跡継ぎ令嬢は、不穏な現場を目撃する
王都東部に位置する運河沿いの工房街に辿り着いたロゼッタたちは、とある工房の門の前で立ち止まる。
彫刻が施された飴色の扉は叩く前に開き、中から工房の親方であるチェルソが出てきた。
刈り上げた白髪に、猛禽類を思わせる瞳は鳶色。
強面で近寄りがたい雰囲気の男だが、ロゼッタを見た瞬間にふにゃりと破顔する。
「おうおう、やっと姫様が来なすったか」
この偏屈者の老人はロゼッタのことをいたく気に入っており、訪れる度に一番に迎え出てくれるのだ。
おまけにロゼッタが故ジルダ王女殿下と似ていることから、ロゼッタのことを「姫様」と呼んで可愛がる。
「姫様はバルバートの小僧がくれてやった首飾りが似合うくらい大人になりましたなぁ」
目尻をだらしなく下げてデレデレとロゼッタを可愛がるチェルソは、孫を見る爺のよう。
この時ばかりは工房の中の空気が和らぐため、職人たちはロゼッタの訪問に感謝している。
一方でロゼッタの隣に控えているブルーノは浮かない表情になり、ロゼッタの首元に視線を送る。
ロゼッタのほっそりとした首を見る度に、六年前に黒霧の魔女に呪いをかけられてしまった時のことを思い出しては己を責めているのだ。
あれから神殿へ行きリベリオの力を借りてみたものの、呪いは消えることなくロゼッタの身の内に潜んでいるようだ。
成人すれば発動するらしいその呪いのことを考えると、ブルーノは複雑な気持ちになる。
それは、誰も愛せなくなる呪いらしい。
この護衛は密かに、解かないままでもいいのかもしれないとも思っている。
愛おしい主人がポッと出の男に愛を囁くところなんて見たくないものだが、そうかと言って、呪いのせいで苦悩する主人のこともまた見たくはない。
護衛の複雑な想いを知らないロゼッタは、チェルソの元に届いた修理依頼品のアンティークを見せてもらい目を輝かせていた。
やがて仮面を受け取ったロゼッタたちはお暇することにした。
ブルーノに開けてもらった扉をくぐろうとするロゼッタに、チェルソは声を掛ける。
「姫様、最近はまた珊瑚色の瞳を持つ女の子が狙われているようなので気を付けてくだされ」
「また、ですの?」
「ああ、連れ去られてしばらくすると戻って来るんだが、連れ去られていた間の記憶をごっそりと落として帰って来るそうだ」
かつて珊瑚色の瞳を持つ少女たちが犠牲になった六年前の事件を思い出すと背筋が凍る。
少女たちが狙われたのは黒霧の魔女の仕業で、珊瑚色の瞳を持つ少女の体の中には女神の秘宝が眠っているとして不届き者たちを唆したのだ。
今は黒霧の魔女は絵画の中に封印されて事件が収まっているが、その余波が無いとも限らない。
当時の恐怖や苦しみを思い出し表情が硬くなるロゼッタを見たブルーノは、彼女の前で跪く。
「ロゼッタ様のことは私が命に代えてお守りしますから、そんな顔をしないでください」
「あら、わたくしの命令を忘れたのかしら? ブルーノが命を落とすのは許さなくてよ」
片眉を上げて諫める主人に、ブルーノは微笑みを零す。
いつもは無表情で沈黙を貫くこの護衛が言葉を発したことに、工房の職人たちは驚きを隠せない様子で二人を見守った。
中にはブルーノの微笑みを見て頬を染めるものまで現れてしまい、工房の中は大混乱に陥ってしまった。
「お、おい。あの護衛が喋ったぞ」
「ちゃんと笑えるのね……てっきり魔法人形かと思ってたわ」
「明日は嵐が来るんじゃねぇか?」
そんなひそひそ声に見送られて、ロゼッタとブルーノは工房を出る。
外はまだまだ明るく、ついでにどこか寄り道をして帰りたいところだが、ダンテとの約束を破るわけにはいかないロゼッタは大人しく船着き場に行くことにした。
「ブルーノ、週末にでもカフェに行きましょう? 冷たいお菓子を売り始めたお店があるんですって。セレーネが教えてくれましたの」
『ギャラリー・バルバート』の受付嬢セレーネはロゼッタの姉代わりで、相談相手になってくれたり、王都の有名なお店や流行りの物を教えてくれる。
ついつい仕事や勉強やに没頭してしまうロゼッタにとっては大切な情報提供者だ。
「……」
ブルーノは黙って頷いた。不穏な事件の話を聞いた後だから反対されるかと思っていたが、この過保護な護衛が頷いてくれるなら問題ないのだろう。
上機嫌になったロゼッタはふと、人通りのない小道に入っていく集団を見つけて動きを止める。
みな地味な茶色い外套を身に纏い、フードを深くかぶっているのだ。
旅人の集団のようだが、それにしては王都の道に慣れているようで怪しい。
じっと目を凝らせば、彼らの間にひと際背が低い影が見えた。
ロゼッタは息を呑んでブルーノの袖を掴む。
「ブルーノ、誘拐現場だわ。あの子を不届き者たちから助けてあげて!」
彼らの間にいるのは白金色の長い髪の子どもで、女の子だろうか、緩くウェーブがかかった髪が風に靡いている。
主人の命令を聞いた護衛の行動は早かった。
ブルーノはロゼッタを抱き上げると一気に距離を詰めて、怪しい集団に近づく。
音もなく気配もなく現れたブルーノに旅装束の集団は慌てふためいたが、それでも少女を置いて逃げようとしない。
ブルーノは剣に鞘をつけたまま振りかざし不届き者たちを伸ばしていくと、捉えられていた少女の腕を掴む。
頼もしい護衛が少女を助け出してくれてホッとしたロゼッタは、安堵して油断していた。
そのため振り返った少女を見て、驚きのあまり動揺する。
「なんで……?」
どうして、こんなにも似ているのだろうか?
そう思ったロゼッタの心の中には焦りのような、怯えのような感情が芽生えた。
ロゼッタくらいの年齢であろうその少女は白金色の長い髪に珊瑚色の瞳を持ち、その姿は今は亡き王女でダンテの昔の想い人と瓜二つだ。
他人の空似と片付けるにしてはあまりにも胸騒ぎがして、ロゼッタは完全に固まってしまった。
「……ブルーノ?」
「……」
そんなロゼッタを強く抱きしめたブルーノの視線の先に気付き辺りを見回すと、幾人もの騎士に囲まれている。
漆黒の騎士服には胸元にはディルーナ王国騎士団の紋章が描かれており、剣に尾を絡みつけているドラゴンがこちらを睨んでいる。
まるでロゼッタたちが少女を誘拐していたのだと疑われているようで、緊張感が走る。
両者が固着状態になっている中、騎士たちの合間から一人の男が姿を現した。
「剣を下ろせ。彼らはあの子を助けたのだろう」
その声は若くも威厳を纏っており、心にずんと重く響く。
男は金灰色の髪と透き通るような銀色の瞳を持ち優美な顔立ちで、微笑みを見せているが少しも隙を見せない得体の知れなさがある。
初めて会う人物だが、ロゼッタは彼のことを知っている。
(肖像画に描かれている通りだわ)
ダンテに連れて行ってもらった美術館で彼の肖像画を見たことがあるのだ。
すぐさまブルーノに降ろすよう指示をして、流れるような所作で目の前に現れた男に最上位の礼を取った。
「お初目にかかります、国王陛下。このような場所でお会いするとは夢にも思っておらず礼を欠きましたこと、どうかお許しくださいませ」
かつて美術館で見た肖像画の題名は『国王エドヴァルド・ディルーナの肖像』だった。
どうしてこんな場所にいるのかと疑問に思うロゼッタだが、初めて出会う王族を前にして粗相してしまわないよう、凛とした姿勢を貫いて見せる。
すると頭の上で小さく息を漏らす声が聞こえ、その刹那、ロゼッタは手袋をはめた大きな手に顎を掬い上げられた。
今頃ダンテはお屋敷でうきうきとしながらロゼッタの帰りを待っていることでしょう……。




