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春一番

「圭殿。難しいかもしれんが、言葉を発してくれ。これからどうしたい?やばいと思ったらすぐに口に手を当てて声を漏らさないようにする」



 曇晴は拝むように圭の口を黙視した。

 固く閉じられている口が微かに開いては、強く閉じ、先程よりは僅かに大きく開いては、強く閉じ、二度目に開けた大きさまで口を開くと、一言だけ告げるや、即刻閉じた。我慢していたのだろう。一筋だけ固く瞑られた目尻から涙が流れ落ちる。



 状況はさっぱりわからないが、それがこの少女の今の願いならば聞き届けるよりほかはない。

 ただし、叶える為には、少々、いや、かなり厄介な事をしなければいけない。



(あれは大丈夫だが、やはりこれが)



 なにか解決する術はないか。圭からそっと手を離した曇晴は、きょろきょろと辺りを見渡した。なにか。なにか、圭の記憶が記録されている物体はないのか。



 捜索に苦心していると、ぽうっと、調理台に置かれていた鍋が淡白く光ったかと思えば、一気に集約し、ぽてりと床に落ちて、ぐぅんと勢いよく縦に伸び、ぽんと少しばかり横に伸びて、次には圭の姿を形作っていた。



(付喪神)



 大層大切に可愛がられた物体は時に魂を宿し本体を動かせる。付喪神と言い、妖怪の一種だが、魔界に属する妖怪とはまた違う属性にあたる。



(しかし、魂を本体から飛び出させて人の姿にまで形を変えるとは、よほど圭を助けたいのか)



 これならなんとか。けれど、心もとない。付喪神の気の抜けた表情を見てそう思ってしまった曇晴。普段の圭に会っていれば。否、会っていたとしても、やはり、危惧していただろう。

 それでも背に腹は変えられぬ。曇晴が付喪神に事の次第を説明しようとした時、足元の着物が引っ張られる感覚がして、思わず下を向くと、そこには一枚の紙があった。陰陽師が仕える式神を封じる護符に似ている。曇晴はしゃがむとその紙を拾い上げて、次には、ほっと安堵の息を付いた。











 入っても構わないです。曇晴の許可に、こぞって小屋の中に入り込む塁と岩梢が向かった先、映る瞳には、青白かった顔は赤ら顔になり、汗も出るようになっていたが、苦悶の表情も息苦しさも先程よりも幾分も和らいでいる圭の姿があった。



「ある特別な草に触ってしまうと発症する、つい最近発見された病でした。この症状に出会った事がなければ、どう治療すればいいかわからんかったでしょう。必要なつぼを押してから、我が国とっておきの薬を飲ませましたならば、だいぶ落ち着いたようです。発汗をするようになったのですが、熱はまだ上がりますでしょうし、こまめに水分を取らせて着替えさせて下さい。薬はここに置いておきますんで、朝と夜、一日二回飲ませてください。先程丸薬は飲みにくそうだったので、ぬるま湯に潰して溶かして飲ませましたんで、明日も圭殿が飲みにくそうだったらそうしてあげてください。あっしも明日また診に来ますんで。あ。空気の入れ替えに窓を開けました。結構な音が出てびっくりしました」



「ああ。この小屋は古くてな。僕もそろそろ改修しなければならないと思っていたところだった。圭の風邪が治り次第、始めるかな」

「なんなら城に連れて行くか?隙間風で悪化するかもしれないだろう」

「圭殿が安心できるところがいいと思いますよ」



 曇晴の提案に顔を見合わせた岩梢と累。一時無言で睨み合っていたが、塁が白旗を上げた。



「隙間風はすべて埋めろよ」

「ああ。ちょうどいいよ。塁も。おーい。鈴と三茶も手伝ってくれないかい?」



 岩梢の呼びかけに、外で控えていた三茶が入って来た。しかし、同じく控えていた鈴の姿が見当たらない。



「鈴はどうした?」

「滋養強壮に効く食べ物を買って来るからと駆け走っていきました」

「そうか。ならば戻って来るまでは時間がかかるだろう。仕方ない。私と岩梢と三茶でちゃっちゃっとやり遂げるぞ」

「あっしも手伝えればよかったんですが。これから城に戻って、薬を作りたいと思いますんで。城の薬材保管室に入ってもよろしいでしょうか?あと、圭殿が触ってしまった植物のお触書を出したいのですが」

「ああ。医務官長と広報官長、国王宛てにしたためるので、少しだけ待っていてくれ。城出入口の警備員に渡してくれれば、案内してくれる」

「はい」



 さらさらと丁寧に書き記した文を三つ折りにしてからさらに、それぞれ渡す相手と自分、曇晴の名も書いて、曇晴に手渡した塁。曇晴を正視してから深々と頭を下げた。



「圭が治るまでよろしく頼みます」

「はい」



 曇晴もまた深く頭を下げてから、では行ってきますと言い置き、小屋を後にした。






(さてと。まだ問題はある)



 曇晴は背に負う重みに心中で言葉をかけながら、ひとまずは城に戻ろうと、来た道を辿った。



(この国の地の利に詳しかったのならな。彼らに相談できればよかったんだが、それじゃあ、圭殿の願いは叶えられんだろうし。ただなあ。一人だけでも、状況を共有できる相手……塁殿は九尾の妖狐と言っていたか。やはりまだ生きていたのか。別の九尾の妖狐か)



「鈴殿」



 つらつらと思考を巡らせていた曇晴の前に、買い物に向かっていたはずの鈴が現れた。商店街まではまだ距離がある。時間もそれほど経っていないはずだ。手ぶらな様子を見ても、買い物を済ませて戻って来る最中ではないのだろう。


 では、まだ商店街に向かっているところか。


 と。容易に推測できる。立ち止まり、曇晴を黙視していなければ。



「その背に負うものは、」



 そこで一旦途切れた為、問いかけているのだろうと思い、曇晴が途中で見つけた毒草、危険なので見せる事もできませんと用意していた答えを言おうとした時だった。



「圭ですね」











(2019.7.14)




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