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第七話 ここは人間の世界じゃない!俺は一人震える。

▍異界の洗礼


「あれ?ルシディア。お前腕に何か付いているぞ?」

魔法の弱い明かりの下ではっきり見えないがリュウからはすぐ前を歩くルシディアの腕に親指大のなにか黒いもの、何か違和感のあるものが付いているのが見えた。なんだかブルブルと動いているように見える…。

カラコが光の棒をルシディアの腕に向けると、そこには気味の悪い柔らかそうなヌメヌメしたものがルシディアの腕に張り付いてプルプルプルプル震えていた。

「いやー!!」

ルシディアは大きな悲鳴を上げた。それはヒル!親指大の巨大なヒルがルシディアの腕からどんどん血を吸い上げているのだ。ヒルの背中にそって三本の白い線が走っていてそれがどういうわけかおぞましさを引き立てていた。ヒルの体はルシディアの血を吸ってみるみる大きくなっていく。今やヒルはルシディアの腕に刺さった枝のようにピンと伸びて手のひらくらいの長さに大きくなっている!

ナイアンビュルゲが果敢にもヒルを掴んで引きはがそうとするが、ぐんにゃり伸びるだけでルシディアの腕から取れない。

「いやいや!助けて!助けて!」

ルシディアは半狂乱だ。

ワゲは懐から何かビンを取り出して、その中の白い粉をヒルに振りかけた。

するとたちまちヒルはルシディアの腕から剥がれ落ちた。

「うわっ!」

一同足をじたばたさせてヒルに取り付かれまいとする。魔法の明かりでは足元がよく見えない。

「落ち着いて。動かないで。あれだけ血を吸えばすぐにまた吸い付くということはないでしょう。今はパニックになるのが一番まずい。」

ナイアンビュルゲの声で一同少なくともその場に踏みとどまった。


ルシディアの腕からは血がドクドクと流れ出ている。カラコは包帯のようなものを取り出して何か塗り薬を塗って止血を施した。


「うへっ。でっかいヒル!おーブルブル!カナハカシュよ、俺を助け給え!」

「ヒルに吸われると血が止まらないぞ。」

「この塗り薬は魔導士の血止めの秘薬が配合されておりますので…」

「それにしても、ワゲよ。お前今の白い粉何?」

「塩だ。」

「塩!」

これには一同驚いた。

「なるほど。ヒルは火か塩に弱いと聞きますから、この状況では塩が最善ですな。」

ナイアンビュルゲも感心する。

「で?何でお前は塩なんか持ってたわけ?」

「知らないのか?これをかけると食事が美味しくなるんだぞ。」

「ぶっは!お前らしいな。まぁ助かったよ。」


それにしても、

「あんなの見たら体中かゆくなってくるなぁ。おーかゆいかゆい…?」

あれ?

「お、おい…、ワゲ。なぁ…、あのさ、俺の背中めくって見てみてくんない?」

リュウはそういうとおそるおそるワゲに背中を向けた。

ワゲはリュウの服を上までめくった。

「…?どう、何もいない?やっぱ気のせいか。あんなの見たからな。ははっ。」

「?もう降ろしていいよ。お前何やって…」

リュウが首だけ後ろを向けて見ると、ワゲは塩を取り出してリュウの背中に振りかけようとしているではないか。

「ちょっとー!なになに!」

そしてリュウはぼとっと背中から大きいものが落ちるのを感じた。

あっ…あ…

「オド。こういうの苦手なのか?ルシディアのやつよりは小さかったぞ。」


一同はその気味の悪い場所から少し離れて、みんなでびくびくしながら一人ずつお互いに体をよく確認するのだった。幸い大きなヒルなので服の上からでも触ればわかりそうだった。


「ふぅ…。こ、れは。たまんないなぁ」

「あの大きさだと何匹もたかられると貧血になるかもしれないな。」

「うへっ」

「それよりも、ここにヒルがいるということは、ヒルに血を吸われる何かもまたここに生息しているということだ。」

ワゲがそう指摘すると一同押し黙った。


そうだよな。こんなところ人間は滅多に来ないはずだし。ヒルは一体何の血を吸って生きてるんだ?


ワゲの不気味な指摘で一同は周囲が暗闇で何が潜んでいるのかわからないという状況を再認識した。

ほんの二ゲール先に何かが潜んでいても気が付かないのだ。


▍暗闇の恐怖


リュウたちはまた言葉少なに暗闇を進みだした。

リュウはカラコの魔法の明かりが照らす中をみんなに付いて行くしかない。右に折れ、左に折れ、坂を下り、階段を下った。

魔法の明かりを除けば真っ暗だ。リュウはそれまでは夜の森こそが真っ暗だと思っていたが、それでも夜の森はたまには少し開けたところがあって時折月明かり星明かりが見えたり、場所によっては遠くの町の明かりが見えたりもして自分自身を見失うことはない。

しかし、ここ、この地下迷宮…そうもうこれは迷宮と言っていいだろう、この地下迷宮ではリュウは自分という存在そのものが希薄化しているように感じた。


ピタッ…ピタッ…と水滴の音が聞こえる。いや、水滴であって欲しいとリュウは願う。

時折ゴォォォという低い音が遠くから聞こえてくる。

風の流れはあるようだ。きっと迷宮のどこかが外につながっているんだろう。


視覚がほとんど役に立たなくなってリュウの視覚以外の感覚は研ぎ澄まされていった。

ザッザッザッ、コッコッコという自分たちの足音は妙に大きく聞こえる。

くそっ、俺としたことがなんだってこんなことに巻き込まれちまったんだ…。


そんな中、

ズゥ………

ズゥ………

どこか遠くの方で低い小さい音が聞こえているのにリュウは気が付いていた。

ズゥ………

ズゥ………

ゆっくり、ゆっくりと同じ間隔で

ズゥ………

ズゥ………

とそれは繰り返す。

少しずつ音が大きくなっているのではないだろうか。そう思うとリュウは全身に悪寒が走り体中からじっとりと冷や汗が出てくるのを感じた。


ズゥ………

ズゥ………

その音は確実に大きくなっている。何かが近づいてきている?それともリュウたちが何かに近づいているのだろうか?まさか幻聴?


「な、なぁ…。聞こえてるよな?」

リュウは小さな声で問いかけた。

「うむ。何かを引きずるような音がしますな。ちょっと止まって様子を見ましょう。」

老練なナイアンビュルゲの提案で一同は立ち止まった。


ズォォ……

ズォォ……

それはもう確実な音となってリュウたちに迫っているように聞こえた。


しばらくそのまま立ち止まっていると、

ズオオオオン!

ズオオオオン!

それはものすごい大きな音になっていた。何か大きなものが近づいていることは確実だ。もはや身の危険を感じる。それにしてもどうやったらこんな音が出るんだろう。


そして、鼻には非常に不快な匂いが漂って来た。腐臭とはまた違うが徐々に強烈になるその匂いは耐えがたくリュウはシャツで鼻を覆った。


「ナイアンビュルゲ殿、一度引きませぬか?」

カラコが言う。冷静な魔導士の声もどこか戦いているように感じられた。


ズオオオオン!

ズオオオオン!


もうすぐそこまで来ているのではないか?明かりの外側、ほんの二ゲール先は何も見えないのだ。そのものはすぐそこの二ゲール先の闇の中にいるのではないか?

臭気はもはや尋常ではない。臭気だけで気が遠のきそうだ。


リュウは暗闇を凝視した。凝視すると…すぐ前にいるナイアンビュルゲの頭くらいの高さのところにほんのりと大きな明かりのようなものが二つぼやーとしているのに気が付いた。


ズオオオオン!

ズオオオオン!


その明かりは大きくなった。いや近づいているのだ。ナイアンビュルゲの背丈より高い位置に移動した。

「お…おい、あれ…」とリュウはその明かりを指さすが、リュウに言われるまでもなく一同はそれを見上げていた。


ズオオオオン!

ズオオオオン!


目!それは巨大な目ではないのか!?こんなに大きな目が?人の頭ほどの大きさか。巨獣?巨人?いや、獣の気配ではない。一体どうなっている?

今やそれの瞳も見分けることができた。その巨大な目はまったく何の感情もなくリュウたちを見下ろしている。今やその高さはナイアンビュルゲの背丈の倍以上の位置にある。


先頭のカラコは少しでもそれをよく見ようと手を伸ばして魔法の明かりのついた棒を前方に伸ばした。


ザゴゴゴゴオオオオオ!!!


地面が揺れ、大音響とともについにそれが明かりの中に現れた。

それは…、おぉ。それは!巨大な蠕虫(ぜんちゅう)!その頭がリュウたちに迫っているのだ。

頭は薄赤く丸く不気味につやつやしており、巨大な目はその左右についている。皮膚には細かい毛が無数に生えていてまるで独立した生き物であるかのように蠢いている。そして、その後ろには暗くなっていてよくは見えないが長い蠕虫の胴体が続いているようだ。音の正体はこの巨大な蠕虫が通路を這い進む音だったのだ。

しかし、それよりもリュウたちの目を釘付けにしたのはその口!

顔の半分以上、ほとんど大部分を占めるのは巨大な口だった。口だけで人の背丈ほどはあろうその口は獣の口とはまるで違う。円形に開き小さな鋭そうな歯が円にそってびっしりと並んでいる。そしてその奥にまた一回り小さい同じ形で同じような口があり、その中にもまた少し小さな口があり…。

口の中は唾液のような液体がじゅるじゅると滴っていた。強烈な匂いは口の中からきている。


リュウは硬直した。圧倒された。

あ…あ…

考えることもできない。リュウは栓が抜けたように小便があふれ出て腿を濡らすのを感じた。


刹那(せつな)!その巨体からは考えられない速さでその頭が素早く先頭のカラコにかぶり付いた。

カラコは立ったまま腰のあたりまで体ごとばくりと蠕虫に咥えられた。

カラコの持っていた魔法の明かりの棒は地面に落ちて下から不気味に蠕虫を照らしている。


蠕虫はカラコを咥えたまま止まっているように見えた。いや、もうリュウには自分の感覚が信じられない。蠕虫が本当に止まっているのか、リュウにはスローモーションのように見えているだけなのか。


蠕虫はカラコを咥えたまま、無感動な巨大な目で一行を見ている。

そして、蠕虫が再び顔を上げた時には、カラコの腰から上はなくなっていた!


「ぁぁ……。ああああぁぁぁぁぁ!!!!」

ルシディアの大きな悲鳴。


リュウは本能のまま暗闇の中を駆けだした。真っ暗闇だ、何も見えない。それでもリュウは本能にあらがえない。遠くへ、遠くへ、とにかくあの信じられない醜悪な蠕虫から離れなければ!

何も見えない暗闇を全力で走る。正気ならできまい。リュウは壁に頭を打ち、転び、転落し、それでも走るのを止めない。いや、止められない。でたらめに暗闇の中を走った。遠くへ、遠くへ。今のやるべきことはそれだけだ。



どのくらい走っただろう。リュウは壁にぶつかって転ぶと力尽きそのまま起き上がれなかった。胸が激しく上下して空気を求めている。

ハァハァハァハァハァハァハァハァ

あの蠕虫からどのくらい離れられたろうか。

リュウは少し体を起こすと壁に寄りかかって座った。

自分の激しい呼吸の音だけが聞こえる。

ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…。

体のあちこちが痛いのに気が付いた。きっと血も出ているに違いない。自分の呼吸の音に耳を澄ましていると少しは物を考えられるようになってきた。


あのおぞましい虫!くそっ!あいつはカラコを…虫けらのように食べた…。

…そうか、虫けらは俺たちの方なのか…。

みんなとはぐれてしまったな。ワゲ…。

暗い。真っ暗だ。自分の指も見えないぞ。ほら、今俺の指は目の前にあるはずだ。それも見えやしない…。

どうやって戻ればいいんだ…。いや、戻りたくない…。あの虫!冗談じゃない!

どうすれば…どうすればいいんだ。

もうどうしようもない。俺にできることなんてないじゃないか。

俺、ここで死ぬんだな。

あぁまだまだやりたいことがいっぱいあったな。もっといろんな本が読みたかった。そうだあの本は読みかけだったな。続きはもう読めないのか…。

いろんなところに行っていろんなことを知りたかった。

まだ子供なんだ。これから、これからようやくやりたいようにできると思ったのに…

くそっ、くそっ。

リュウの目から涙があふれてきた。

うぅ…、うぅ。

俺ってこんなふうに終わるんだ。俺ってなんだったんだよ。やっと学校に入って勉強できると思ったのに…。

くそっ!くそっ!

友達作りたかったなぁ。普通に仲良くしてる奴らうらやましかったなぁ…。

ぐす。うぅぅぅ。

リュウは涙があふれてくるのが止められない。どうせ誰にも見られないのだ。涙があふれてくるのにまかせていた。

あ…。そうなのか…。友達…。俺、友達が欲しかったんだ。はは。自分でも気が付いてなかったな…。そうだったんだな…。

はは、はは。

リュウは力なく笑うと、その後はもうとめどなく涙が次から次へとあふれ出してきた。

くそっ!!

うう…うぁーん、ううぅ。くそぅ…

リュウは暗闇で一人泣きじゃくるのだった。

読んでいただきありがとうございます。

執筆のモチベーションになるようにコメントなど声援をいただけるととても嬉しいです。

よろしくお願いします。

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