プロローグ
ご無沙汰しております。
少しずつですが更新させていただきます……!
リリッツィア海に浮かぶ宝石のように美しい街、ディルーナ王国の王都。
この街の市場は「行けば世界の全てが揃う」と謳われるほど賑わいに満ちており、その活気は街の至る所にまで伝播している。
ことに今の季節は仮面芸術祭の準備で、どこに行っても祭りの空気に浮かれた住民たちの話し声が聞こえて来る。
街の至る所に仮面舞踏会を彷彿とさせる装飾が施され、貴族も平民もみな祭りの日を待ちわびているところだ。
仮面芸術祭とは月の女神様への感謝を伝えるお祭りで、街の人々は仮面をつけて着飾り、女神様の目を楽しませようという趣旨だ。
バルバート邸もまた、使用人たちが祭りに合わせて模様替えしてくれたおかげでいつもと違う内装になり、ロゼッタもうきうきとした気持ちで日々を迎えている。
ちょうど今朝方、祭りで使う仮面が完成したと工房から連絡があり、いつになく上機嫌でダンテの執務室へと向かった。
「ダンテ、仮面ができたようだから取りに行ってきますわ」
今日はオークションハウスがお休みのダンテは新しい事業の準備のための調べ物をしているところだった。
積み上げられた本の山から顔を出し、ロゼッタの姿を認めて微笑む。
オークションハウスの支配人を務めている養父は、ロゼッタと同じく薔薇の花のように美しい赤色の髪を持ち、芸術品のような整った造形の顔面で王都に住む令嬢たちを虜にしている。
「そうか。じゃあ一緒に外に出よう」
「き、今日はダメですわ! ダンテにはお祭りの日に仮面を見て欲しいのですもの!」
いつもなら大歓迎の提案だが、今日はどうしてもダンテには来てほしくなかった。
なんせ今日取りに行く仮面はロゼッタが工房の若手職人クレートと一緒にデザインを考えたとっておきで、祭りの日に披露しようと決めているから。
ダンテにはそうすると話していたことであるのに、この親馬鹿はロゼッタにお誘いを断られるや否や不服そうだ。
「ブルーノはいいのに俺はダメなのか?」
「ダンテだけではありませんわ。お祭りまではカストにもラヴィにもナナにも見せませんもの。ブルーノはわたくしの護衛だから特別ですの」
急に話題を持ち出された寡黙な護衛は口を挟むことなくロゼッタの背後で成り行きを見守っている。
ロゼッタが初めて出会ってからもう六年も経ったが、感情を一切感じさせない表情は相変わらずで。
しかしその心の中では、ロゼッタが自分を「特別」だと言ってくれたことが嬉しいようで、犬であるのなら尾をブンブンと振っているほど喜んでいる。
不機嫌と上機嫌に挟まれたロゼッタは、小さく溜息を吐いた。不機嫌な方を放っておくわけにはいかず、腕を組んで代替案を捻り出した。
「なるべく早く帰ってきますわ。そうしたら、美術史の続きを教えていただけて?」
顎をツンと上に向けるロゼッタの姿は頼むのにはいささか、いや、かなり鷹揚なのだが、そんな彼女の姿を見てもダンテは怒るどころか口元を綻ばせて花が咲くような微笑みを浮かべる。
「しかたがないな。ロゼッタが帰ってくるまでにとっておきの資料を用意しておいてやるよ」
すっかり機嫌が治ったダンテはロゼッタを抱き上げて頬にキスをする。
調べ物を中断して一緒に外に出ると、ロゼッタが乗ったゴンドラが見えなくなるまで見送った。
この時はまだ、ロゼッタもダンテもブルーノも、思いがけない人物との出会いが訪れるとは夢にも思っていなかったのだった。




