第十三話 まさか、魔物の氾濫!?
なんとかフィーリアさんの誤解を解いた後。
改めて、俺達初心者冒険者は、先輩達に扱かれる日々を送っていた。
日が昇る前に訓練所に集合して、お昼過ぎまでずっと動きっぱなし。
昼食後はお金稼ぎを兼ねた、低級依頼をこなす毎日。
こうした先輩が後輩を鍛える事は、どこの冒険者ギルドでもしているらしい。
なんでも、今の自分の実力を身体に叩き込んで、無駄死にをさせないためだとか。
そんな日を過ごしていたからか、少年──クルトと仲良くなれた気がする。
まあ、仲良くならなければ、フィーリアさん達にボコボコにされる、という切実な理由もあるが。
もちろん、少女──デボラとも距離が縮んだと思う。
最後に、アネットとの魔法講義。
これは予想以上に上手くいき、なんと俺も魔法を使えるようになったのだ!
魔法とは、身体の中にある魔力を使い、イメージを働かせて呪文を唱えれば、力ある詠唱となって発動する現象である。
その際、自分の魔力がどの性質を持つかにより、適性が別れるらしい。
俺の場合、流石は神様から呼ばれただけはあるのか、全属性適性を持っていた。
正直、今なら手のひら返して神様を崇められる。
ありがとう、神様。
俺に全属性の魔法適性を持たせてくれて。
……ただ、俺のステータスが低いからか、魔力が少ないので大魔法は使えない。
やっぱり、神は肝心なところでダメダメだわ。
と、話が逸れた。
そんな感じで、徐々に強くなっていく実感を覚えながら、俺は順風満帆に異世界生活を頑張っているのだった。
♦♦♦
「さて。
今日はお前達に、この森の調査をしてもらう」
以前、俺がしらゆきと契約した森の前で、腕を組んだフィーリアさんがそう告げた。
森の調査か。
てっきり俺はいつも通り、薬草採取をするのかと思っていたが。
今回はいつもと違う依頼みたいだ。
「なんで今日は森の調査なんだ?」
クルトの疑問を聞いたフィーリアさんは、小さく微笑んで口を開く。
「そろそろお前達も、魔物と戦ってみたいだろうと思ってな。
それに、こうした調査依頼なんかは、冒険者として必須技能だからでもある」
「ふーん。
ま、あたし達ならよゆーで調査できちゃうよね」
依頼の受注内容には興味がないのか、デボラはあくびを噛み殺している。
対して、アネットは緊張に満ちた顔立ちで、俺の服の裾を摘む。
「あ、あの、ケントさん。大丈夫でしょうか……」
「問題ないだろ。
森の調査といっても、俺達は浅い場所を回るだけだしな」
それに、こっちにはフィーリアさん達がついているし。
以前聞いたのだが、なんとフィーリアさんはCランクらしい。
イガルが一般人最強枠のDランクなので、彼女はその上をいくというわけだ。
《彼女、強いですもんね》
ティナの言う通りだ。
フィーリアさんのメイン武器は戦鎚で、背中に背負っているのだが。
訓練所で振り回した時なんか、物凄い風切り音が響いた。
あんな物で攻撃されたら、大概の生き物は粉微塵に吹っ飛ぶだろうな。
「用意はできているな?」
『はい!』
「よろしい。では、行くぞ」
フィーリアさんの号令を皮切りに、俺達は森へと踏み込んだ。
先頭がフィーリアさんで、そこから俺、アネット、クルト、デボラ、イガルの順で並ぶ。
森の中は訓練でよく来ているので、我ながら歩くのにも随分と慣れたものだ。
密かに喜んでいると、背後からクルトの陽気な声が飛んでくる。
「おー、流石『雑草屋さん』なだけはあるじゃん」
「まあ、あんだけ歩かされればな」
「だよなぁ。
靴が壊れた時のために、裸足で森の中を走れとか言われた時は、正直フィーリアさんはオーガだと思ったね」
ぶるりと身震いするクルトの気配を感じ、思わず苦笑いを零す。
まあ、彼の気持ちはわからなくもない。
森の中で鬼ごっこをさせられたり、一日中匍匐前進をさせられたり。
かと思えば、草むらの中でずっと瞑想をしろと言われたり。
ほとんどが無茶無謀と思っていた内容だったが、指示に従っていくにつれ、強く実感できるほど実力が身についていたのだ。
これには、フィーリアさんが持っている、ユニークスキルに理由がある。
そう。
彼女も【神の寵愛を受けし者】だったのだ。
スキル内容は詳しく教えてもらえなかったが、なんでも教導関係に補助がつくスキルなのだとか。
《まあ、ユニークスキル自体は持っている人は結構いますからね》
「そうなのか?」
聞いた話では、伝説などで語り継がれるレベルじゃなかったか?
《ええ。
もちろん効果はピンキリですが、全くいないというわけではありません。
賢人様が話で聞いたのは、まあいわゆる子供向けに脚色された内容ですね。
実情はこんなものです》
えぇ……。
なんか、物事の裏側を知ってしまったような、汚い大人の思考を覗いてしまったような。
色々と残念な内容を聞いてしまった気がする。
まあ、そうでもなければ、【神の寵愛を受けし者】なんて言葉が生まれないか。
「おい、クルト。あんまり無駄話を叩くな」
「ご、ごめんなさい!」
「ふんっ。
……それに、お前もヘラヘラしてんじゃねぇ」
振り向くと、イガルが目を細めて俺を睨めつけていた。
ヘラヘラしているつもりはなかったのだが、どうやら彼にとっては違うらしい。
イガルとの仲は、可も不可もなくとなっている。
以前よりは、視線の厳しさが薄まっていた。
しかし、やはり根本的な部分で、納得できていないのだろう。
思わず漏れそうになるため息を抑えていると、フィーリアさんが手を上げる。
「止まれ」
「どうしましたか?」
「静かに……ふむ、よし。お前達、耳を澄ませてみろ」
フィーリアさんの指示に従い、俺達は聴覚に意識を傾けていく。
すると、空から微かな羽ばたき音が聴こえてくる。
たしか、この森に生息している魔物から考えると、この音の正体は──
「ハミングバードですね」
「正解だ、アネット」
「えへへ。
ギルドにある図鑑をいっぱい見ましたから」
フィーリアさんに褒められたからか、アネットは頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
対して、デボラはキョトンとした顔で、可愛らしく小首を傾げている。
「なんだっけ、それ」
「デボラ……お前は、後で特別授業の追加だ」
「えー!?」
愕然とした声を上げたデボラを捨て置き、フィーリアさんが指を立てて口を開く。
「この魔物は、羽ばたき音を音魔法に変換してくる。
初級冒険者はその魔法に惑わされ、ハミングバード達に逃げられてしまう。
こいつらの羽ばたきに翻弄されずに討伐できれば、冒険者として一つ上の段階になったと言えるな」
「なるほど。
つまり、そいつらを倒せば、あたしは強くなれるってわけね!」
「まあ、結果的には間違っていないのか?」
とりあえず、デボラはその脳筋思考をなんとかした方がいい。
女の子らしくしろとまでは言わないから、もう少し貞淑さを身につけてくれれば。
俺と同じ気持ちなのか、クルトも微妙な表情を浮かべていた。
そんな和やかな空気が辺りに満ちていた時。
「っ……フィーリア!」
「どうしたイガル──」
鋭いイガルの叫びを聞き、振り返ったフィーリアさん。
瞬間、彼女の背後から、黒い影が飛び込んでくる。
「フィーリアさん後ろ!」
「──ふんっ」
しかし、俺の警告の声は無駄だったようだ。
背負っている戦鎚を手に取ると、フィーリアさんが素早い動きで振り抜いた。
充分に手加減された攻撃だったからか、黒い影は爆発四散する事もなく、高速で木々にぶつかってグシャリと崩れ落ちる。
戦鎚に付着した血糊を振って落とした後、フィーリアさんは眉を潜めて。
「手応えから、フォレストウルフだな」
「だが、それにしては変じゃないか?」
「ああ。
本来、フォレストウルフは単独行動をしない。
しかし、私が感知する範囲では、付近に魔物がいない」
「俺も気配を感じねぇ。……これは、もしかしたら」
「あ、あの。俺達にもわかるように説明してくれませんか?」
真剣な表情で話し込むフィーリアさん達の間に割って入ると、彼女は顎を指で撫でつけて目を伏せる。
悩む素振りを見せつけながら、俺達に説明していく。
「恐らく、今この森では厄介な事が起きている」
「厄介な事?」
「ああ。
フォレストウルフが単独行動しないのは、冒険者の間での常識だろ?」
イガルの言葉に頷く。
緑色の体躯を持つ彼らは、最低十匹規模の群れで行動をする。
隠密行動に長けていて、Fランク辺りの冒険者では苦戦必至だ。
俺達の目を順々に見ていたフィーリアさんが、イガルの説明に続く。
「しかし、フォレストウルフが単独行動をする場合が一つだけある。
それは──他の魔物と連合を組む場合だ」
「連合……まさか、『魔物の氾濫』!?」
《あっ、来ました》
俺が思い至った瞬間、まるで待ってましたかと言わんばかりに。
スキル発動の感覚を覚えてしまうのだった。
……これは、もう厄介事決定だな。




