖職者が神を語る時に似た崇拝の念が籠っているようで。
ロゼッタは、そんなダンテの声を聞くのが好きだ。
「同じ時期に派生したのが使命主義でしたわよね?」
「その通りだ。使命主義は、絵画には絵画としての使命があるとして、人の役に立つ絵画を創作すべく芸術と魔法の融合を試みた革新的な一派だ」
彼らの系譜の先にはポルカーリ工房の創設者の名があり、故にポルカーリ工房は魔法絵画の世界において、先駆者としてゆるぎない地位を築いている。
「使命主義の歴史は長く、中には派生当時から今も存命の画家が一人だけ居る。それが《魂込めの肖像画》を描くといわれている悪魔の画家――オスカルだ」
一度だけ、その名を聞いたことがある。
夜の部のオークションに出される美術品の目録を見ていた時に偶然知り、使命主義の画家の一人だと、トビアが教えてくれた。
オスカルは数百年経った今も青年のような姿をしており、悪魔に魂を売って不老不死を手に入れたのだと囁かれているらしい。
実際は、魔導士と同じかそれ以上の魔力を保有するため、普通の人より年を取るのが遅いのだと言われている。
「明日のソレチト伯爵との商談の時にオスカルについて聞いてみるといい。魔法絵画に目がないソレチト伯爵なら、オスカルをよく知っているから詳細に教えてくれるだろう」
ダンテはほとんどの商談にロゼッタを同席させている。
ロゼッタが絵画の知識や取引の感覚を養う為でがあるが、彼女こそが後継者だと周囲に知らしめるのも目的の一つだ。
(授業が終わったら、明日の商談に向けてソレチト伯爵が好きそうな話題を集めよう)
そう張り切る一方で、ふと、路地裏で助けた少女の事を想い出してしまった。
彼女はダンテの想い人、ローゼによく似ている。それが気掛かりでならないのだ。
(もしダンテがあの子を見かけたら――、どう思うのかしら?)
ダンテがローゼに執着していることを知っている。
娘として迎え入れるのだろうかと、もしもの事態を想像してしまい、胸の内に渦巻くどす黒い気持ちが渦巻く。
どうにもならない、であってほしい。
願わくばダンテは彼女を見ても何も思わず、興味を持たないでいてほしいのだ。
この世界でたった一人の家族を、誰にも奪われたくない――。
(駄目だわ。どんどん昏いことを考えてしまう)
重く黒く募る気持ちを、頭を振って外へと追いやった。
「……」
そんなロゼッタを、ブルーノはじっと見つめていた。




