第十二話 セクハラ、ダメ絶対
「──まあ、こんなものか」
「ぜぇ……ぜぇ……」
大の字になって呼吸を整えていた俺は、頭上から降り注がれる声の方向に目を向けた。
そこには息一つ乱さないフィーリアさんの姿がおり、彼我の差が一目瞭然だ。
つ、強すぎる。
せめて一太刀入れようとした俺だったが、フィーリアさんにいいようにされ、結局模擬戦は散々な結果に終わってしまった。
《賢人様……》
お願いだから言わないでくれ、ティナさん。
俺だって、男として恥ずかしく感じているのだから。
いやまぁ、フィーリアさんに勝てるとは微塵も思っていなかったが。
《流石に掠りもしないのは、正直どうかと》
……。
「まあ、無駄が多すぎだな」
俺の手を引いて起こしてくれたフィーリアさんは、そう告げて足で地面を軽く叩く。
「無駄、ですか」
「そうだ。
特に、お前は下半身の使い方が悪い。
腕の力だけで剣を振っているから、動きにムラがある」
「なるほど」
意識していたつもりだったが、本当にしていたつもりだったのだろうな。
武道では足が大事、とどこかで耳にした事がある。
しかし、実際には俺の知識以上に、下半身が重要なのだろう。
「『雑草屋さん』よわっ」
「武器に振り回されているとか、マジないでしょ」
こちらをプークスクスと笑っている少年達。
言っている内容は的を射ているというか、俺も第三者だったら同じ事を思った。
しかし、改めて事実を突きつけられてしまうと、なんというか凄く心にくる。
「なに他人事になってるんだ?
お前達だって、あいつと同じ初級冒険者だろ」
「えっ?」
目を丸くした少年の肩に手を置くと、イガルは笑みを浮かべて口を開く。
「今度はお前の番な。
オレがお前の動きを見てやるよ」
その笑顔に含まれた意味を感じ取ったのか、顔を青ざめさせた少年。
「ちょ、ちょっと待──」
「冒険者はその時々で最善の行動をしなきゃならねーんだ。
だから、大人しくさっさと模擬戦をするぞ」
少年を引きずって離れた場所に行くイガルを見て、俺は内心で少し驚いていた。
二人のやり取りをよく観察してみると、どことなく楽しげな雰囲気が伝わってくるのだ。
なんとなく、イガルはもっと孤高のイメージを持っていたのだが。
思ったよりも、取っつきやすそうな性格だな。
……意外と、後輩の面倒見もいいのか?
「驚いたか?」
「まあ、はい」
横にいたフィーリアさんが、イガル達の背中を微笑ましく見つめていた。
同意した俺を一瞥した後、彼女は残念そうな面持ちで呟く。
「イガルは昔、ちょっとした事があってな」
「えっと、なにか事件にでも巻き込まれたんですか?」
「まあ、そんなところだ。さて、私も次の後輩を見るとするか」
手を打って空気を入れ替え、フィーリアさんは少年に合掌している少女に歩み寄る。
俺も追いかけて並び、心配げに見つめている小動物系少女の元に近づく。
「えっと、お疲れ様です」
「ははは、ボコボコにされちゃったけどね」
「そ、そんな事ないです。
ケントさんの動きは速かったですし、戦い方を覚えればすぐに強くなると思います」
「ありがとう。
それで、名前はなんて言うんだ?」
俺の名前を知っていたのは、先ほどの名乗りを聞いたからだろう。
そういえば、イガルに連れられた少年と、今フィーリアさんに翻弄されている少女の名前も知らないな。
後で、自己紹介をしておかなければ。
そう考えた俺の問いを聞き、彼女は慌てた様子でペコリと頭を下げる。
「あ、申し遅れました!
わたしはアネットと言います」
「アネットさんね、わかった」
「あ、呼び捨てでいいですよ」
そう告げると、にこりと微笑んだ少女──アネット。
歳は俺と同じか、やや下といったところか。
丸いピンク色の瞳と、艶やかなライトブルーの髪を見ていると、仔犬を連想させる見た目だ。
実際、背丈も歳にしては小柄……何故か、胸の方はそれなりにあるな。
《セクハラ、ダメ絶対》
待て!
これはアネットの姿を確認しただけで、決して疚しい気持ちなんかこれっぽっちもないから!
「あ、あの。
そんなに見られると、恥ずかしいんですけど……」
「ご、ごめん!」
頬を赤らめてモジモジとするアネットに、俺は手を合わせて頭を下げた。
すると、頭上から勢いよく手を振る音が聞こえてくる。
「わたしは大丈夫ですから! だから、頭を上げてください!」
「その、本当にごめん」
「わかりましたから……そ、そうだ!
ケントさん、足を怪我してるじゃないですか。
ちょっと、見せてください」
話の流れを変えたかったのか、アネットはしゃがみ込むと俺の右膝に手を添えた。
「いきなり、どうしたんだ?」
「すぐに済みますから、動かないでくださいね。
〈癒しの手〉」
アネットがそう唱えた瞬間、彼女の手が淡い緑色の光に包まれる。
こ、これは!
もしかして、回復魔法なのか!
密かに感動している間にも、擦りむいて血が滲んでいた膝の傷が、みるみるうちに塞がっていく。
暫くすると、傷は完全になくなり、一息ついたアネットが立ち上がる。
「これで怪我は治りましたよ」
「今のって、魔法?」
「はい。
わたしは回復魔法の適性があったので、こうして僧侶の役割についているんです」
「魔法には、適性とかあるんだな。
俺はてっきり、魔力さえあれば誰でも使えるのかと思ってたわ」
この世界に来てまだ間もないため、魔法関連を調べる余裕なんてなかった。
以前から気になっていたのだが、これは改めてアネットから魔法を学ぶチャンスなのでは。
「まあ、一般的にそう思っている人もいますね」
「アネット!」
「ひゃい!?」
ビクリと肩を跳ね上げたアネットの手を握り、俺は真剣な表情で頼み込む。
「俺に魔法の事を教えてください!」
「え、えと、その、あの……あうあう」
「あれ?」
ぐるぐると目を回していたアネットは、不意にきゅーと鳴くと倒れ込んでしまう。
慌てて支えてみたところ、どうやら彼女はテンパりすぎて気を失ってしまったらしい。
《いきなり近づいて少女の意識を奪うとは……》
「その言い方は語弊がありすぎるだろうが!」
戦慄した声音で呟きを漏らすティナに、思わず俺がツッコミを入れていると。
少女を担いだフィーリアさんが、こちらに戻ってくる。
「どうした……おい、ケント。これは一体どういうことだ?」
しまった。
つい声に出していたから、フィーリアさんに不審がられている。
今の俺の状況は、気絶したアネットを抱えている不審者。
まずい。
下手すれば、アネットを襲ったと勘違いされるかもしれない。
とにかく、早いところ誤解を解かなければ!
《あー、これもスキルの効果だったり?》
うるさいわ!
お前が変な事を言わなければ、こんな状況にならなかったんだよ!
内心でティナへと叫び返しながら、俺はフィーリアさんに説明するのだった。




