第二十七話 高台家の当主と娘
「な、んで……」
椿の顔色がどんどん悪くなる。樹はとっさに椿を庇うように前に出る。
「あんたら、椿さんのとこの人?」
「そうです。高台家に仕えております」
口調こそは丁寧だが、樹に向ける視線は冷たい。樹が振り返ると椿の顔色は真っ青で、視線もおぼつかない。
「……具合悪そうだから、またにしてくれない?」
「それなら猶更、お屋敷で休んでいただきましょう」
何があっても連れていくつもりのようだった。樹はとっさに胸ポケットの玄武をつかむ。
「玄武、ごめん」
「いいぞ。任せろ」
樹は玄武を手のひらに隠すと椿の手を握るふりをして握らせる。
「え……」
「待ってて。大丈夫、何とかする」
握らされた玄武を椿は手の中に隠す。それに気づかないまま、黒服たちは樹を押しのけて椿を囲み連れていく。
通行人も、黒服たちの圧に自然と道を開けていた。そのまま椿は、黒塗りの車に乗せられる。
「……」
しばらく走るが、椿は高台家の屋敷方面ではないことに気づいた。
「どこに……?」
椿の問いに黒服は簡潔に答えた。
「旧帝ホテルです。東三条グループ会長のお孫さまが、お嬢様と是非お会いしたいと打診があったそうで」
「東、三条?」
椿は信じられないと首を振る。
「どうして、そんな名家が……わが国の医療ロボット、介護用アンドロイド開発のパイオニア的な家でしょう?」
「お嬢様を学園の配信で見かけたそうで」
椿は、何かをあきらめたように瞳を伏せる。
「……あれで」
「嘆くことはありません。むしろ、高台家にとっても、お嬢様にとっても良い話です。東三条家の、おまけに直系の方です」
「将来はグループ会社の社長、役員クラスが約束されていて」
慰めているつもりなのか、あれこれと色々言われるが、椿の耳には届いていない。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「あ……」
右手に握っていた玄武が、小さな声で尋ねてきた。そっと手のひらを開くと心配そうに椿を見ている。
「……私」
「落ち着くんじゃ。心拍が乱れておる。ゆっくり深呼吸じゃよ」
「……はい」
何度か深呼吸をしていると落ち着いてきた。椿は、玄武を両手のひらで包みながら考える。
(樹くんが、待っててって言ってくれた。それに玄武もいる)
椿にとってこれほど心強いことはない。一人ではないのだ。
(お見合いは、しなきゃだろうけど先方と顔を合わせた後は、帰ってしまえばいいんだわ。そうよ)
椿は頷いて前を向く。
(大丈夫。玄武がいれば、樹くんとも会える)
椿の瞳に光が戻る。もう、言いなりになるばかりは、ごめんだ。
*
ほどなくして、旧帝ホテルに到着した椿は、玄武を肩に載せ長い髪で隠す。
黒服の後についてホテルに入ると、仏頂面の父親が待ち構えていた。
「やっと来たか。というか……だらしがない格好だな」
「ご不満なら帰ります」
椿の言葉に父親のこめかみに青筋が浮かぶ。拳を握りしめたのを見て身構えていると、黒服の男が囁いた。
「旦那様、お相手がお待ちです」
「……そうだったな。今日は、致し方ないか」
息を吐いてエレベーターのボタンを押す。ほどなくして到着したエレベーターに押し込まれ椿は父親と二人、上の階へ向かう。
「いいか、決して粗相のないように。折角、お前を見初めてくださったんだ」
「……」
「椿。いい加減にしなさい」
父親は、椿に厳しい声を出す。
「何が不満なんだ。騎士養成校に入るというのも、嫁入り先を見つけてくるというから認めたのに」
「番になったと聞けば、相手は、庶民の何の後ろ盾もない男だと?」
「卒業までというから我慢してやっているのに、他になにを」
椿は我慢がならず目を見開き、言い返してしまう。
「彼を、樹くんを、馬鹿にしないでっ!」
エレベーターが到着し、ゆっくりと扉が開いた。
「……何を夢を見ているか知らないが、現実を見ろ。これは、お前のためなんだ」
椿は唇をかみしめる。口惜しさと怒りを抑えるように。そんな椿を父親は無視して背中を押す。
そのまま椿は押し出されるように外に出された。




