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第三十話 夏の終わり。それでも熱はまだ引かない



 充が去った後、椿の父親が足早に樹の元へ歩み寄ってきた。


「どういうことだ、君は……東三条家と関りがあるのか?」


 真っ赤に充血した目を向けられ、樹は、思わずため息をつく。


「……違いますよ」


「嘘をつかないでくれ。それなら、あの方が君にあそこまで執着するはずがない」


 樹は、何といえばいいか考えあぐねている。すると椿が後ろから出てきて父親の頬を思いきりはたいた。


 パチーン。


 力はさほど無かっただろう。けれど、恐らくこれは椿が明確に初めて父親に反抗した日だった。


「……な、なに、を?」


 驚く父親に椿は言った。


「樹くんまで利用しないで。彼は、優しいご両親に育てられた人なの」


「お父様みたいな、権力ばかり気にしている家の子じゃないの!」


 椿の目からは涙があふれている。


「いい加減にして! もう、私と樹くんに関わらないで!」


 声を張り上げて宣言する椿に、彼女の父親は何も言えないままでいた。

 樹は、椿の背をそっと叩く。


「椿さん……帰ろう」


「……うん」


 二人は手をつないでエレベーターに乗り込んだ。



「なんだか疲れたね」


「うん……ごめんね、樹くん」


「え、なんで椿さんが謝るの?」


 ホテルを出てから何となくそのまま歩いていると、樹は椿の謝罪に驚いた。


「だって、巻き込んでしまって」


「そんなことないよ。それに、なんか……巻き込んだの、こっち、みたいだし」


 樹の歯切れの悪い言葉に、椿は疑問を口にする。


「……お母さん、由香里さんは、東三条家の方なの?」


「そうっぽいね」


「そうっぽい……?」


「母さんの実家の話は、詳しくは聞いたことないんだ。だから詳しくは知らなくて」


 樹は椿と手をつないだまま歩く。


「誰が聞いてるか分からないし、もう縁は切ったからって」


「そうなんだね」


 椿はつないだ手に少しだけ力をこめる。


「あのね、樹くん」


「なに?」


 椿は、立ち止まる。樹も立ち止まって気づけば向かい合っていた。


「もし、お母さんのご実家が何か言ってきても……もしも私とのことを引き合いに出されても折れないでね」


「え……」


「あ、でも、樹くん自身が将来のことを考えて、とかだったら全然いいのよ?」


 椿は慌ててまくしたてるように話す。


「東三条家って大きいし。多分、迎え入れてもらったら、一生安泰だと思うし」


「でも、それは外部から見た話しで。勿論ね、樹くんが、そっちのほうがいいな、楽だなって選ぶのはいいけど」


 椿は呼吸を整えて、樹の目を見つめて告げる。


「私と、その……関係が楽になるからっていう意味で、選ばないでほしいの」


「私は、あなたがあの優しいご両親の元で育った三橋樹さんだから、好きだと思ったんだから」


 言ってしまってから椿の頬に、熱が集まる。


(い、言っちゃった)


 まるでこれは、プロポーズみたいではないか。


 椿の頭の中は上手くまとまらない。つないだままの手を離したい。けれど、離したくないという気持ちもあって。


(ど、どうしよう)


 椿がうつむいていると、樹が椿の手を引いてそのまま肩を抱き寄せた。


「えっ」


 気づけば、椿は樹の腕の中にいた。抱きしめられていると気づいて、益々椿の体温は上がっていく。


「……え、あの……い、樹、くん?」


「ごめん、あの……」


 ちらりと何とか椿が視線を動かすと樹の耳が見えた。真っ赤で熱そうな耳。


「……うまいこと、かっこいいこと、言えたら、良かったんだけど、いえなくて」


「……うん、大丈夫、だよ」


「ごめん、でも……」


 少しだけ体を離される。真っすぐ椿を見つめる樹の目が、ひどく優しい。


「俺も、椿さんが、好きだよ。守りたいし、ずっと一緒に歩いていきたい」


「……うん。ありがとう」


 二人は微笑みあい、しばらくそのままでいた。

 樹の肩からひっそり頭に移動した玄武が笑う。


「青春じゃのう」


 暦の上では夏はもうすぐ終わる。けれど、まだまだ熱は引きそうにない。



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