涼風
鈴がいなくなってから圭の容態が悪化したので、設備が整っている城に向かっている途中だと判断したのだろうか。それなら、圭の容態にも、塁や三茶の姿がない事にも指摘するはず。けれど、見た限りでは鈴は落ち着きを見せている。内がどうであれ、指摘しないのはおかしい。
訝しむ曇晴に、鈴は唐突な質問をする。
あなたは陰陽師ですか、と。
今回、圭に関して敵味方はいないはず。はずなのだが、あえて、それらの言葉を使うのなら、彼女はどちらだ。
事情は解していない曇晴にとって、あまりにも情報が少なすぎたので、一つだけ尋ねた。
その答えの如何によって、真実を話すか否かを決める。
「鈴殿は圭殿と塁殿、どちらを選びますか?」
「……部下としても、友としても、塁様を選びます。ですから、圭を助けたいのです」
一度、目を伏せた鈴は、次には曇晴を直視して、断言した。曇晴は真摯な言葉を呑み込み、ニッと口の端を上げた。
「あっしは陰陽師です」
そうですか。
安堵するように、小さく呟く鈴は背に布に隠されながら背負われている圭を見た。訊かずとも答えはなんとなくわかるが、聴いておきたかった。
「…圭を連れ出したのは曇晴殿の意思っすか?」
「いんや。圭殿の願いです。逃げたいと言われました」
刹那、鈴の瞳が揺れたように思えた曇晴は圭に負担がかからないようにしながら、やおら深く頭を下げた。
「あっしは事情をなんも知りません。けんど、医師として、陰陽師として、圭殿を助けたい。どうかお力添えをお願いしたい」
「顔を上げて下さい。力添えを願うのは私の方っす」
顔を上げた曇晴に、とりあえずと、鈴は言葉を紡ぐ。
「事情は私の家で聞くっす。そして、圭が治るまで、私の家で匿うっす」
鈴の家に辿り着くまでの道中、曇晴は今、小屋にいる圭は付喪神である事を告げた。鈴は付喪神を知らなかったらしく、曇晴が付喪神から派生して、魔界に属さない自国の妖怪の話を聞かせていたら、城の近くの商店街に辿り着き、そこを通り抜けると現れる住宅街の端っこに位置する鈴の家に辿り着いた。
「この国は建物は全部岩なんですね。あっしんとこは木ですけんど」
「ええ。まだ国を回っていないっすから知らないでしょうが、私たちの国はある山を除いて、木が生えていない平地続きなんすよ。だから地下に埋まっていた岩を掘り出して、城やら家やらを建てたんす」
どうぞと家の中に入るように促された曇晴。靴を脱ぐ傍ら、すでに明かりが灯されている廊下の曲がり角に隠れていた存在に気付いて、ほっと心を温かくさせた。
「鈴殿の家には座敷童がいるんですな。いんや、これは圭殿にとって兆しが明るい。あ、鈴殿には見えないでしょうが」
あそこにいるんですよと掌で位置を指すと、曇晴は鈴に呆れ顔を見せられた。
「あ。もしかして見えてます?」
「見えていますが、そもそも座敷童じゃありませんす。私の妹、咲和っす」
「え?」
曇晴が確かめるべく凝視しようとしたところで、座敷童、ではなく、咲和が完全に曲がり角の奥へと姿を消してしまった。一瞥しかしていないが、完熟している桃がそのまま乗っかっているのではと思うくらいに福福とした桃色の頬と、小さな目と鼻が印象深い少女は確かに、日月国で稀に見る座敷童に瓜二つであった。
「申し訳ないす。咲和は人見知りで、なかなか姿を見せないかもしれないすが、家事の腕は一流なんで、圭の世話をお願いしようと思っているっす。曇晴殿は城に部屋を用意されているし、私も一日中ここにいるわけにもいかないっすから」
「圭殿の状態をなにかご存じなんですか?」
階段を上り、客間に通された曇晴。備えられていた寝台に圭を寝かせてから、傍らの椅子に腰を下ろす鈴に促されて、自身も椅子に座りながら、圭を正視した。
鼻でする息は短く、口を強く閉じたまま。汗も出ておらず、青白い顔はそのまま。額に手を置けば、高い熱を感じる。布団から出ている腕の手首を握り、慎重に脈を測るも身体自体に病の気はない。やはり、精神は乱され、魂は欠けたまま。
圭の状態を今一度確認してから、曇晴は鈴に向かい合った。
「私もなにが原因で圭がこんな状態になっているのかはわからないす。ただ思いつかないわけではないす。恐らくと言える事が二つ」
「訊いてもいいんでしょうか?」
鈴は小さく頷いた。
「一つは先々代の代理国王である庄地様の戦争時の恨みつらみが生々しく執筆された日記を見た事。もう一つは結界を隔てた先、誰もが関わるまいとしている烏天狗国に行っている事」
「……戦争時の恐怖を妖怪がより肥大化させてこうなった。繋げるとしたら、こう推測できるけんど……日記を見た時もやはり今みたいな状態になったんですか?」
「はい。誰にも見られないように保管していたはずなんすが、どういうわけか、圭の目に入ってしまったっす」
「烏天狗国には圭殿が望んで行っているんですか?」
「はい。圭は土に興味を持っていて、隣国はどうなんだろうって、好奇心が抑えられなくなったみたいっす」
「その事を知っているのは?」
「圭と一緒に住んでいる祖父母代わりの石英殿、雲母殿、今日会った岩梢殿、私と同じ補佐役の三茶。私を含めて五人っす」
「塁殿はご存知ではない?」
「塁様も庄地様の日記をご覧になって、妖怪や妖精にいたく憎悪を抱くようになってしまったので、知らせるべきではないと判断したっす」
「では圭殿が烏天狗国に行っている時間はそれほど長くはないんですね?」
「一日を超えた事はなかったんすけど、短くもないっす。圭には双子の妹がいて、彼女が圭の代わりに城に来ては長い時間留まっていたので、誤魔化しきれたんす。だから今小屋に留まっているのは、妹だと思ってたんすけど。そうっすか。付喪神…だったら、妹というのは嘘でその付喪神だったんすね、きっと」
あ、しまった。余計な事を話したかも。
器用に背中にだけ冷や汗を流した曇晴。事情をすべて知っているのかと思えばそうでもないらしく、言葉には気を付けなければならないとの注意事項を刻み付ける。
「妖怪には馴染みがないみたいなので、きっと、怖がらせたくなくて言わんかったんでしょう」
「きっとそうっすね」
うんうんと頷く鈴を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
(だったらとりあえず同じ家に住んでいる石英殿と雲母殿に話を訊きに行こうか。二人ならきっともっと詳しい事情を知っているだろうし)
先刻小屋の中で見た護符に似た紙を思い出し、訊きたい事が増えて行くなと思った。
(2019.7.15)




