―――― 0000 prototype Ⅱ ――――
「あ、おはようございます」
普段通りの賑わいを見せる要塞都市の中、一軒の花屋で働く少女は馴染みの客に声をかけた。
「ん、おはよ。今日もきれいに咲いてるね」
「はい、おかげさまで。今日はどんな花束にされます?」
うん、と言い淀んだ客はふと少女の顔を見た。暫しの沈黙の後にぽつりぽつりと花を指定していき。
「わ、とと…すぐご用意しますね」
少女はその客に見つめられていた間何もできなかった。見とれていた、が少女の持ちうる答えで最も近しいものだったろう。聞き覚えのある単語が空を飛び交えば我に返ったのか店内にある花を一輪一輪花束にまとめ始めた。
客の指名する花を取りながら少女はふと店先に立つ声の主について思いをはせた。初めて来店してくれたのはいつだったろうか、そもそもあの人の名前は何だろうか。否、前提として。
あの人は、男の人だったか、女の人だったか。
髪型は男性とも女性ともとれるような、そう、言い方は悪いけど中途半端な長さで。でも透けるような白銀の髪がさらさらと揺れるのはとてもきれいで。男性にしては余りにも華奢で女性にしては骨ばっている。胸部のふくらみは無いし股座にも「そういった」ものが収まっているとも見えない。顔つきはそれなりに鋭いような気はするけれど表情はとっても穏やかだ。ちらり、と少女が客を一瞥して改めて抱いた感想だった。
「…うん、こんなものかな。ごめんね、つい夢中になって。言いすぎちゃったかも、かさばるでしょ、持つよ」
「い、いえいえいえいえ!これが仕事ですから!」
ふと眼前にその人がいたことに少女は狼狽してはカウンターへ走り出した。ばさり、と花束を置いてはラッピング用のリボンを取るフリをし、しゃがみ込み。すー、はー。ゆっくりと深呼吸、息を整えては真っ赤なリボンを手に立ち上がった。
「こんなものでどうでしょうか」
「あぁ、きれいだ。ありがとう」
に、と微笑んだ顔は差し込む光でより端麗に見えた。僅かに赤らんだ顔を見られないようにと少女は俯きながら金額を提示(尚このとき少しオマケしてしまったのは言うまでもない)、普段通りに一銭のお釣りも出ない支払いをして終了…のはずなのだが。
「…あ、れ…?」
少女は思わず声に出していた。支払われた金額は今さっき自らが提示したものより少しばかり多く。珍しい、と思いながらも少女が釣銭を用意しようとした瞬間だった。
「うん?これでちょうど、だろう?」
こてん、とまさにその表現が正しいだろう、客は首をかしげ不思議そうに少女を見つめていた。
「…へ、」
「今出してくれた金額、オマケしてくれたんでしょう?いいよ、ちゃんと出すさ」
机に置かれている貨幣の数は今しがた少女が作った花束の正規の値段のものと相違なかった。
少女は目を丸くしていた。この店には花だけを飾りたかったとこの少女の意思により、いわゆる値札と呼ばれるものは一切なかったのだ。だというのにこの客は一銭の違い無くそのままの金額を提示した。
今作り上げた花束は一種類の花だけでできたものではない、何種類、何輪もの花を集めて作ったものだ。
少女はもちろん店に置いてある花の価格は頭に入っている。しかし普段の客はといえばそうであるはずはなく。そして又そうであるが故に、少女のさじ加減一つでかさましであったりオマケしてみたりと好きにできていたのだ。少女自身の元来の性格からすればオマケこそすれどかさましなどしたことはなく、これからもするつもりはないのだが。
「…な、なんでわかって」
「なんでって…あぁ。そういうことか」
ふ、と先ほどとまた違った微笑みを見せた客は謎解きでもして見せるようにつらつらと話し始めた。
「今日頼んだ花、その順番。…これは僕がこの店に来て今まで買っていった花であって、僕の記憶が正しければ順序もその通りのはずだけど…」
「い、今までの全部覚えてるんですか…!?」
「うん、でも君はここにある花、全部覚えているんでしょ?それに比べたらなんてことないさ」
ぽかん、と口を開けざるを得なかった。少女自身、この客といつから話すようになったかすら遠い記憶の彼方であるというのに、それをこの人は買った花の順番まで覚えているなんて、と。
「君は我欲のためにとぼったくるような子ではないし、今まで出してもらった金額しか僕は知らないから何とも言えないけれどね。けど、何度か同じものは頼んだしその都度値段は同じだったから。正規の価格かな、と踏んでみただけだよ」
「あ…え、と。…大正解、です」
少女はそう言わざるを得なかった。少女の世界にとってあまりにもきれいな人が、きれいに筋道を立てて答えを出したことに少女は圧倒されていた。
「ならよかった。じゃ、もらっていくね。いつもありがとう、お嬢さん」
は、と、本日何度目かのホワイトアウトから少女を引きずり出したのはその元凶ともいうべきその人であった。
声がしたと思ったのにすでに客は店内におらず、特に言うことも、忘れものもないというのに少女は慌てて客を追いかけようと店先へ、もうずいぶん高い位置に上ってしまっている太陽が照らす明るい道へ出たものの後ろ姿すら見えなかった。
少女は店先で様々な感情とともに深い深い溜息を吐くしかなかった。




