第八話 大乱戦!俺は宝はいいから帰りたい。
▍逃走
…
…
…
俺、こんなに泣くんだな。
…
…
涙が目にたまって視界がぼやけて見える…。
…?
俺は違和感を覚えた。胸の奥でかすかな希望が芽生えるのを感じるが、頭ではその正体がわからない。
視界がぼやけて見える…
ぼやけて…見える?!
…光?
俺は涙を拭ってあたりをよく見ると遠くにごくごく淡い光ではあったが確かに真っ暗闇のほんの一点がほんの少しだけ明るいように見えるのに気が付いた。
そうなると後は本能だ。最初は這いつくばってにじり寄り、そして立ち上がって壁伝いにゆっくりゆっくりと引き寄せられるように光の方へと歩く。
角を曲がって進んで行くとその先は…間違いない。はっきり光が見える。
外?
さっきまでの諦めの心境はどこへやら体に力が湧いてくるのを感じる。
ほら、もう迷宮の壁のでこぼこまではっきり見えるじゃないか。
そして、そこで迷宮は終わっていた。
そこは大きな空洞だった。
これは…大したもんだな。
地下空間であることは間違いなかったが、何百ゲールもありそうな大きなホールのようになった大空洞だ。上の方は暗くなっていて見えないが相当な高さを感じる。一番向こう側の岩壁はうっすら照らされている。
あれは月明かり?
あっちの方は上が開いて空が見えるってことか。
もしかしたらあそこ脱出できるかも、と思うと一層元気が湧いてきた。
その岩壁の方には巨大な二つの松明と石造りの建物がある。松明は何本もの大きな木が組み合わされ煌々と燃えている。遠くてはっきりとはわからないけど大人の背丈よりも高そうだ。
守護団のアジトってところだろうな。
そして、何よりも俺の目を引き付けたのは、その建物のあたりで何人かの人が争っているように見えることだ。ナイアンビュルゲだろうか?
俺は点在している大きな岩を陰から陰へ、見つからないように少しずつ近寄った。
予想通りナイアンビュルゲがルシディアを背に守るように守護団と戦っている。
ルシディアは誰かと一緒にいるようだ。誰だろう?
さらにその奥、大空洞の岩肌のくぼんだ所にはいかにも宝はここにありますよと言っているような立派な大きな扉が付いていた。その扉はレリーフのようなもので装飾されているようだし、そこに至るまでは石畳が敷かれた道になっている。そしてその道の左右には王か偉人を彫ったような大きな石像が扉に誘うようにいくつも並んでいるのだ。
暁の真理って言ってたな。まぁもう俺には関係ないけど…。
ナイアンビュルゲはなかなかの奮闘で何人もの男に囲まれても粘っているようだ。
助けに行った方がいいのかな…?
いやいやいや!何考えてるんだ、リュウよ!俺が行ったって何にも変わらないだろ。ブルブルブル!だいたいもう仕事は終わってあいつらとは無関係なんだ。
よく見ると守護団の奴ら、猛犬をけしかけている。五、六匹はいるな。
ナイアンビュルゲは巧みに剣を操って猛犬を近寄せない。緊迫したにらみ合いという様相になってきた。
どうしたもんかなと思案していると
「オド」
と後ろからささやく声がした。
「ワゲ!」
「オド。良かった。無事だったか。」
「…当たり前だ。あのくらいでくたばるか。」
「?オド、泣いていたのか?」
「はぁ?んなわけねぇだろ!」
「…」
「ワゲはどうしてた?」
「あの後、俺はみんなとはぐれて…、光が見えたんで目指してみたらここにたどり着いたんだ。それで隠れて観察していたらオドがいた。」
「俺と同じようなもんか…」
「オド、あそこ気が付いたか?」
ワゲは人がいるのとは反対側の方を指さした。月明かりが岩壁を照らしているあたりだ。
よく見ると、その岩壁には細くてとても急なものではあるが道らしきものがつづら折りに上の方に向かって伸びていた。ところどころ杭のようなものが打ってあるようにも見える。
「道!あそこから出られる?!」
ここからではわからないが可能性はありそうだ。
「行ってみよう。」
大空洞の地面は起伏があり、大きな白みがかった岩がごろごろしている。注意深く進めば身を隠しながら岩壁の方に移動できそうだ。
「ルシディアたちはどうするんだ。暁の真理は?」
「知るか。俺たちは依頼された仕事はこなした。あいつらを助ける義理はない。」
まぁ助かって欲しいとは思うけど、助けに行くほどではないな。ここは自分たち優先だ。
俺たちは腰を低くしてそーっと移動する。
びひょっ、びひょっとあちこちからうるさいほど水滴が垂れる音がする。天井が高いから水滴も勢いがつくんだろう。
はじめこの大空洞に到着した時は明るいと思ったもんだけど、結局ここを照らしているのは二つの大松明と月明かりだ。慣れてくるとやはり暗い。特に端の方には光がほとんど届かない。陰になっている部分は闇だ。
物音を立てないように慎重に慎重に。
猛犬どもは鼻がいいからなぁ。気付いてくれるなよ。
運命の神カダーよ、俺の運命の石板から猛犬を取り除きたまえ、だ。
俺たちは岩があるところは岩陰を、岩が途切れているところは起伏を利用して這いつくばるように少しずつだが着実に道らしきところに近づいた。
近づくにつれ様子がわかってきた。大空洞のそちら側の端はやはり上側が斜めに開いていて、わずかに空が見える。きっと上から眺めれば暗い地底に続く大きな裂け目のように見えるのだろう。
岩壁はものすごく急で一見すると絶壁とも言えるようなものだったが、そのわずかな凹凸をうまく利用して細い道がつづら折りになっているのがはっきりと見えた。ところどころは木で板を渡すなど工夫しているようだ。
かなり厳しい道だな。いや道と言っていいのかも微妙なほどだ。いつもなら冗談じゃないと言うところだが…、今日ばかりは天上界への階段に見えるぜ。守護団の連中はこの道を使って外界と行き来しているのだろうな。
このまま、このまま…
誰も気が付くなよ。
俺は息をひそめて慎重に進む
びひょっ、びひょっ、びひょびひょっ
四方八方に落ちてくる水滴の大きな音が俺たちの気配を消してくれそうだ。
猛犬どもおとなしくしてろよ。
ナイアンのおっちゃん、もっと暴れてそいつらを引き付けておいてくれよ。
にしてもあの細道を登る時は隠れる場所がないな。丸見えだ。なーに構うもんか。走り抜けてやる。
岩壁までもうあとちょっと。
俺は鼻息を荒くした。
▍大空洞の攻防
びひょっ!
と水滴が俺の頭を直撃した。
思わず声をあげそうになったが大丈夫、そんなへまはしない。
あれ?これ水じゃない?なんか白っぽくてねっとりしてる…。石灰が含まれているのかな?
と俺は一瞬上を見るが暗くて何も見えない。再び前を見ると小さな子猿が目の前にいた。
うおっ!
…ふぅ。なんだ、あせらせるなよ。突然出てきたな。
子猿はおかしな角度で首を曲げて不思議そうに俺の方を見ている。
いい子だから、おとなしくしててくれよ。
俺が通り過ぎようとすると子猿は俺の肩に上ってきた。
キャッキャ。
静かにしろよ。
キャッキャ。
しょうがねぇな…。
俺は両手でそおっと子猿を持ち上げた。さすがに殺すのはかわいそうだ。俺は怪我しないように遠くの暗闇の方にやさしく子猿を放り投げた。猿だからな。あのくらいは着地できるだろう。
ふぅ。子猿は大丈夫だよな?と暗闇の方を見ていると、その暗闇の方から妙な唸り声がする。
グゥゥ…!グゥゥ!
いや…ちょっと。これ絶対子猿の声じゃないよ!
唸り声と共にゆっくり暗闇から現れたのは俺の倍以上はあろうかという大きな猿。老獪で狡猾な表情で俺をじっと見ている。顔は血まみれだ。手には何か動物の一部を持っている。食事中だったようだ。さきほどの子猿はその肩にしがみついている。
わわわっ。おいおいおい。
俺はさっきまでの希望が急にしぼんで血の気が引いた。
グァーオー!
大猿は大きな声をあげるとものすごい速さで掴みかかってきた。
俺は咄嗟に身をひねってかわした。
冗談じゃねぇ!あんなのに掴まれたら…。
ワゲは果敢にも大猿の顔面に跳び蹴りをしかける。
ワゲの強烈な跳び蹴りに大猿は少しは嫌そうな素振りらしきものを見せたが、あまり意に介していないようだ。
大猿のすさまじい声が大空洞に響き渡った。
ギャーオー!ギャ!ギャ!ギャ!
大猿は立ち上がると激しく胸を叩き始める。
バコバコバコバコバコ!!
くっそー。なにもかも台無しだ!
大猿が騒ぐのに呼応するかのように大空洞の天井からざわーざわーと大きな気配がする。
「なんだってんだよ、くそっ!ミコラ山ストラ村!」
こういう時は逃げの一手だ!
俺は慌てて岩陰からとび出して逃げ出した。
ワゲもそれに続く。
とんでもない大猿に出会っちまった!それに天井全体から伝わってくるようなザワザワした正体不明の気配、ありゃなんだってんだ?!
俺は精一杯の力で駆けたがごつごつした地面に足を取られて躓いたり転んだり思うように速くは進めない。大猿が今にも掴みかかって来るんじゃないかと生きた心地がしなかった。
それでも俺とワゲは精一杯の速さで走った。
後からはまだ大猿が胸を打ち鳴らす音が聞こえている。
バコバコバコバコバコ!!
と…とりあえずは追いかけて来てはいないか。今のうちに早く…。
その時バザバザバザバザ!とものすごい音が天井全体から鳴り響いた!
たちまち辺りは飛び交う小さな翼蜥蜴でいっぱいになった。
こいつらが気配の正体か!天井に張り付いていたのか?
一匹一匹は手のひらくらいの大きさだがなかなかの数の群れだ!
だけど、まぁ翼蜥蜴なら…邪魔ではあるけど大した脅威じゃないな。大猿は追ってきていないようだし、と俺は少しだけ安心した。
が、俺の安心とは裏腹に翼蜥蜴はうねるように一筋の黒い流れとなって少し前にいた守護団の男に襲い掛かる!
えっ!なんで?
男は必死に腕を振り回して抵抗するが翼蜥蜴たちは次々とその腕に群がり小さな口で肉を喰いちぎる。そして脚に顔にと殺到してたちまち男を覆いつくしてしまった。
ぎゃぎゃっ、ぎゃっぎゃっと甲高い鳴き声がする。
まるで男は翼蜥蜴の竜巻にのみ込まれたように見える。
そして、翼蜥蜴たちが男から四散すると、そこには人一人分の綺麗な骨と皮甲の残骸のようなものだけが残されていた。
なんてこった!こいつら…!
おぉ!!慈悲深きカナハカシュよ!
冗談じゃない!どうなってんだよ!
翼蜥蜴の群れはいったん洞窟の上の方まで飛び上がりうねって旋回しているようだ。
前を走るワゲは進路を猛犬たちの方に取る。俺もワゲに続く。
猛犬たちはこの異変に驚いてバウ!バウ!とものすごく吠えたてている。
俺のすぐ後ろには興奮した大猿が追いかけてくる気配を感じる。
守護団の連中は翼蜥蜴にたかられまいと巨大松明から火の付いた木片を取り出して振り回している。
猛犬たちは俺たちの方に猛然と向かって来た。
後から大猿、前から猛犬。飛び交う翼蜥蜴の大群。
「うぉー!」
猛犬たちは俺たちに目もくれず大猿に立ち向かって行く。
そうだよな。どう見てもあっちの方が危険そうだもんな。ワゲの狙い通りってわけか。
バウ!バウ!バウ!
ギャ!ギャ!ギャ!
「ワゲ殿!こちらへ!」
ナイアンビュルゲも松明を振り回して叫んでいる。
俺たちは松明を必死に振り回す守護団の男たちの間を走り抜けてナイアンビュルゲの元にたどり着いた。ワゲは走り抜ける時に続けざまに二人に跳び蹴りを喰らわせ、いつの間にか剣も奪っていた。
ナイアンビュルゲは傷だらけだ。よくここまで持ちこたえたもんだな。
ルシディアの背後には制服を着た二人の子供がぐったりしているようだ。中等部の学生だろうか。気になるが今は話している余裕がない。
「あそこだ!あの部屋に逃げるぞ!」
とルシディアはいかにも宝のありそうな例の扉を指さした。
「おい、今は宝より逃げることが優先だろ!」
「風だ!あそこから風が吹いてくるのを感じるだろ!」
確かに言われてみるとその扉の方から風が流れてくるのを感じる。
となるとあの扉の向こうにも外につながる何かがある。ただそこを通って外に出られるのかはわからないが…。
キャンキャン!キャンキャン!
大猿は猛犬をものともせず蹴散らすと今度は守護団の方に向かった。
守護団の男たちは松明を振り回して翼蜥蜴を遠ざけることに成功しているがそれで手一杯だ。
そこを横から大猿の強烈な一撃!守護団の男を鎧ごと吹き飛ばした。
あー、ありゃ気の毒に…。
俺はルシディアと一緒に扉に駆け寄った。
重そうな木製の扉だ。押しても引いても動かない。
「開けよー!このー!うぉぉぉー!」
二人で一生懸命引くが扉はごとっごとっとはなるがそれ以上はまったく動かなかった。
「これは…。向こう側から閂のようなものがかかっているんじゃないか?」
振り向くと大猿はついに守護団の面々を打ち倒し、ワゲたちの方に突進してくる。
翼蜥蜴の黒いうねりも旋回している。
あー、これはやべぇぞ!翼蜥蜴の奴らなんで大猿を喰わないんだよ!
ワゲはさきほど奪った剣を構えて大猿に斬りかかった。大猿はものすごい速さでワゲに拳を叩きこもうとする。ワゲもそれに反応して身をかわす。そしてかわしざまに大猿の脇を剣で一閃。
大猿は怒り狂っている。
あいつ…もしかして大猿に勝てるんじゃ?でも一撃でもくらったらおしまいだ。くそぅ!
ナイアンビュルゲはワゲの近くで松明を振って翼蜥蜴を追い払っている。松明からあがる煙も効果があるようだ。
俺とルシディアは手近な岩を扉に叩きつけるが扉は壊れそうにない。
「くそっ、なんかないか、なんかないか?」
きょろきょろ周りを見渡すと、なんと扉のかなり上の方に通気口のような小さな穴が開いているではないか。俺なら通り抜けられるかもしれない。
「ナイアンのおっちゃん!俺をあそこまで投げてくれ!」
「むぅ?おぉ、あそこか。承知した!」
ナイアンビュルゲは駆け寄ると両方の手のひらを組み合わせて俺が乗れる足場の形を作ってくれた。
よし!見てろよ!
俺は猛ダッシュしてその足場めがけて跳躍し、片足でナイアンビュルゲの手のひらに飛び乗った。そして絶妙なタイミングでナイアンビュルゲはその手を力強く上方に押し上げた。
「うぉー!」
俺はナイアンビュルゲに飛び乗った勢いそのままで押し出され、三ゲールくらいは垂直に舞い上がった。
小さい穴に片手が届き、渾身の力を込めて穴に首を突っ込む。
かなり小さい。これでは肩が通らないのではないか。
くそっ!ここが先途だ!
俺は後先のことを考えずに強引に頭から突っ込み、肩を無理やり押し込め、小さな穴を蛇のように強引に進んだ。
そしてついに部屋への侵入に成功した。
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