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第三話 無自覚な世界バズと黒髪優等生からの電撃告白


 翌日。


「……」


 樹はスマートフォンを黙って眺めている。スマートフォンには、昨日の樹と少女の騒動が切り取られた動画が映し出されていた。


 あの後。寮に戻った樹は、質問攻めにあい、学園の公式アカウントから配信されていたらしい動画を見せられた。とはいえ、樹が見た時は公式アカウントから配信アーカイブは消されていたのだが。わざわざ切り抜き動画を作ったという同じ部屋の生徒から見せられ、樹は頭を抱えた。結局、切り抜き動画も養成校からの指示で消すよう言われたと指導が入ったらしいが。


「問題は、これ、だよなあ」


 アップ時間は午前零時。匿名アカウントで上げられた、別角度での動画。


『危険です。現在は一時的な魔力膨張による不調を発生しております。一定時間すぎるまでは建物内で待機を』


『何を言っておる。このポンコツが!』


 無表情のアンドロイドの顔がアップにされている。昨日のやり取りそのまま、しっかりと映っている。


(なんだったら、あの品評会じみた番との引き合わせから)


 教官が笑顔で女子生徒たちを紹介している場面から始まっていた動画は、現在は既に削除されている。匿名アカウント自体も停止処置を食らったらしく「表示できません」と出ている。しかし、動画自体は現在も見られる。


 なぜなら――


『この動画の通りなら、今の騎士養成校は、まやかしの愛の奇跡で我々をだましている!』


『政府は、我々に説明すべきだ!』


 今この瞬間も動画があちこちにコピーされ、拡散されている。

 証拠に、動画を流している間も通知のポップアップが止まらない。


『今こそ解き明かす、養成校の闇』


『陰謀論を暴け』


『若者を利用した、品評会と化した番契約』


 動画のタイトルが流れては消えていく。樹の眺めているインフルエンサーは唾を飛ばしながら樹の映っている画面を示した。


『この青年は、冷静ですね。それに対し、この最新式と言われるアンドロイドのポンコツ具合! これだから政府公認アンドロイドは信用できない!』


「……好き勝手言ってる」


 樹は耐え切れなくなって動画を切った。ため息をついて、ふと視線を机の上――正確には机の真ん中でスリープモードになり、ご丁寧に鼻提灯を作っている玄武を見た。


「……ねえ」


「……ふご」


「おい、起きてるだろ。寝たふりすんな」


 つんつんと指先で玄武の鼻先をつつくと、やっと目を開いた。


「ふあ? なんじゃあ?」


「すっとぼけやがって。この動画、玄武が上げたの? もしかして」


 樹が件の動画を見せると玄武は何も言わない。言わなかったが、にやりという擬音がぴったりな顔で笑った。


「おい」


「ふおっほっほ。わしは、なあんもしとらんよ」


「嘘つけ。顔がどう見てもやりましたって顔だったわ」


 樹は深いため息をついた。


「ああ……なんで上げちゃうんだよ。ここまで来て、退学とか勘弁してほしい」


「ふおっほっほ。心配症じゃの。そこまでこの国の監視体制は厳格ではないわ。安心せい」


 樹は、ちらりとクラスメイト達を見る。樹と目があいそうになるとそらす者、目を輝かせている者と反応は様々だ。とはいえ、本日、樹に嬉々として近づいてくる生徒はいない。出方を見ている、というところか。


「……面倒なことになりそう」


 ぼやいていた時だった。

 妙に、気になる靴音だった。廊下を誰かが歩いていて、樹の教室の前で止まった。


「あの」


 聞こえた声に耳がなじんだ。何故、と自分に問いかける前に玄武が呟く。


「おんや? あの子は、昨日のお嬢ちゃんじゃないか」

「はあ?」


 樹は、視線を教室の扉へ向けた。そこには、綺麗に櫛を通した黒髪に、栗色の瞳の鼻筋がすっと通った少女が立っていた。


「ああ、やっとお会いできましたね」


「……何か、用?」


 じわりと手に汗がにじむのを、気づかないふりをする。玄武の目が青く光ったが無視した。

 少女は樹の感情など無視して許可もしていないのに、教室後方にぽつんと座る樹の元へ歩いてきた。


「私、高台椿と申します。昨日は、ありがとうございました」


 綺麗な一礼。さらりと流れる黒髪の一本一本が絹糸みたいだなどと、少し前に読んだ小説の一文を思い浮かべる。絹糸なんて見たこともないくせに。


「わざわざ、どうも」


「あの、お願いがあって来ました」


 心臓が、うるさい。顔を上げた椿の柔らかな栗色の瞳が、綺麗だななんて馬鹿なことを思う。


「私と、パートナーになってください」

「……正気?」


 思わず出た言葉には樹自身も自覚していないほどの、戸惑いがにじんでいた。それでも、椿の瞳はそらされることなく樹を見る。


「はい」


「俺、庶民だよ」


「関係ありません」


 椿は自分の両手を握りしめる。


「あの時、誰も来てくれなくて。助けてと叫んでも、アンドロイドさえ遠巻きにして。貴方だけが、来てくれた」


「貴方だけが、私を助けようとしてくれた。それが、運命のようだって思ったんです。それとも」


 すっと温度が無くなって、悲し気に眉が下がっていく。


「もう、お相手がいらっしゃるんですか?」


「いや、いないけど」


 間髪入れずに答えたことで、玄武が笑った。


「ふおっほっほ。全く、素直じゃないのう」


「なんだよ、玄武」


 気をそらしたくて樹は玄武を見た。玄武は、補助AIだ。ロボットだ。そんなこと、樹はわかっている。分かっているのに、玄武の目は――無機質なカメラのはずの目は何処か優しい色を浮かべているように映った。


「素直になるんじゃ、樹。もう、決めておるじゃろ?」

「……」


 樹は、椅子から立ち上がって椿を見る。椿の方が樹より頭一つ分ほど背が低く、見上げる形となってしまう。それに気づいて、樹は、少しだけ膝を曲げた。


「多分、面倒なことになるよ。動画、見た?」


「はい。見ました」


「でも、ちゃんと決めてきました」


 椿は一度目を閉じて、ゆっくりと開いて真っすぐ樹を見つめ返してきた。


「昨日の時点で、そう、決めてきました」


 笑顔で告げる椿に樹は、頷いた。


「……分かった。俺も、覚悟を、決める。これから、よろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


 お互いに手を差し出して、硬く握り合う。教室内のざわめきが消えて、二人だけの世界になった気がした。

 ゆっくりと流れ出すお互いの魔力が指先から伝わって体を温めていく。

 その温度に目を細めて二人は自然と微笑みあっていた。





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