第五話 三百三十五ゲール走。俺はそっちのけで手がかりを探す。
▍肉饅頭と腸詰
男たちはもう追ってきていない。ひとまずは逃れたようだ。
ふぅー。
リュウは油断せず建物の陰の目立ちにくいところでようやく一息ついた。
地面にぺたりと座り込み肩で息をする。
全身汗まみれだ。
学院を甘く見ていた。今度から羽目を外す時はもっと気を付けよう…。
少し落ち着くとリュウは懐から『列王外記』を取り出して中身を確認し始めた。
おっ、ラティリオン語で書いてあるな。へへ、俺はラティリオン語は得意だぜ。
えっと、大耳王の葬儀の話は…
大耳王の葬儀はレンデロアフーの石室の前で厳かに執り行われた。神聖なる岩屋に祝福あれ。太陽はちょうど蝋燭岩の天辺に接し、太陽神も大耳王を弔っていた。
具体的な場所は書いていないなぁ。いや、書いてあるのか…?
この記述からリュウの頭は素早く思考を巡らせる。
蝋燭岩というのは今も学院の西側にあるあの蝋燭みたいな形の岩だな。長細い妙な形で高さは結構あるよな。
日没の時にその石室の前から蝋燭岩を見ると、ちょうどサウラーの日輪が岩に乗っかっているように見えたということか。
つまり、日没頃にそういう風に見える場所を探せばいいってことだ!
問題はそれが何月何日かわからないことだなぁ。季節が違うとサウラーの位置も全然違うからなぁ。
大耳王の葬儀は何月何日だよ。くそっ、肝心なことが書いてないなぁ。
本の続きを見ると葬儀の参列者に配られたというメダリオンの精巧なイラストが載っていた。
メダリオンの円周にそって文章が刻まれているのがわかる。
今度は古代アムダラック語か。こっちは相当レアだぞ。
いや、ちょっと待て。これアナグラム。それだけじゃないぞ、ゲマトリアだ!古代アムダラック語でゲマトリアなんて勘弁してくれよ。手がかりがないと読めないじゃん。
でも…そうだ、これが大耳王という単語だろうから…、うーん、おかしいな違うのかな…。
あ、アムダラック人だから普通のゲマトリアじゃなくて階差ゲマトリアだ。ほら、これでぴったり大耳王になる。ということはこっちの単語は…。
リュウは持ち前の知識と頭の回転力を生かしてなんとかメダリオンの文章を解読できた。
えーっと、神々に祝福されし大耳王を称えその葬儀に集まりし騎士たちにこのメダリオンを授与せしめるものなり。王の二十三年…月…日…
おー、日付が書いてあるじゃん!
しかし、メダリオンのイラストは劣化しておりその日付の辺りはひび割れや剥離で読めなくなっていた。
くそっ。四本腕のカダーの畜生め。これでもまだ足りないか。
リュウは近くの屋台で肉饅頭を買うと、手近な建物の脇に勝手に座り込んでかぶりついた。一口かじると口の中にあつあつの肉汁が染み出す。
うめぇ。まったくこの学院はどうなってるのかね。うまいもんばっかりじゃないか。
…もしかして、今まで俺が食べてきたもんがひどいもんばっかりだったのかな…。
周りはまもなく始まる競技会に向けて競技場に向かう人たちで賑やかだ。
リュウはそんな人たちを横目で見ながら少し体を休めると思考を再開した。
後は日付だけなんだよな。大耳王の葬儀の日付さえわかれば、そのあたりの日で夕方に蝋燭岩のてっぺんがサウラーの日輪と重なって見える場所が石室の真ん前ってわけだ。
大耳王のメダリオンの実物はどこかにないかなぁ。博物館とかにあるのかなぁ。
リュウが考えを巡らせていると、少し離れたところがやけに騒がしいのに気が付いた。
時折ワーっという歓声が上がってなんだか楽しそうだ。
リュウが顔を出して様子を伺うと、学生たちが集まってなにかを囲んではやし立てているようだった。
なんだなんだ?
リュウが目を凝らすと二人の人物が闘っているようだ。その片方はワゲだった。
おーい!おいおい!闘うなって言っただろうがー!
リュウは飛んで行って人をかき分けた。どうも喧嘩しているわけではなくお互い納得ずくの試合のような雰囲気だ。ワゲの相手はかなり体が大きい。高等部の学生か?
「クルサード!そこだ!いけ!」
「クルサード!クルサード!」
クルサードとワゲはお互いに腕を掴みあって力比べという様相だ。どうみてもクルサードの方が年齢が上で体も大きい。周囲の学生たちもクルサードの応援一色だ。
両者ほとんど動きがないように見えるがすごい力で押し合いし、ワゲがじりじりと押し込んでいる。クルサードの腕の筋肉は盛り上がり赤くなっている。
「おい!ワゲ!何やってんだ!」
リュウは怒鳴り込んだ。
そのタイミングでクルサードとワゲは手を離してお互い後ずさった。
「オド。こいつが…力比べしたいって。」
「お前、中等部のくせにかなりやるな。まだ力が出せそうだったな。」
クルサードは大きな体で不敵そうにワゲを見ながら言った。
「続きはまたな。俺はもう競技会に行く。大耳王のメダリオンは俺のものだ。じゃあな」
えっ!大耳王のメダリオン!?
競技会で優勝者に与えられる伝統と名誉のあるメダリオンって…。おぉ、いいぞ!運命の神カダーよ!ありがとう!
リュウが許可してワゲは念願の腸詰を手に入れた。
まぁまったく金がないわけじゃない。さっき一人で肉饅頭食べたのも後ろめたい気がするし…。
串に刺さった大きな腸詰だ。太さも結構ある。ワゲは嬉しそうにかぶり付いている。
「そうそう、図書館で石室のヒントを掴んだぞ。」
リュウたちは競技会に興味がなく、座って周りを眺めていた。周りの学生たちはもうだいたい競技場の方へ行ったようだ。人がまばらになってきた。
まばらになってみると男たちが遠くからリュウたちを囲んでいるのが見えた。
「やべっ!図書館の人だ!」
男たちの数が増えている。八人?十人?いやまだまだいるぞ。それらしい男たちがゆっくりと集まってくるのだった。
「ワゲ!逃げるぞ!」
リュウは競技会場の方に走り出した。
「オド、あの男たちは?」
「なんか図書館の人が怒ってるんだよ!」
「…図書館の人には見えないぞ。」
リュウは足の速さには自信があった。ワゲも驚異的な運動能力で走っている。
「もしかして…、お前…、あいつら倒せる?」
いや、でも俺が悪いことしたのに返り討ちにしていいんだろうか…?
「倒せるかもしれないが数が多い。リュウを守りながらだとな。ここは逃げよう。」
リュウたちはそのまま競技場に走り込んだ。
▍競技会
競技場では前座で年齢別の競技や格技が行われそれもかなり盛り上がるのだが、何といっても一番の盛り上がりは名誉あるメダリオンをかけて戦う三百三十五ゲール走だ。
この三百三十五ゲール走に出場する学生は年齢を問わず同時に出走する。単に走るだけではなく体当たりや進路妨害は認められているので高等部が圧倒的に有利。幼等部や小等部の学生も出場は自由だがまず勝ち目はない。
今まさに何十人もの今年の出走者たちがスタート位置に集合していた。競技場は割れんばかりの大歓声。学生だけではなくその親や近隣の住民も集まっていた。
そんな中リュウとワゲが競技場に走り込んできて、男たちも何人かは競技会場内まで続けて追いかけてきていたが、観客たちは少しばかり「なんだあいつら?」という程度のことを思うだけでリュウたちのことはあまり眼中に入っていなかった。
「はじめ!」
大きな声で大きな旗があがると出走者たちは一斉に走り出した。リュウとワゲもそれを追いかけるように続く。
リュウは脇にある貴賓席に飛び込んだ。さすがに男たちも貴賓たちのいる場で乱暴はしないだろうという計算だ。
貴賓席の面々は三百三十五ゲール走の方に夢中でリュウが飛び込んで来たくらいは気にならないようだ。
リュウを追って来た何人かの男も貴賓席に飛び込んで来たが流石にどうみても学生に見えない男たちが乱入して来たとあって警備に拘束された。
一方ワゲの方はそのまま三百三十五ゲール走のコースを走っていた。男たちの何人かもそれを追いかけている。
ワゲはそのものすごい脚力で後ろの方を走っている幼等部や小等部の学生たちを抜き去っていく。
いやすごいね、あいつ…。
ワゲのすぐ前を走っている学生は先に行くよりもワゲを妨害することを選んだ。ワゲの進路を塞ぐようにすぐ前を走っている。
「抜かせるかよ!」
と気合を入れてるその走者はなんとソータだ。
ワゲがソータの横を颯爽と走り抜けようとするとソータは肩で体当たりしてきた。しかし、ワゲはうまくタイミングをとって肩でソータを押し返した。ソータは派手に転倒する。
ワー!とものすごい歓声があがった。
みんなこういうのが好きなんだなぁ。あー、ソータ鼻血出てるよ。かわいそうに。
ワゲは前を走っている学生たちを一人、また一人と抜き去っていく。
ワゲの走りは観客たちをおおいに沸かせた。天に届くばかりの大歓声で隣の人が話している声も聞こえないほどだ。
一方リュウは貴賓席でメダリオンを探していた。メダリオンは優勝者に授与されるっていうんだから今はこの辺に置いてあるんじゃないか?盗もうってんじゃない。一目、たった一目みればいいんだ。そこに刻まれた日付が知りたいだけだ。
ワゲを追っている男たちは出走している学生たちと体当たりしあったりしてワゲとの距離は離れていく一方だ。
「おー!あの子!とうとうクルサード君に並んだぞ!」
貴賓席の貫禄あるお歴々も夢中になっている。
メダリオンはどこだ…
クルサードはインコースを占領してワゲを妨害しようとしたが、ワゲは外側からクルサードを抜きそうな勢いだった。
クルサードは潔くインコースをワゲに譲って外側にずれた。…と見せかけてワゲが通り抜けようとした瞬間に足払いを繰り出した。
直接の蹴りは反則になるが前に出した足に向こうから勝手につっかかってくるのは議論のあるところで、卑怯な行為だと批判する者もいるがぎりぎり反則とはみなされない。
ワゲはかわし切れずとみて、頭から前方に飛び込んで足を飛び越え、その勢いのまま両手を地面について前方に体を回転させながら足から着地して走り続けた。
「ぎゃー!」
この人間離れした動きに歓声は大爆発。
「なんと!」
「あの子は何だ!」
と貴賓席の注目も集めた。
クルサードは足払いの態勢のまま呆然と走り去って行くワゲを見つめていた。
おいおい。めっちゃ目立ってんな。誰だ!じゃなくて何だ!だもんなぁ。おっ、いつの間にか三位じゃないか。
メダリオン、メダリオン…。
前方を走っている二人は高等部の学生で体格もかなりよくおそらくかなり自信がある猛者なのであろう。
一人は体当たりや足払いなどに力を使わずとにかく早くゴールすることに全力を集中していた。ワゲが追いついてくると抜かれまいと速度を速めワゲに喰らいつこうとしたがすぐに引き離されてしまった。
次の一人を抜けばワゲが一位だ。
先頭を走っているのは前年の優勝者。
ワゲに追いつかれると肩を押し当ててワゲをコース外に押し出そうとした。何しろ高等部と中等部。体格差がありすぎる。ワゲは転倒を避けていったん離れた。
ワゲは体が接触しないように大きく位置を変えて横から追い抜こうとした。
このまま走り続ければワゲが勝つのは確実だっただろう。一番後ろからここまで追いついてきた驚異の脚力なのだ。
しかし、競技のゴールはもう迫っていた。ワゲはものすごい速度で追い抜こうとするが相手も最後の力を振り絞ってワゲに追い抜かれまいと速度を上げた。
ここに至ってはついにリュウまでもメダリオンそっちのけで腕を振り回して大声でワゲを応援していた。
「いけー!」
そして大歓声の中二人はほとんど並んでゴールした。
おいおいおいおい。どうなってるんだ。どっちが勝った?
責任者が歩み寄ってきてワゲの腕を掴むと上に高く掲げた。
ワゲの優勝だ!
責任者はワゲを一段高くなった表彰台に導く。ワゲは両手をあげる。
「優勝おめでとう!」
そう称えられてワゲはその首にメダリオンを授かるのだった。
今や会場中の目がワゲを見て、大歓声と惜しみのない拍手を送っている。興奮した生徒たちは表彰台に殺到してきた。
表彰台の周りはもう滅茶苦茶だ。学生たちが詰めかけてものすごい大さわぎになっている。
リュウはうまくその中を潜り抜けてワゲにたどり着いた。
「ワゲ!行くぞ!」
そして、大歓声で押し合う学生たちを掻き分けて表彰台からワゲを引っ張り出して客席の裏から目立たないように脱出するのだった。
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