花信風
『初めまして、私は圭の曽祖母の坪音と言います。時間がないので、手短に言うわね。この淡く光る白い球は、圭の魂の一部です。圭はマンドレイクの戦争時の記憶で、魂を消耗してしまったの。分裂してしまった圭の魂を全部身体に戻してしまえば、圭は一人で反発し合う魂と向かい合わなくちゃいけなくなる。発狂してしまうわ。最悪、死んでしまう。それを防ぐ為に、四つに分かれていた魂の一つをあなたに預けます。反論は許しません。いいわね……よろしい。期間はマンドレイクの分裂時期が終わるまでか、圭自身が大丈夫だと判断した時。前者はラグナに詳しく聞いて。彼女にも圭の魂の一部を預けてもらっているから。それでね、ここからがもっとも重要なの。いいわね。これから楽しい事や嬉しい事を積極的に経験していってほしいの。あなたの感情がそのまま圭の魂を通じて、圭本人に伝わる。戦争を超えていけると思えるくらいの記憶を持てば、圭は戦争の呪縛から解き放たれる……本当なら、私がやるべき事なのだけど、もう時間がないの。ごめんなさい。圭の事をよろしくね。やしろ』
九尾の妖狐のくそったれにやられたと思ったら、気付けば自分の土地内に寝かされていて、意識を取り戻すや、半透明の人間が喋りまくっていた。内容が内容なだけに聞き流す事などできず、手渡された仄かに温かい白い球を投げだす事もできず。言うだけ言うや、姿を消してしまった坪音と名乗る人間になんの言葉も告げられないまま、俺は白い球と向かい合っている。
のは、一か月前の出来事。
俺は今、白い球を胸の内に迎え入れたまま、暴れ回る杉の鎮静化に奔走している。
なぜだかは知らないが、ラグナと一緒に。
「ちょっと、楽しい事をしなくちゃいけないのに、なんでこうなっているわけ?」
「うるせえ。毎年この時期は一か月くらいこうなんだよ。邪魔だからあっち行ってろ」
「そういうわけにはいかないわよ。私たちは圭の為に楽しくて嬉しい事をしなくちゃいけないのよ。自覚あるの?もう、小憎たらしいわね。生き生きしているし。そんなに暴れ回る事が好きなわけ。なんでこいつに渡しちゃったのかしら。かづらだったらよかったのに」
「うるせえっつってんだろ。かづらなんかに預けたって、どーしよーもねえよ。あいつも圭と一緒で土ばっか見て面白くともなんともねえ生を送ってんだぜ。その点、俺は生き生きした生活を送ってるからな。そもそも。おまえはどーしてまたこっちに来たんだよ。そりゃあ、情報が欲しかったからよかったけどよ。って、またあのややこしいマンドレイクと一緒じゃねえだろうな」
「気付いたらまたいたのよ。マンドレイクは今回一緒じゃないわ」
「ちょっと、浮気?浮気なの?やしろ」
「はあ?ふざけんなよのばら。なんで俺がこんなちんちくりんと!」
「それはこっちの台詞よ!誰があんたなんかと!」
「ならなんで身体をこおーんなに密着させて、はてはひそひそ声で話しているわけ?」
「「それは!」」
圭の状態を知られるわけにはいかないからに決まっている!と言えたらどんなにかいいか。
(のばらは豪胆に見えて繊細だからな。かづらも呑気に見えて以下同文。話したら表面上は平気を装うだろうが、圭が苦しんでいるのにできるかという心が捨てきれねえで本末転倒。だから話さないんだが)
「声も揃わせるなんて、どれだけ仲良しさんなんですか?」
さてどう言ったものか。言いあぐねるやしろに詰め寄るのばら。じーと凝視していたが、次にはバッと勢いよく身体を回転させて、ある一点目掛けて急降下した。
ラグナとやしろは神妙な顔つきで顔を見合わせてから、のばらの後を追った。
「圭……身体、大丈夫、なの?」
嬉しさのあまり名を呼んだはいいが、話しかけた事がなかったのばらの勢いは急降下。妙に身体をもじもじさせながら、圭を見つめた。
「うん。のばら。ありがとう。色々助けてくれたのに、すぐにお礼を言えなくてごめんね」
これ僅かばかりのお礼ですがと、とまとを山ほど盛り合わせた籠をのばらに手渡そうとした圭。の微笑を目にしたのばらは、脊髄反射でプイッと顔を横に向ける。例の反射が出てしまったと焦る心をよそに、口はぺちゃくちゃ言葉を投げつける。
「べ、別に。あんたの為にしたわけじゃないわよ。私の実力が知りたかっただけだし。そう。箔もつけたかっただけだから。あんたの為じゃないんだから、勘違いしないでよね」
(ああもう私のばかばか!)
気付けば圭に背を向けて飛び立つ自分をこれでもかと罵倒しても、過去へは帰れない。
こんな時でさえ、素直に言えないなんて。もっともっともっと精神修行に勤しまなければ。
轟々とやる気の炎を燃え滾らせて、滝へと向かうのばらであった。
「圭。身体は大丈夫か?」
いつもの如く、圭を迎えに行きここまで一緒に連れ立って来たかづら。のばらに援護射撃ができなかったなと少し反省しながら、少し進む度に口にする質問をまたしてしまった。
「うん。大丈夫。ありがとう。かづら」
「いや……ラグナ。おぬし、どうしてまた。まさかまたマンドレイクが」
瞬間、険しい顔をして、圭を人間国へ連れ戻そうとするかづらを制止したやしろ。苦し紛れに、圭が一緒にいたいって九尾の妖狐に願ったからだってよと告げた。
「な、圭。そうだよな」
「うん。まさか聴いてくれるなんて思わなかったから嬉しい」
話を合わせてくれた圭に胸を撫で下ろすやしろとラグナに、圭は頭を下げて、ありがとうと告げた。
「色々ありがとう。お礼が遅くなってごめん。おかげさまで元気になった」
くしゃり。ラグナは顔を歪ませ、圭の胸に飛び込んだ。やしろもまた、眉根を寄せた。
「圭、圭…ごめんね。ごめん」
「ううん。いいの。よかった。また会えて」
「うん、うん。私も嬉しい。圭」
「…かづら。圭がまた来てくれたってのに、嬉しくないのかよ」
これからいっぱい楽しい事をしよう。なにをする。そう問いかけては、自分の考えを述べるラグナと嬉しそうに応える圭を傍らに、やしろは浮かない顔のかづらに尋ねた。
「いや。圭は無理をしているのではないかと思ってな。戦争の記憶がそうそう消えはしないだろうに」
「んなの、九尾の妖狐が消したに決まってんだろ。なんたって、あいつの相棒なんだからよ。時間が少し経ってから来たのだってどうせくだらねえ理由があったんだろ」
「ああ…そう、思ってはいるんだが……やしろ。本当に眼前にいるのは圭だと思うか?わしはなんだか違うように思えるのだが」
「はあ?ばっか。どっからどう見ても、圭そのものだろ。あの覇気のねえ顔。あんな顔圭以外一度も見た事ねえよ」
「……そう、か」
「っち。うぜえなもう。どうせ碌に寝てねえだろ。棲み処に行って寝とけよ。俺たちが圭を見てるからよ」
「……そう、だな。なら言葉に甘えさせてもらう。ラグナ」
「な、なにかしら?」
どうしてか、かづらに名を呼ばれて心臓が飛び跳ねてしまったラグナ。圭の胸からそっと離れて、かづらに向かい合った。
「先程は失礼をした。わしも礼を言いそびれた事を気にしていたので、来てくれてよかった。ありがとう。これからも顔を合わせる事がありそうだ。よろしく頼む」
「え、ええ。もちろん。私の方こそ、色々ごめんなさい。よろしくお願いします」
(2019.7.17)




