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第十六話 家族の温度差


 夏が近づいてきた。


「あっつう」


 アスファルトの照り返しが厳しい季節である。校舎に入ってしまえば冷房が効いているため涼しいのだが。


「移動中はどうしようもないのう」


 外気温でエラーにならないようにガーゼで包まれた保冷剤を抱えている玄武が呟く。定位置の樹のポケットではなく、現在は樹の鞄の外ポケットに収まっている。


「日傘を買えとあれほど」


「たった五分程度だし、絶対日傘置いて帰りそう」


「確かに。雨の日に持って行って、帰りが晴れていたからとそのまま手ぶらで帰ってきておったな」


 玄武が納得した時だった。


「樹くん」


 振り返ると可愛らしい白い日傘をさしている椿がいた。


「椿さん。おはよう」


「おはよう」


 椿は自然に樹が入れるように傘を調整する。それに気づいた樹が目を細めた。


「ありがとう。日傘いいなあ」


「買わないの? 男の人用の大きい日傘が沢山あるよ」


 時間が経過して随分と気安くなった口調に、樹は内心うれしく思う。わざわざ言う話ではないが。


「多分買っても、玄関に置き忘れそうなんだよね」


「日傘なら教室に置いておけるんじゃない?」


「いいや、それでもきっとこやつは忘れるぞ」


 玄武が言えば、椿は驚いたように樹の鞄を見下ろした。


「あら、今日は鞄なのね」


「うむ。保冷剤を抱えているとな、胸ポケットに入らんのじゃ」


「なるほど」


 話しているとあっという間に校門に到着した。それぞれ別れて校舎に入る手前で、椿は「そういえば」と樹を見上げた。


「もうすぐ夏休みだけど、樹くんはどうするの?」


「実家に帰るよ。そんな長々は帰らないけど」


「実家ってどちら?」


 椿の質問に樹は自分の実家のことを話していなかったことに気づいた。


難波街(なんばまち)だよ」


「あら、そうなの? でも、全くなまってないわね」


 西のほうにある大都市で、特徴的な方言が残っている土地である。


「元は、こっちにいたんだけど母さんの妊娠を機に瘴気が残っている地域が少ないって理由で移ったんだよ」


「それでも、学園に入るまではいたんでしょう?」


「うちがある所は、よそから移ってきた人が多い地域なんだ。そのせいかな」


 校門が閉まる音がする。授業が始まるのもすぐだ。


「後でまた」


「ええ。またね」


 お互いの校舎に入り、椿は日傘を閉じた。


「……実家か」


 呟いた椿の顔から表情は抜け落ちていた。



 高台家は、長く続く由緒ある家である。

 主に官公庁の役人や官僚、時には政治家を排出する名家だ。

 ただし、魔女や騎士を輩出する名門ではない。


「……それで、椿から連絡は?」


 薄暗い食堂で現当主である椿の父親が対面に座る長男、梨久に声をかけた。


「今のところは、なにも」


 簡潔に答えると梨久は、美しい切れ長の瞳を伏せた。


「もうすぐ夏季休暇だろう。戻ってきたら、見合いをさせねば」


「話がきているので?」


 梨久の問いに当主は口を閉じる。


「……はっきりとした返事は来ていない」


「例の動画のせいですか?」


 梨久の言葉に当主は深いため息をついた。


「まったく……何が運命だ。学園に問いただせば、一時的なバグだなんだのと。明確な報告は一切ない」


「そうですか」


 梨久はスープを飲み終わると立ち上がった。


「そろそろ出ないと。すみません、父上。お先に」


「そうか。気をつけろよ」


 笑顔でうなずいて梨久は食堂を出る。急ぎ足で長い廊下を進んでいると、玄関で母親にかちあった。


「あら、梨久さん。お仕事なの?」


「はい。またしばらく泊まりになりそうです」


「大変ね。内政省の役人は」


 気遣うような母親の視線を流してから梨久は玄関を出て待っていた車に乗り込んだ。


「……はあ。たまには顔を見せろというから無理に時間を作って来てみれば」


「椿お嬢様のことです?」


「ああ。椿がいつ戻るか知りたかったんだろうな」


 深く車のシートに身を預けて梨久はぼやく。


「あんな、政略結婚の道具扱いしていれば連絡も来ないだろう」


「……私としてはお元気な姿を見たいですが」


 何処か寂しげな声を出す運転手に梨久は曖昧にほほ笑む。


「そうだな。もし連絡が取れたら……顔だけ見せに戻ってこいと言ってみるよ」


 運転手に言ったものの、梨久は椿によくにた整った顔をゆがませる。


「とはいえ、戻ったら望まない見合いだらけだろうし。言いにくいな」


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