第二十話 樹の故郷、石ノ霧町
駅に降り立ってすぐ見えたのは――左右に並ぶ商店。
「あら、樹くんじゃない」
八百屋の看板がついた店から、ふくよかな女性が顔を覗かせる。
「おかえりなさい。あら、どうしたの隣の可愛らしいお嬢さんは」
「え!?」
八百屋のおかみさんの言葉が聞こえたのか、商店の面々がぞろぞろと出てくる。何なら、客で訪れていた住民まで。
「おおい、なんだよ。お前、ついに彼女連れて帰ってきたのか?」
「えらいべっぴんさんじゃないか!」
樹の背中をばしんばしんと激しく叩く男性に樹は、顔をしかめる。
「おじちゃん! そういうのを、デリカシーがないって言うんだよ!」
「いっちょ前にませやがって」
「はっはっは。こりゃあ、由香里さん、喜ぶだろうな」
椿は、ただただおろおろと立ち尽くすしかない。そんな椿に、八百屋のおかみさんが近づく。
「お嬢ちゃん。お近づきの印にどうぞ。貰い物で悪いけど」
紙袋には何やら果物や菓子が詰め込まれている。
「え、そんな……お、お構いなく」
椿が断ろうとするのを、横から現れた別の女性が止める。
「遠慮しないでもらってやって。そこのお父さん、甘いもの食べ過ぎて、先生に怒られたそうでね」
言いながらその女性も瓶ジュースを二本紙袋に入れる。
「うちも怒られたから、あげるわ。おやつに飲んでちょうだい」
「え、あ、ありがとうございます」
椿が助けを求めるように樹を見るが、樹は樹で見ていない間にあれもこれもと持たされている。
「これ、先生に渡してくれな」
「先生には世話になってるからなあ」
「持てない。持ちきれない! 毎回、俺に持たせるのやめてってば!」
言いながらも樹は律義に受け取って抱える。椿はハラハラしながら、樹の傍に寄った。
「だ、大丈夫? 私も持つよ」
「……悪いけど俺の鞄だけ、頼んでいい?」
「勿論」
樹のボストンバックをスーツケースに載せて、樹の家へ向かう。
「樹くんのご両親、慕われてらっしゃるのね」
「この町で唯一の医者ってのもあるかな。父さんが来るまで、隣の隣まで行かないと病院にかかれなかったらしくて」
樹の説明に、椿はなるほどと納得する。
歩いていると、目の前に白い豆腐のような建物が見えてきた。入り口には軽自動車が二台ほど停まっており、自動ドアには診療時間が書かれた紙が貼られている。
「三橋クリニック……ここ?」
「うん。家は、クリニックの裏にあるよ」
クリニックの横の道を進んですぐ、木造の二階建て家屋があった。玄関に近づくと、中から鍵が開く音がして人が出てくる。
「あら! おかえりなさい」
ふくよかだが、目鼻立ちがすっきりとした上品な女性が現れた。椿は慌てて頭を下げる。
「始めまして、私、高台椿です。樹くんには、あ、三橋くんにはいつもお世話になって」
「あら、まあ!」
女性は、目を輝かせて椿に近づき、肩を抱いた。
「あなたが椿ちゃん? まあ、本当に可愛らしい子! 来てくれてありがとう」
椿は驚く。優しい茶色の目に、温かい手。椿の肩を抱く力も優しい。
「はじめまして。私は樹の母の由香里です。頑張って準備したけど、足りないものがあったら遠慮なく言ってね」
「は、はい。ありがとうございます」
優しい声と温かい手は変わらない。その事実が、椿の中で驚きとして衝撃の波が広がっていく。
(樹くんが、優しいのは、このお母さんだから……かしら)
「母さん、商店のみんなが、父さんにって色々持たされたんだけど。台所でいい?」
「ええ、いいわよ。適当に置いておいてちょうだい」
由香里の言葉にうなずいて樹が家の中に入っていく。それを見て由香里が椿へ声をかけた。
「そういえば、お昼ご飯は食べた? 夕飯は、お父さんが張り切ってお寿司を取ってくれるらしいから、軽くしときましょうか」
「何から何まで、ありがとうございます」
「あら、そんなにかしこまらなくていいのよ。リラックスしてね」
椿が礼を言うと由香里は、微笑んだ。




