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野風

「俺はおまえを連れて帰る気もなければ、この国を荒らしたいわけでもない。命じた現国王はこちらでどうにかする」



 曇晴は伝えかった。

 こちらも手出しをする気はなく、また、手出しをするなと。



「どうでも構わん。好きにしろ」

「……圭殿が死なずに済んでいるのは恐らくおまえの命を持っているからだ」



 寝たきりで食べても飲んでも雀の涙ほどの量だ。その状態がもう一か月続いている。身体の衰弱化で死んでいてもおかしくない。だが現に圭は生きている。生き続けている。



 きっと、永らえられていられるのは、九尾の妖狐の命を持っているが故に。



 ただ、どのような命の明け渡し方をしたのかはわからないが、圭の状態が九尾の妖狐にも影響を与えているのだろう。

 陰陽師の記録に遺っている雄々しい姿は今や見る影がない。

 眼前にいる九尾の妖狐は、人間の五歳くらいの幼児に狐の耳と九つの尻尾が付け足したような姿だった。



 しかし衰弱化しているからその姿なのではなく、わざとその姿を見せているとしたら理由はなんだろう……その姿が気に入っているとか?



(………あり得なくはない、よう、な。いや……いやいやいや)



 ふと湧いた好奇心に要らぬ思考を巡らせたと、曇晴は気を取り直して、言葉を紡いだ。



「雲母殿と石英殿が言っていた。おまえは飽きたと。圭殿がおまえに願った時、生き続ける事に飽きてしまったと。だから、圭殿におまえの命だけを渡した。圭殿が死ぬ時、おまえも死ねるように」

「…ああ、そうだな」

「だが坪音殿にはこう言ったそうだな。生きたいか死にたいかは半々だと」

「なんだ?俺に死なれては困るのか?叶えてもらいたい願いでもあるのか?構わん。言え。なんでも叶えてやる」



 九尾の妖狐の揶揄に、曇晴は動じない。外見がそう推測させるのか、自己防衛を図っているようにしか思えなかった。



「…おまえが死ぬ理由も生きる理由も、どちらでも握っているのは、圭殿なんだな」



 圭が九尾の妖狐の命を握っているからという単純な理由ではない。ほかにもっと違う理由があるのだ。

 圭に生死の選択を見出そうとするなにかを。



 なぜそこまで、九尾の妖狐が圭を気にかけているのかは、誰もわからない。

 恐らく、九尾の妖狐自身もわかってはいないのだろうと思う。

 だから中途半端なのだ。積極的に生かそうとも死なそうともしていないのがその証。



「面白いと思わんか?この小娘に大妖怪である俺の命が握られているなど。愉快痛快。ようやく、生きている気がしてならん」



 喉を鳴らして極悪に笑う九尾の妖狐にされど抱く想いは変わらず。虚栄心を張っている。



(いや。もしかしたら、)



「……きっと。いや。確実に。圭殿が死ねない理由の一つにおまえがいるのだろう」



 九尾の妖狐は圭に生死の選択を見出そうとはしているが、圭はきっと、九尾の妖狐の命を持っているから、死にたくないと叫び続けているのだ。声なき声で。こんなにも悶え苦しんでいても。死なないでほしいのだと、生き続ける事で伝え続けている。



「くだらんな。こいつの生きる理由はただ一つだけだ。俺ではない」



 姿を消す。察知しても、今度は止めなかった。伝えたい事は伝えた。今はそれだけで十分だった。

 ふと、部屋の四隅に供えている塩と砂糖の盛り山を見た。黒焦げになっているでもなく、綺麗な純白のままだった。


 どちらともに。











(2019.7.24)




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