―――― 0000 prototype Ⅲ ――――
「また買ってきたの」
大ぶりの花束抱え門をくぐったその人に声をかけたのはどこか幼さ残る少年だった。
「ただいま、ノーマ」
「…挨拶はいいから質問に答えてよ、兄さん」
ノーマ、と呼ばれたその少年は不機嫌そうに口元歪めながら「兄さん」、と返した。
「そんな顔するなよ、かわいい顔してんのに」
その人はからかう様に口角上げてはくすり、と微笑を漏らした。兄と慕う者からそうからかわれ、ノーマはより表情を苦くした。風にさらりと揺れるほどに細く、深い色をした髪に茶渋色の大きい瞳、その周りを縁取る長い睫毛は黙っていれば、の話ではあるが初めて見る人には彼の性別を違えさせる魅力を有している。当の本人は余りいい気はしていないようではあるが。
「かわいくない。それより僕の質問は」
「まったく…いいだろ、別に。その辺に飾っておけばきれいだのかわいいだの女の子たちのストレス発散になる」
「後片付けのことも考えてよね」
「お前がやるわけじゃないだろ?」
ふん、としたり顔で微笑まれノーマは返す言葉もなく黙りこくってしまい。
「…タラシ」
ノーマがようやっとの思いで絞り出した悪態に、しん、と静まり返っていたエントランスに大きな笑い声が反響した。
「わ、笑うな!」
「ぶ…はは、いやこれは傑作だ」
「く…っ」
散々からかわれたノーマは羞恥に顔を赤くさせ、拗ねたように口をつぐんでは乾いた靴音を響かせ、建物奥の方とは真逆、つまりは外へ出て行ってしまった。
「あーりゃりゃ…拗ねちゃった」
エントランスに一人残されたその人は腕に抱えた花束に話しかけるように零した。
「かわいいってのは褒め言葉なのになぁ…?『潜り込む』にも細工しやすいし何かと有為なんだけどな」
かさり、と包装紙が返事をするようにかすかに音を鳴らしたその時だった。吹き抜けの広いエントランスに、カツン、と真新しい革靴の底音が響いた。
「あれ?ノーマは?」
「どっか行っちゃった。ちょっとからかっただけなんだけどなぁ」
頭部の高い位置に団子状に二つにまとめられた赤煉瓦色の髪と、奥二重であろうぱっちりと開いた目に収まるのは樹木色の瞳。きりっとした印象を与えるその声の主は返ってきた答えにわずかに苦笑しては足を止めた。
「お姉ちゃんが帰って来るの待ってたんだよ、ずっと前からそわそわしてたもん」
「へぇ、ふぅん…」
にんまり、まるで新たなからかいのネタを手に入れたといわんばかりの表情を浮かべたその人にどこか困ったように眉を落としては思い出したように口を開いた。
「お帰り、お姉ちゃん」
「ん、ただいま、リリー」
名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、リリーは赤煉瓦色の髪を揺らして大きく頷いた。
「あぁ、それからこれ。リリーにあげるよ」
「わ…、ありがとう、お姉ちゃん!」
そっとリリーの手に渡ったのはついぞ先程までその人が持っていた花束だった。
「うん、たまたま見かけて買っただけだから。またその辺に飾ってくれる?」
「もちろん!メアリーたちも喜ぶよ。それから…あー、そうだった…」
「ノーマを探してたんだっけ、何か用事でも?」
「うん、アークが呼んでたの。でもどっか行っちゃったんだっけ、どうしよ」
「ふむ…拗ねさせた責任でも取るか。いいよ、僕が行く」
「ほんと?ならいいや、ありがと、お姉ちゃん」
にへ、と笑み浮かべるリリーに見送られながらその人は建物へ入っていった。




