第四話 図書館の人がものすごく怒る。俺はその裏をかく。
▍図書館
金曜日の朝。この日、学院に授業はなく、通常なら各自それぞれが学問に励んだり、道場で訓練したり、ゆっくり休息をとったりする。街に出ることも許されている。
しかし今日この日は年に一度の学院の競技会が開催される日で学生たちは学院内のあちこちで大いに盛り上がるのだ。
「競技会で優勝することはレンデン学院だけじゃなくて国中で名誉なことなんだよ。優勝者には伝統あるメダリオンも授与されるんだ。今日という日は腕に覚えがある学生はメダリオン争奪に血眼になるよ。」とセドが教えてくれた。
朝のポタラシア食堂は競技会の話題であちこち騒がしかった。
リュウとワゲも食堂でいつものように朝食をとっていた。
ワゲは大盛りのご飯と鳥のソテーを二切れと野菜の炒め物をまるでこれが食べ納めとばかりにばくばくと食べていた。
「それにしても、お前よくそんなに喰うね。これがお前の馬鹿力の源か。」
リュウの方はオーソドックスな食べやすいパンに卵と腸詰を焼いた軽い朝食だ。
「オドは食べなさすぎだ。そんなだから力が出ないんだ。」
「お前、言うようになったねぇ」とリュウは苦虫を噛みつぶしたような顔をしながらもどこか嬉しそうだ。
そこから、少し声を落として照れくさそうに言った。
「……昨日は約束守ってくれたな。向こうが攻撃しなかったんで手を出さなかったんだろう?」
「…(ばくばくばく)」
「あいつら何だったんだろう。俺たち妙なことに巻き込まれなきゃいいけど。」
「…(ばくばくばく)」
「あの子なんて名前だっけ、ルシーダ…じゃないよな。」
「ルシディア」
「そうそうルシディア。性格悪そうだったな。」とリュウが笑いながらフォークをワゲに向けて楽しそうにしているとセドがお盆を持って近づいてきた。
「一緒に食べていい?ルシディアってあの亡国姫のルシディア様?昨日は大立ち回りだったんだってね。見たかったなぁ。」
「亡国姫?」とリュウが聞き返した。
「知らないの?ルシディア様のことを人は亡国姫って呼ぶんだよ。でも、あんまりいい呼び名じゃないから本人には言わない方がいいかもね。」
思い出した。亡国姫ルシディア。なんでも幼い時、外国旅行中に本国が滅ぼされてそのままこの国に滞在しているとか。もう十年以上前の話のはずだ。そうかぁ。そのお姫様の名前がルシディアだったな。そういうことか。それであんなに上から目線で話すのかな。
「あー、そういうことか。レンデン学院にいたんだなー。」とリュウは話を合わせた。
「それはそうと君たちも今日は競技会を見に行くの?」
うーん。競技会には別に興味はないなぁ。やっぱ石室探しだな。どこをどう探したものかな。正直このまま探索を続けて成果が出るか自信がない。ひとつダメもとでセドにも聞いてみるか。
「なぁ、セド」
「ちょっと訳ありで他の人には言わないで欲しいんだけど。聞いてくれるか?」
「?うん、どうしたの?」
リュウは隣に座っているセドの背中に腕を回すと、わざとらしく肩を抱えてなれなれしくした。そして声を落とす。
「この学校に、石室ってあるか?」
「石室?って石の部屋?石造りの部屋ならいっぱいあると思うけど…」
「いや、普通の石の部屋じゃなくて何か特別な石室だ。」
「うーん。特別ねぇ…。僕はよくわからないけど調べごとあるんなら図書館に行ってみたら?」
「図書館!」
ワゲは体を動かしたり道場を見たりしたいというので図書館には同行しなかった。確かにワゲが図書館に来てもあまり役に立ちそうにないのでリュウもそれを良しとした。
ただし、道場を見るのはいいけど、間違っても道場破りなんてするなよ。できれば誰とも闘うなよ。と念を押すのを忘れなかった。
レンデン学院の図書館はかなり立派なもので蔵書数はなんと百万冊に達するという。
セドは図書館の案内を申し出てくれた。
おー、かなり厳めしい建物だな。歴史を感じるよ。
図書館はごてごてと複雑な形で中央の尖塔はなかなかの高さのようだった。
意図された設計なのだろう、図書館を入ってすぐのホールは天井が高く壁一面が本棚で埋め尽くされ圧倒的な光景だった。
これはワクワクが止まらないね。読みたい本がいっぱいあるだろうなぁ。でも今は仕事優先だ。
リュウの話を聞いてセドは学院の歴史の本がまとまっている一画にリュウを案内してくれた。
どの本も立派で重厚な皮革でカバーされていたり、美しい模様の装丁がついていたりした。
リュウは初期の学院の歴史が書かれた大判の本を二、三冊取り上げると閲覧室の大きな机に重ねて置いた。学院の歴史を見ればどういう順番で建物が建っていったのか、あるいは以前石室のような建物があってそれが取り壊されたというような歴史があるのか何かヒントがつかめるかもしれない。
一冊目を広げて目次をパラパラとみているといきなりリュウの目に飛び込んできたのは「レンデロアフーの石室」という項目だった。
えっ!なんだこれ。石室ってこれのこと?こんな簡単に見つかるの?
「あ、いきなり石室ってあるじゃない。オド君が探していたのこれ?」
「…わからない。でも、これが怪しい。レンデロアフーの石室?」
もともとこの学院の敷地には、アムダラック人が崇拝していたレンデロアフーの石室というものがあったらしい。今の学院はその付近の土地に少しずつ建物が建てられていったもののようだ。
その本には大きな岩に囲まれた洞窟の入り口のようなイラストが大きく描かれていて、その下には歴史的に貴重なものだとか信仰の対象だったとか短い簡単な説明が書かれていた。
「僕も知らなかったよ。アムダラック人の聖地だったのかな?」
「でも、これじゃ学院のどこかに石室があるというのと変わらない。」
リュウはもっと情報がないかページをめくっていった。
「あっ、ここ!石室について何か書いてあるよ。」
「えーっと、ナジ・シャーナーの『列王外記』にこのレンデロアフーの石室の前でかの大耳王の葬儀が行われたという記載があることからも、石室がアムダラック人の大切な信仰の場所であったことがわかる。…と。」
「えー。どういうこと?難しいよ。」
リュウとセドは頬が付くばかりに顔を寄せあって本を見つめている。
「つまり、大耳王の葬儀が行われた場所に石室があるってことだ。」
リュウとセドは詳しい説明を期待して『列王外記』を手分けして探すと、どうもこの図書館にはあるにはあるが、貴重な本として普段入室が禁止されている稀覯本室に収められているらしかった。
リュウは稀覯本室に入れてもらえるように図書館に掛け合ったが鼻であしらわれた。
「君みたいな子を稀覯本室に入れることはできないよ。あきらめてくれ。」
君みたい、とはなんだ。どういう意味だ。俺の育ちが悪いから邪険にしてるのか。
とリュウは鼻息を荒くした。
「残念だねぇ。この扉の向こうに『列王外記』があるのにねぇ」とセドは頑丈そうな大きな扉の前でため息をついた。
「うん?ここが稀覯本室?」
だったら勝手に入っちゃえばいいんじゃないだろうか。
扉は鍵がかかってるから無理そうだけど。窓ぐらいあるんじゃないだろうか。別に本を見るだけで何か盗むわけじゃないし。
「セド。ここ窓ある?」
「えっ!うん多分あるけど…ちょっとダメだよ、オド君。」
窓は建物の外側に付いている。ただしここは三階だから簡単に窓に取り付くことはできない。
「冗談冗談。俺、せっかくだから今日は図書館をもっと探索してみるよ。ほら、そろそろ競技会も始まるだろう?もう俺の方は大丈夫。今日は付き合ってくれてありがとう。」
と不安がるセドと別れると、リュウは図書館の人けのない三階の窓から外を覗いた。
ふーん。外壁沿いに壁を伝って行けば稀覯本室の窓には行けそうだな。外壁にはちょっとだけでっぱりがあるな。大人には厳しいけど子供の俺はこのでっぱりに足をかけて進んで行けばなんとかなりそうだ。
リュウはそう考えると窓から身軽に外に出てごくごくせまいでっぱりに足をのせてぺったり壁に張り付いた。三階の壁に身一つで張り付いてみるとかなりの高さに感じる。おー、カナハカシュよ、俺を守り給え、だ。
リュウは慎重に慎重に手を伸ばし、足場を一歩一歩踏みしめ稀覯本室の方へにじり寄って行った。
こういう時はな、手足四本のうち三本は動かさないで残りの一本だけ動かす…というのを繰り返していくと安定するんだよな。
幸いその壁は森に面しており、リュウがそんな不埒なことをしているというのを外から目撃される心配はあまりなさそうだった。
おっと
リュウは足場を踏み外したが両手ともう片方の足を固定していたので難なく踏みとどまることができた。
そうして、慎重にゆっくりとではあったがなんとか稀覯本室の窓にたどり着いた。窓とカーテンが閉まっていて中は見えない。
ちぇっ、窓は開いてないか。都合よくはいかないものだな。どうしよう。叩き割ろうか。叩き割ると人が来るかな。
リュウが思案して上を見上げると、なんと窓の上に換気口があるではないか。小さい換気口だがリュウの体なら入れそうだ。
リュウは窓枠を利用して器用に壁をよじ登った。換気口に付いている簡単な柵はちょっと力を入れると簡単に外れた。
稀覯本室に人の気配がなさそうだと見て取ると、リュウはするりと室内に侵入した。
▍逃走劇
へへっ。お見事。稀覯本室に入ってやったぜ。あの図書館員め、馬鹿にしやがって。ざま見ろってんだ。
リュウは早速室内を物色し始めた。稀覯本室もなかなか広く、所狭しとたくさんの本が並べられていた。
きっとどれもすごく高い本なんだろうなぁ。
本は几帳面に文字順に並べられていたのでリュウは簡単に『列王外記』を見つけることができた。
やった!あったぞ!
リュウが『列王外記』を手に取ると、奥の方でガタンという音がした。本棚があるので直接見えないが誰かいるのだろうか。
リュウは『列王外記』を懐に収めると、身を低くして体を隠した。
ミシッ、ミシッと音を立てないように歩いている気配を感じた。
一人じゃないな。図書館の人?やべ、ばれたか?せめて『列王外記』を読む時間は稼ぎたい。でも、なんでこっそり近寄ってくるんだ?それとも目当ては俺じゃない?
リュウの頭を短い時間にさまざまな可能性がよぎった。
リュウが本棚の陰から覗くと少なくとも三人の男たちがひっそりと歩きながらきょろきょろとあたりを探っていた。
うーん。ありゃやっぱり俺を探してるみたいだなぁ…。
相手の移動に合わせてリュウも音が出ないように細心の注意を払いながら位置を変えた。こうやってやり過ごしたいものだけど三人の目からうまく逃れるのは至難の業だ。
床に這いつくばりながらそーっとそーっと移動していると、目の前に鼠が現れた。鼠はこちらの気も知らないでのんきにきょろきょろしている。
うわっと。おいおい。鼠かよ。勘弁してくれよ。鳴くなよ。鳴くなよ。絶対鳴くなよ。
鼠はリュウの顔を不思議そうに見つめている。
・・・
「チュウ」。
それが合図だった。男たちは一斉に鳴き声のした方を見る。リュウも見つかるのを待ってはいない。一瞬で本棚を利用して駆け上り換気口に取りすがった。
「いたぞ!あいつだ!」
男たちが殺到してくる。
あいつだってなんだよ。やっぱ目を付けられてたか。くそっ…。
リュウは脚で壁を蹴り上げて換気口に潜り込むことに成功した。男たちはこの換気口は通れない。
「ごめんなさい。もうしないから勘弁して!」
しかし応えはなく男たちも本棚を登ってリュウにつかみかかろうとしている。
うわっ、こりゃ相当怒ってるな。ストラ山ミコラ村。
リュウは換気口から外に脱した。
ふぅ。いやはや怖い怖い。まぁあいつらが来る前に逃げ切れるだろう。
リュウが男たちは換気口に入れないと高をくくって舌を出してベーなどと余裕をかましていると、窓がバンと開いた。
やべっ!
慌ててリュウは外壁を上によじ登る。さきほどの慎重さとは打って変わってなかなかの速さだ。
俺こんな速さで登れるんだなぁ。
稀覯本室の上は小さなドーム状になっていて垂直な壁を上るよりは楽だった。
下を見ると男たちも外壁をよじ登ってきている。先頭の男が手を伸ばして掴みかかってきたのでリュウは危うく足をひっこめた。
ドーム状の少しは安定した場所でリュウは振り返るとよじ登ってくる男の頭を蹴りつけた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!来ないで来ないで!」
何発か蹴るがあまり威力はなく男はたいしてひるむ様子もない。
そして何発目かの蹴りで上ってくる男に足を掴まれた。リュウはしりもちをつくように屋根の上に倒れた。
リュウは男のもう片方の手には短剣が握られているのを見てぎょっとした。
「ちょっとー!悪かった!悪かったって。もう勝手に稀覯本室に入らないよ!」
片足を掴まれたまま腕の力でなんとか後退しようと無駄なあがきをする。
その時、屋根から剥がれ落ちたのであろう、リュウはそれとは知らず手近にあったレンガ片を掴んだ。
男がニヤリと笑って短剣を振りかざすと、リュウは両手でレンガ片を振り上げて男の頭めがけて叩きつけた。
これにはさすがに男も動きを止め、リュウを掴んでいた手の力も緩んだ。リュウは脚を引き抜く。そのまま男は後ろ向きに倒れていった。
うわっ。ありゃ下まで落ちたな…。ストラ山ミコラ村。図書館で働くって大変なんだなぁ…。
しかし安心してはいられない。男たちは少なくとも三人いたはずだ。リュウは小ドームの向こう側に回り込んだ。小ドームの向こう側にはまた建物の壁がありもっと上に続いている。
少し上ったところにある窓が開いているのが見えてリュウはその窓に飛び込んだ。
後からは男たちが追ってくる気配がする。
窓から入ったところは廊下だった。そこは図書館の四階か五階あたりだろうか。リュウは素早く階段を見つけると駆け下りた。
一階までいくとそこはどうしたことか幼い子供たちでいっぱいだった。子供たちは利発そうで本を小脇に抱えて押し合いへし合いしていた。
「はーい、みなさん。こっちが閲覧室です。閲覧室は本を読むところです。」
引率役らしい大人が一生懸命声を張り上げている。
幼等部の図書館案内といったところだろうか。
「ちょっと、ごめんよ。通して、通して!」とリュウは子供たちの海を押しのけながら進んでいく。
「あー。」
「押さないでよ。」
「わー。」
すぐ後ろには男たちも来ているが向こうも子供たちの海でなかなか進めないようだ。
リュウはなんとか出口にたどり着くと男たちに見られる前にと間髪入れずに建物の陰に駆け込んだ。男たちの視界から逃れて気付かれないうちに遠くに離れて行くという算段だ。
「あっちだ!」
しかし男たちはしつこく追いかけてくる。
くそっ!ワゲと離れたのは失敗だったか。
リュウは一番近くにある建物に飛び込んだ。
そこはどこかの道場のようだった。二十人ほどの学生たちが二人ずつに分かれて組手をしている。
「おい、お前は俺と組め!」
何を勘違いしたのかそのうち一人がリュウに目を付けて組手を要求した。
「いや、俺は。こんな格好だし…」
ぜえぜえと喘ぎながらそう言ったが、いや、これはやつらを巻くチャンスかもしれないと思い返した。上着を脱ぎ棄てると学生たちの並びに立って組手に混ざった。
道場といってもみんなそれぞれ動きやすい恰好をしているだけで統一された道着のようなものがあるわけではないようだ。
これはうまく紛れ込めるかもしれないな。
「それ!それ!」
相手の男は肩で息をしているリュウを軽く小突いてきた。
「いてっ、いてっ」
「どうした。もう息が上がってるのか。」
そりゃ、そうだよ。こちとら屋根を上って図書館を駆け下りて死に物狂いでここまで来たんだぜ。
そこへ追いかける男たち二人も飛び込んできた。男たちはリュウの方を指さしている。
やべっ。このくらいじゃ誤魔化せなかったか。
「むっ?おいお前たち何の用だ!」
リュウと違って男たちは学生に見えない。道場の門弟が男たちを詰問する。
へへっ。そうそう。うまく追っ払ってくれよ。
「それっ、それっ!」
「いてっ、いてっ」
流石にこの状況では男たちはたじたじのようだ。
リュウはようやく男たちをよく見ることができた。力強そうな壮年の男たちでなにか剣呑な雰囲気を感じる。図書館の用心棒的な?
稀覯本室に入ったことでそこまで怒りを買ってしまったのだろうか。
「交代!」
と号令がかかった。組手の列が一つずつずれて次の相手との組手になるらしい。
次の相手は…、あれ、なんか見覚えがあるな。
「オド~。お前もカラコリ道場に入るつもりなのか?面白いな。」
そう言うのはソータだ。
うわっ。ここで嫌な奴に会ったなぁ。
男たちは門弟に押しやられて外に出て行ったところだ。
「さぁ、来いよ!ほら!」
ソータは両足を前後に開いて腰を低くして、いつでも拳を繰り出せるように構えた。
「うぉー!」
リュウは叫びながらソータに向かって行って、ソータの脇を駆け抜けると、男たちが出て行ったのとは反対側の出口から道場の外に走り出ていった。
「おいっ、どこへ行く?」
ソータが呆然と突っ立っているところにリュウはまた戻ってきて上着を引っ掴むとまたかけ出ていくのだった。
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