野分の南風
「その付喪神さんは病に罹っているふりをしているんすか?」
「はい」
「食べ物とか普通に食べられるんすかね?」
「はい」
「じゃあ、とりあえず、付喪神さんの心配はなしと考えていいんすね?」
「はい」
「わかったっす。ならもう一つ確認、ではなくて、決めておきましょう」
「はい」
「私が小屋に戻って、曇晴殿は城に戻るんすが、その間に咲和には圭に変装をしてもらうっす。秘密にししようとすればするほど、案外すぐにばれるっす。なので、ここにいる圭は今からあなたがどこぞの地で出会い、一目惚れをして身体が弱いのにここまで追っかけて来た少女、名前を、うーん。圭晶っす。長旅で病を悪化させてしまった圭晶を咲和が見つけた事にしましょう。曇晴殿の身内や日月国の者ではもし調べられた時に厄介っすから、曇晴殿も記憶がないくらいのどこぞの島の少女という事で。いいっすね」
「一目惚れ…はあ」
とんと縁がない単語を言われて、是と即座に受け入れられなかった曇晴。鈴の案には概ね反対するところはないのだが。
一目惚れ。甘酸っぱい響きであり、こんな事態でなければ訪れやしなかっただろう。嘘っぱちだけど。
「今はこの辺で。細かいとこは明日また詰めていきましょう。咲和に圭にしてほしい事はあるっすか?」
「ああと。とりあえず、この部屋の隅に三角に盛った塩と砂糖を対角線上に置いてほしいんです。あとは、できるだけ、胃に優しく簡単に飲み干せる食べ物を時間を置いて少しずつでも食べさせて、特に果汁水は嫌がってでも、頑張って飲ませてほしい。今は、これだけで」
「わかったっすね。咲和」
「はい、お姉さま」
了解っすと告げた鈴は扉に向かって声を出した。どうやら扉の向こうに咲和が聞き耳を立てていたらしい。声は存外明確だったので、顔さえ見せなければ、順調に会話が取れるかもしれない。いや、単に相手が鈴だったからかもしれないが。
「あと大事な事が一つ」
鈴はぐっと曇晴との距離を縮めて、目を細めた。笑ってはいるが、威圧感が半端ない。
「圭が治るまでこの家から勝手に連れ出したらだめっすよ。もし、圭の姿が消えたら、曇晴殿を指名手配して、牢屋にぶち込むっす」
「いんや。しませんよ」
笑ってこの緊迫した空気を朗らかなものに変えるか。刹那過った考えを放り投げ、真剣にそう告げた。
確かに、状況がわからない以上、もしもの場合は、この家から圭を連れ出す事も行動の一つに加えようとは考えていた。誤魔化せる手段もあるし、万が一の場合は。
だが今はそうではないと判断している。
彼女がどのような立場でどのように動いているにせよ。
今は連れ出す気はない。
視線が交差して数秒。ならいいっすと鈴は身体を離して、圭に向かい合い、額にやわく手を添えて、小屋に戻るっすと告げては部屋から出て行った。
聞き耳を立てている咲和を除けば、とりあえずは、圭と曇晴の二人きり。
いいや。
曇晴は圭を見て、それから、彼女の傍らに佇む女性を見据えて、頭の中で問いかけた。
(2019.7.16)




