養父の憂い
その日の夜、ダンテの執務室にブルーノがやって来た。
「ブルーノか。浮かない顔をしているけど何があった?」
「……」
丁度、明日のオークションに出品される作品たちの資料に目を通しているところだった。
一つの作品に対していくつもの資料を読み解き理解を深めて売り出すのがダンテのやり方で。
上顧客に売り込む際の会話の材料にするため、一度目を通した資料をもう一度開いている。
「本日、ロゼッタ様が路地裏で国王陛下にお会いしました」
「……は?」
そのような事態を想像すらしていなかったのだろう。ダンテは手に持っている資料の束を落としそうになる。
ブルーノが順を追ってことのいきさつを話すと、椅子の背もたれに体を預けて天井を仰いだ。
路地裏で出会ったのは意外だったが、いつか二人が対面することになるのは、心のどこかでは予感していたことだ。
ダンテはゆっくりと息を吐きだし、騒めく心を落ち着かせる。
「ロゼッタを見た国王陛下の様子は?」
「『似ている』と呟き、興味を示されていました」
「……想像通りの反応だな」
いずれロゼッタが社交界に出れば避けられない事なのだが、いざその時が訪れようとしているとわかると、不安が胸に影を落とす。
ディルーナ王国の王族は今もなお故ジルダ王女の喪失に囚われている。
彼女が亡くなった日は一歩も外に出ずに王城の中に籠り、彼女の死を悼んでいるのだ。
そんな彼らがロゼッタを見つければ、ジルダ王女の面影を探してロゼッタに深く関わろうとするだろうと、予想していた。
「路地裏に国王陛下が現れるなんて偶然とは思えません。あの少女と何かしらの繋がりがあるように思えます」
「そうだな。国王陛下にせよ、その少女にせよ、警戒してくれ」
これはまた、厄介なことになりそうだ。
黒霧の魔女の一件が片付いて以来は比較的穏やかな日々を送っていたため、すっかりご無沙汰だった緊張感が、胸の中に広がる。
情報を集めよう。
王族や国王の周辺を探り、王宮で何か異変が起こっていないか把握せねばならない。
「ロゼッタの様子はどうだった?」
「立派に国王陛下とお話されていました。ただ……」
「ただ?」
ブルーノの視線がゆっくりと動き、机の上に置かれている花瓶へと移った。
そこには薄紅色の薔薇が一輪だけ飾られている。
ダンテが庭から摘んできた薔薇の花で、部屋の中に芳醇な香りを漂わせている。
その花の色が、ロゼッタとローゼの瞳を連想させた。
「不安を感じていらっしゃるようです」
「そりゃあ、急に誘拐現場に出くわした直後に国王陛下に話しかけられたのなら不安にもなるだろう」
「いえ、ロゼッタ様が不安に思っているのはその事ではないかと」
ブルーノは少し躊躇うような素振りを見せた後、重々しく口を開いた。
「その少女がどことなく……ローゼに似ているのです。それが原因かと思われます」
「なんだって?」
「ロゼッタ様はいつも旦那様を気にかけておりますから、旦那様がローゼ様に抱く感情にはとりわけ敏感に反応しているのです。だからこそ、ローゼ様に似た子どもを見つけると不安を覚えているのでしょう」
想定外の理由だった。
ロゼッタは同年代の子どもより大人びておりしっかりとした口調であるから、彼女の子どもらしい一面が意外で驚いてしまう。
(ローゼと似ているその子に妬いているのか?)
思えば今日の授業の後、ロゼッタは膝の上から降りなかった。
いつもなら授業が始まる前にはさっさと降りてしまうというのに、ラヴィが声を掛けに来るまでじっとしていたのだ。
甘えてくれていたのかもしれない。
その結論に至り、自分がもっと早く気付いて甘やかしていればよかったと後悔した。
「そうか、ロゼッタが妬いていたのか……可愛いな」
ぼそりと呟いた途端に、ブルーノから絶対零度の冷ややかな眼差しを向けられてしまう。
ロゼッタをこの世で一番大切にしている護衛にとっては許しがたい言葉だったようだ。
(だからと言って、雇い主を睨む奴がいるのかよ)
気まずくなったダンテは咳ばらいを一つした。
手に持っていた資料を全て机の上に置き、ブルーノに向き合う。
「安心しろ。この先、ローゼの生き写しのような人が現れようと、心を奪われはしない」
この世で唯一大切なのはロゼッタだけ。
彼女と共に歩んでいくことを、家族であり続けることを、切に願っている。
「問題は、国王陛下との茶会だな。念のためにエルヴィーラに連絡して根回しするか」
国王がロゼッタに興味を持ち、あれこれと探られるのは好ましくない。
ダンテは魔法で便箋と羽ペンを引き寄せ、エルヴィーラへの手紙をしたためた。
次話、久しぶりにソレチト伯爵の登場です。




