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朝戸風

『記憶を消してくれと願うか?願うのなら、叶えてやる。願うのなら、いくらでも叶えてやる。言え。苦しみから解放してくれと。言え…さっさと言え!』




『…いや……いやだ。あなたにはもう、願わない。絶対…いや』








「……莫迦が。こんな目に遭って、なぜ願わん」


 眉根に消えぬ皺を刻み。目も口も強く結び。鼻と耳だけを大きく広げて。今にも死んでしまいそうな青白い色を肌に押し付けて。手を傷つけ。胴体や腕や脚を押さえつけて。漆黒の髪の毛だけを生の証にして。




 なぜ願わない。なぜ、






 沈思しかけていた九尾の妖狐の髪を微かな風が揺らす。到底気にも留めない小さな風。



「…陰陽師か。懐かしいな。まだ生きていたのか?こんな結界しか作れぬのに」

「日月国にいた九尾の妖狐か?」



 突如として現れた曇晴に背を向けたまま、九尾の妖狐は冷笑を口元だけに据える。



「さてな。是と答えたらどうなる?俺を殺すか?かような力しか持たぬのに」

「その子をいたぶり殺したいのかおまえは」

「ッハ。断定か。そうだな。そうだろうな。おまえたちにとって俺はにっくき相手だろう。退治せねばならない害悪だからな。したければすればいい。ただし、おまえ如きでは俺は倒せぬ。せいぜいこの娘を殺すくらいしかできんよ」

「莫迦を言え」

「この娘に俺の命を預けている。そう言ってもか?」

「知っている」



 動揺の欠片も見出せない曇晴に、九尾の妖狐は鼻白んだ。



「面白さの欠片もないな、おまえは。まあいい。せいぜい、すべての言に迷う事だな」



 姿を消す気だと察した曇晴は待てと九尾の妖狐を制止した。自分の言葉などに耳を貸さないだろうと思いながらも、口に出していた。

 驚く事に九尾の妖狐は動きを止めた。



 本当ならば伝える気は毛頭なかった。そもそもそんな発想はこの国に入った時には思いもよらなかった。しかし、坪音と名乗る女性の話を聴いて、そして、真意はどうであれ動きを止めた九尾の妖狐を間近で見て、伝えようと思ったのだ。



 伝えられると思ったのだ。




「俺は日月国から任を受けて人間国に来た。任の内容は、九尾の妖狐を連れて来る事。理由は、おまえがいるこの国が他国よりも群を抜いて、健康長寿で、かつ、男女問わず繁殖能力を二十歳から死ぬまで持ち合わせている事。要因を俺たちの国王は、おまえが願いを叶えたおかげだと信じ込んでいる。だから陰陽師の俺に命じた。あらゆる願いを叶えてくれる九尾の妖狐を連れて帰れと」



 身体の芯から凍るのではないかと命の危険を感じるほどの冷気が身の回りを包み込む。



 曇晴はけれど、身の安全を図るよりも、九尾の妖狐から目を離さない事だけに心血を注いだ。



 九尾の妖狐は圭に視線を留めたまま、過去を少しばかり引っ張り出した。

 すれば、嫌な笑顔が次から次へと線伝いにわんさかと出て来るも、気に留めず、くしゃくしゃに丸めて、ぽいっと軽々しく捨てた。



「俺が願いを叶えたか否かなどは些細な問題だろう。事実は変わらん」

「ああ、そうだ」



 長寿を願う者などざらにいる。その要因がなんであれ、究明し、我が物にしたいと、独占したいと策略するものだ。



 九尾の妖狐か、それとも、この国のなにか。どちらでもその実大差はない。

 どちらでも、奪ってしまえば済む話なのだから。



 曇晴自身、まだこの国に着いたばかり。どちらか、など、原因を特定できてはいないが、可能性としては半々だと思っている。



 自国の王は九尾の妖狐だと決めつけるばかりか九尾の妖狐にえらく執心して、早く連れて戻れと、今や数が激減した陰陽師を急かす。


 先代の国王はそうではなかった。妖怪や妖精など、得体の知れぬ存在と共存している国に関わるべきではないと、この国への渡船を一切合切禁止した。

 ただし、求められれば応えよとの厳命も共に出された。

 報復を恐れての事だった。



 現国王は先代のその命を廃し、陰陽師にこの国へ行くように命じた。ただし、陰陽師だけ。

 理由は二つある。一つは妖怪である九尾の妖狐を連れ戻す事ができるとしたら、妖怪と渡り合えた実績がある存在の陰陽師だけだから。もう一つは、今は忘れ去られている九尾の妖狐の存在を知る者を極少数に留めておきたかったから。


 そもそも、人間国のあるこの島は、他の人間が暮らす島なり大陸から遠く離れており、存在を知らぬ者の方が遥かに多い。

 そして今もこれからも変わらないだろう。理由は千差万別だが、今までの国王が人間国のあるこの島の存在を知られぬように手を回してきたように、現国王もまたそうするのだから。




 九尾の妖狐を隠匿したいが為に。











(2019.7.23)




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