跡継ぎ令嬢は、国王に気に入られる
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「……似ているな」
エドヴァルドはしげしげとロゼッタを見つめ、懐かしむような顔をした。
それはダンテも時折見せる表情と同じである為、彼が誰を思い出しているのか漠然と想像できてしまう。
(ローゼ様の事を思い出しているんだわ)
国王エドヴァルドは、ローゼことジルダの兄に当たる。
兄妹仲は大層良かったらしい。
ジルダが失踪していた間は王太子で政務に追われていたそうだが、仕事の合間に探し回っていたと聞いたことがある。
「名は何という?」
「申し遅れて恐れ入ります。ロゼッタ・バルバートです」
「なるほど、バルバート男爵家の令嬢か。道理で見覚えのある護衛を連れているわけだ」
思いがけない言葉に、ロゼッタはおやと首を傾げる。
これまでに数多くの人間と会ってきただろうに、一介の男爵家に仕える人間の顔まで覚えられるものなのだろうか、と疑問に思ったのだ。
国王の眼差しはブルーノに向けられている。
しかしブルーノはというと、胸に手を当てて深く礼をし、国王と目を合わそうともしない。
感情を消した表情をしているが、拒絶に似た空気を漂わせている。
静寂の中に複雑な感情と事情が絡み合い、重々しい空気となって横たわる。
(二人の間に、何かあったんだわ)
そうわかっていても、根源に触れるのは禁じられているように思え、一度頭の隅に追いやった。
顎を引いてしゃんと背筋を伸ばし、バルバート家の令嬢として恥の無いように対応しようと努める。
「ええ、ブルーノは父の元で働いていましたのでご覧になった事がございましょう。わたくしの身を案じた父が彼を護衛につけてくれましたの」
「……そうか。バルバート男爵は其方の事を大切に思っているのだな。淑女への礼を欠いてしまうが、年齢を聞いてもいいだろうか?」
「十三歳ですわ」
「ほう、うちの息子と年が近いな」
エドヴァルドには一人息子がいる。名前はアリステア・ディルーナというらしい。
幼い頃から体が弱く、彼の姿を見た者はあまりいないと聞く。
ロゼッタが肖像画で見た第一王子は、穏やかな笑みを浮かべる線の細い美しい少年だった。
儚い印象を与える王太子。
そんな彼の肖像画を見た大人たちが、「もう一人お世継ぎが必要なのでは……」と不安気に口にしていたのもまた覚えている。
「いつか息子の相手をしてやってくれないか? 茶会を開くから遊びに来ればいい。きっとあの子も、ロゼッタ嬢のような友人が欲しい年頃だろう」
「え、ええ……わたくしなどでよろしければいつでもお呼びくださいませ」
(社交辞令、よね……?)
国王からお茶会に招待されるとは夢にも思っていなかったロゼッタは、少しばかり狼狽えてしまった。
慌てて笑顔で取り繕い、淑女らしく礼をする。
男爵令嬢として立派に振舞おうと奮起している少女はこの時、国王が白金色の髪の少女を見て不敵に微笑んでいるのに気付いていなかった。
「さて、もう少しロゼッタ嬢と話をしたいのだが、あいにくこの後は会議があるものでね。お暇させてもらおう。あの少女は王国騎士団が無事に帰すから心配しないでくれ」
国王が隣に居る騎士に視線で指示を出すと、その騎士は静かに頷き、少女を抱き上げる。
その刹那、少女の珊瑚色の瞳がロゼッタを捕らえた。
ぱっちりとした大きな目で、瞬きもせずに見つめてくる。
縋るような眼差しを向けられているようで、ロゼッタはその少女に同情した。
誘拐されて心細いのだろうと思い、安心させてあげたくなったのだ。
「あなたが無事で何よりでしたわ。最近は誘拐事件が多いようですから、外出するときは大人と一緒に居る方がいいですわよ」
微笑みを浮かべて手を振り、少女を見送る。
少女は微笑み返してくれることも手を振り返してくれる事も無かったが、姿が見えなくなるまでロゼッタを見つめ続けていた。
国王陛下御一行の姿が見えなくなると、ロゼッタは小さく溜息をつく。
緊張の糸がふつりと切れたようで、よろめきそうになるのをブルーノが支えた。
よほど気を張っていたようで、体が微かに震えている。
初めて国王と言葉を交わしたのであるのだから無理もない。それも、ダンテという保護者が居ない状態で。
「ふぅ。まさかこのような狭い路地で国王陛下にお会いするとは思いませんでしたわ。ブルーノ、わたくしは令嬢らしくきちんと振舞えていたかしら?」
「……」
寡黙な護衛は、こくりと小さく頷いてくれた。
彼の動きに合わせて銀色の髪がさらりと揺れる。
その美しい髪の合間から見えた目元は綻んでおり、宗教画に描かれている聖人のような神聖で静謐な微笑を向けてくれている。
普段は無表情な護衛の不意打ちの笑みに、ロゼッタは言葉を失って見惚れてしまった。
「……ええ、我が主を誇りに思います」
囁かれた言葉は、今まで掛けられたどのような賞賛の言葉よりもロゼッタの胸に響いた。
「ブルーノがそう言ってくれると嬉しいですわ。さあ、帰りますわよ。ダンテが首を長くして待っているはずですもの」
「……」
すると、護衛は黙ってロゼッタを抱き上げた。
気づけばロゼッタは横抱きにされていて、ブルーノの顔が間近に迫っている。
「ブ、ブルーノ?! 降ろしなさい!」
「……」
寡黙な護衛は命令を無視して歩き始める。
ロゼッタがじたばたと動いてみても危なげなく支えていて、全く降ろそうとしない。
(また一段と過保護になったわね)
黒霧の魔女との戦い以降、この護衛は輪をかけて過保護になった。
少しでもロゼッタが疲れた素振りを見せると抱き上げて運ぼうとする。
護衛のそのような世話焼きっぷりに、ロゼッタは手を焼いている。
大人の一員に加わりたい年頃の少女にとって、この過保護は子ども扱いされているように思えて仕方がないのだ。
そしてもう一人、ロゼッタを困らせている大人がいる。養父のダンテだ。
ダンテが年々、寂しがりやを拗らせており、ロゼッタがどこに行くのにもついて来ようとする。
以前ジラルドに誘われてロランディ家の書斎に行った時でさえついて来て、ジラルドを威嚇していたのだ。
今日の外出は居残りを喰らわされてしまい、今頃は時計の針を睨みつけながらロゼッタの帰りを待っているだろう。
バルバート邸に着けばきっと、開口一番に「遅かったな」と小言を言ってくるはずだ。
ふれくされた表情のダンテや、そんなダンテを宥めるカストとラヴィの事を想像してしまう。
寂しがりやな養父が待つ家に帰らなければならない。
自分を待ってくれている人たちがいる場所に。
(そうよ。わたくしの家に帰らないといけないわね)
帰る居場所がある幸せを噛み締めつつ、ブルーノに話し掛ける。
他愛も無い話をして平和な帰路を楽しんだ。
しかし、穏やかな時間は長くは続いてくれない。
路地で起こったこの出来事の所為で、後にロゼッタは厄介ごとに巻き込まれてしまう。
それを知る由も無く、ロゼッタは弾んだ声でブルーノに仮面芸術祭の話を聞かせていた。




