第十四話 いいから、俺に構わず先に行けっ!
──『魔物の氾濫』。
それは、定期的に起こる現象である。
どういう原理なのかは解明されていないが、普段はいがみ合う魔物達が手を組み、連合となって付近の街や村へと侵略するのだ。
今回の場合、フォレストウルフが単独行動している事から、他の魔物から斥候を任されたのではないだろうか。
と、フィーリアさん達は予想を立てたようだ。
「まさか、ただの調査依頼がこんな大事になるなんてなぁ」
ぼやくクルトに、デボラは快活な笑顔で手を打ち合わせる。
「ついに、あたし達の出番ってわけね!」
「それはダメだ。
私達は、お前達を五体満足で街に帰す依頼があるのでな」
「えー、でもー」
聞き分けのできない子供のような、デボラの態度。
血の気の多い彼女は、臆病風に吹かれて帰るのが気に食わないらしい。
《単独行動をしたデボラさんを、颯爽と助ける賢人様》
また、ティナが変な事を言っている。
《そして、育まれる愛!》
馬鹿野郎。
ただでさえ非常事態なのに、そんな打算的な行動ができるわけない。
フィーリアさんに守ってもらうのが、せいぜいが関の山だ。
というか、近接戦闘ならデボラの方が強いし、むしろ俺が守られるヒロインポジションなのでは。
《はぁ、賢人様は夢がありませんね。がっかりですよ》
俺の思考を読み取ったティナは、やれやれだぜと肩を竦めたような声を漏らした。
……正直、ムカつく。
その傍観者気取りの様子が、当事者の俺にとっては腹立たしいわ。
思わず頬を痙攣させていると、偵察に向かっていたイガルが帰ってくる。
彼は斥候職なので、こうした部分では一日の長があるのだ。
無音歩行で足を動かし、俺達の前で止まる。
「この先にいるのは、フォレストウルフとゴブリンの群れだった。
幸いな事に、『魔物の氾濫』としては小規模だな」
「ふむ、なるほど……」
周囲を警戒していたフィーリアさんは、その言葉に目を伏せて思索に耽る。
顎に手を添えて暫く経ち、やがて一つ頷く。
「よし、私が殲滅してこよう」
「えー! フィーリアさんだけずるい!」
頬を膨らませたデボラを尻目に、フィーリアさんは俺達の顔を見回す。
「この辺りのレベルなら、イガル一人でもお前達を十分守りきれる。
だから、私が派手に動いて魔物を集め、その間にイガルと一緒に森を出てもらう。
これならば、お前達を迅速に街へ帰せるのだが、異論はあるか?」
「あるに決まってるじゃん!
あたしだって、フィーリアさんみたいに活躍したいんですけど!」
「デボラの活躍は、次の機会に見せてもらう」
「そんなぁ……」
にべもなくばっさりと切り捨てられ、残念そうに項垂れたデボラ。
彼女もわかっているのだろう。今の状況が、自分の欲を優先するべきでない、と。
「悠長に話している暇はない。早く、この森を出るぞ」
手早くそう告げると、イガルは踵を返す。
「あ、待ってください!」
慌てた様子でクルトが追いかけ、俺も後を追おうとしたのだが。
先ほどから黙っているアネットが気になり、声を掛ける。
「どうした、アネット?」
「あ……その」
「うん?」
「なにをしている。早く、イガルの方へ向かえ!」
こちらを睨みつけるフィーリアさん。
あまり時間に猶予がないようだ。俺の耳にも、微かだが魔物の足音が入ってきた。
「とりあえず、俺達も行くぞ」
「あ、はい」
駆け足でアネットと共に走るのだった。
♦♦♦
暫くすると、こちらに背を向けている、イガル達の姿を見つける。
「ちっ……!」
「あの、どうしたんですか?」
「囲まれたんだよ」
「囲まれたって、まさか!」
意識を集中してみれば、周囲から獣の息遣いが聞こえてきた。
さっきのフィーリアさん達の話から考えると──
「来るぞっ!」
イガルの言葉を皮切りに、左右から二匹のフォレストウルフが飛び出してきた。
大口を開けてギラつく牙を見せつけ、俺達に噛み付こうとしている。
向かって右の魔物には、イガルが素早く対応した事で問題ないだろう。
「ま、マジかよ!?」
しかし、残りの一匹が、手近にいたクルトに襲いかかった。
クルトは双剣を抜き放ち、フォレストウルフへと斬撃を見舞う。
「ハァッ!」
遅れてデボラも地を蹴り、手甲に包まれた拳を振り抜く。
「アネット、俺達も続くぞ!」
「は、はい!」
彼等の攻撃をあっさりと躱したフォレストウルフは、四肢を縮ませて右に跳んだ。
そのまま近くの木の幹に着地したかと思えば、勢いをつけて俺達へと飛びかかる。
「こなくそっ!」
後衛狙いかよ!
抜いていたショートソードを使い、フォレストウルフが近づかないように牽制。
しかし、魔物の獣染みた動きに苦慮してしまい、じわじわと後退されていく。
「クソがっ!」
視界の端では、沢山のフォレストウルフ達が果断なくイガルを攻撃していた。
まるで、マシンガンの如く、倒しても倒しても茂みから現れる餓狼の群れ。
一匹一匹は余裕を持って倒せるようだが、その連携と数にイガルは押されているらしい。
「なんでこんなにフォレストウルフがいるのさ!」
「知らないわよっ!」
また、少し離れた場所でも、クルト達が魔物と戦っていた。
イガルほどの数はいないが、それでも初級冒険者の彼等には辛いだろう。
今のところ、至近距離で殴打を浴びせていくデボラと、彼女の後隙を縫うように斬りつけるクルトの連携で、降着状態になっているようだ。
「アネット、大丈夫か!」
「わ、わたしは平気ですっ!」
後ろを振り向く余裕もないが、アネットの方にはフォレストウルフは来ていないらしい。
《賢人様、右から来ます!》
「りょーかい!」
ティナの指示に従い、フォレストウルフを左に吹き飛ばした直後、刃を返して右へと振り上げた。
すると、ちょうど俺に飛びかかっていたフォレストウルフの喉を切り裂き、魔物は鮮血を噴出しながら倒れ伏す。
「助かった、ティナ!」
《お礼はいいですから、早くなんとかしなければ》
そんな事、言われなくてもわかっている。
このままではジリ貧で、そう遠くないうちに怪我人が出てしまう。
素早く目を巡らせて考えていると、どこからか笛が吹いたような音が鳴った。
同時に、風切り音が俺の背後から近づいてくる。
「きゃっ!」
「アネット!?」
その悲鳴を聞いた俺は、慌てて振り向く。
アネットは腕を押さえており、指の間から血が滲んでいる。
更に彼女の奥には、矢を番えて弓を射ろうとするゴブリンの姿が──
「あぶねぇ!」
咄嗟に飛び込み、アネットを地面に倒した数瞬後、俺達の頭上を矢が通り過ぎた。
そのままアネットを抱えて地面を転がり、振り下ろされるフォレストウルフの爪から逃れる。
「ケ、ケントさん!」
「俺は大丈夫だから、アネットはクルト達の援護を!」
「え、でも……」
アネットが渋るが、正直クルト達の戦闘が一番危うい。
彼等は身体に怪我をしており、更に動きも精緻を欠いている。
「うぉぉぉおお!」
クルトが雄叫びを上げると、双剣が淡い魔力の光に包まれた。
我武者羅に突撃して、フォレストウルフ達の間に切り込む。
魔力を使っている影響からか、クルトが繰り出す斬撃は魔物達を容易く斬り裂いていた。
「ちょ、勝手に一人で行かないでよっ!」
「しかたねーじゃん!
こうでもしなきゃ、こいつらを倒せねぇんだから!」
そう叫んでいるクルトだったが、先ほどより明らかに顔色が悪い。
正真正銘、魔力強化は切り札だったという事だろう。
再びクルト達の間に膠着が生まれるが、それもいつまで持つかわからない。
「今のうちに、アネットはクルト達のところへ」
「ケントさんは?」
「俺は……ふっ!」
言葉の途中で、襲いくるフォレストウルフを牽制。
フィーリアさんの攻撃に比べれば、この程度は問題ない。
だが、俺達の周りにも、フォレストウルフが集まってきている。
「ケントさん……」
「いいから、俺に構わず先に行けっ!」
無理矢理アネットを押し出した俺は、フォレストウルフの群れに突っ込む。
軽く一当てして彼等の注意を集め、そのまま森の中に入っていく。
《え、どうして森に行くんですか?》
「クルト達の負担を減らすためだよ」
走りながら後ろを見れば、幾らかのフォレストウルフとゴブリンが追いかけてきていた。
よし。
とりあえず、クルト達の方からも数匹引っ張り出せたな。
上手くいくかは賭けだったが、これで後はイガルがなんとかしてくれるはず。
《ですが、賢人様の方に負担が集中しています》
「ちゃんと作戦も考えているから、大丈夫……っと!」
咄嗟にかがみ込むと、フォレストウルフが頭上を通り過ぎた。
直ぐに前方に飛び、後ろからやって来る追撃を躱す。
この世界に転移したからか、フィーリアさんに扱かれたからか。
思ったより、フォレストウルフの攻撃が遅く見える。
落ち着いて対応していけば、早々にやられるという事もないだろう。
「とりあえず、戦いやすい場所へ行くぞ!」
《なら、こっちです》
ティナがそう告げると、脳内にある方向までの道筋が浮かんできた。
どうやら、簡易的なナビゲートをしてくれるらしい。
「りょーかい!」
一もなく頷いた俺は、ティナの案内に従って駆けていくのだった。




