第十五話 ライバルは、去らず
椿は、走っていた。
「はあ、はあ、はあ」
その右手にはスマートフォンを握りしめている。学園公式のアカウントで先ほどまでリアルタイム配信がされていた。
「樹くん……」
もつれそうな足を誤魔化しながら走る。
気づいたのは、昼休みがもうすぐ終わる頃だった。クラスメイトが騒いでいたので理由を尋ねると、教えられたのだ。
「九条さまの試合が配信されているの!」
興奮気味に見せられた画面では、樹が戦っていた。いてもたってもいられずに、教室を飛び出してきて、今である。
「はあ、はあ」
訓練場は裏手にあり、魔女科の校舎からは遠い。
昼休みが終わったことを告げるチャイムが鳴った。けれど、椿は止まれない。何とか訓練場に到着した。
「はあ、はあ」
息を整えて、扉に手をかける。思ったよりも手ごたえがない扉に安堵して、中へ入る。入ると、勝負は終わっていた。
「樹くん!」
大剣を支えに何とか立っている樹を見つけて、椿は階段を駆け下りた。階段を半分降りたところで、樹が振り返った。
「椿……さん?」
「樹くん、大丈夫?」
勢いのまま駆け寄って、椿は樹の状態を確認する。
「怪我は?」
「ないよ。疲れてるだけ」
受け答えはしっかりできている樹に、椿もほっと息を吐いた。
「椿さんが、魔術エンチャント、見直してくれたから、勝てたよ」
「え」
椿が驚いて樹を見る。樹は笑っていた。
「すごいね、ほんと。この間、時間があるからってアプリとか見直して組みなおしてくれたお陰だよ」
「なるほど」
樹に何と答えようか迷っていた椿の耳に、別の声が割り込んだ。
見れば、教官と職員が立っていた。
「魔女科でも、学年一位を維持している高台くんの手が入っていれば、あの数値は納得だ」
「高台くんの調整こみなら、条件が違いすぎますよ」
職員が唾を飛ばしながら言えば、九条が起き上がる。
「やり直しはしない。仮に出力を落とさせて勝ったところで、お情けをもらったようなものだ」
立ち上がると九条は制服の汚れを手で払う。
「全く。ここの職員は、一々癇に障る」
「九条様、ですが」
職員が言葉を発しようとしたのを控えていた黒服が遮る。
「坊ちゃまの誇りを、ご意思を馬鹿にするのか」
目を怒らせる黒服に職員は口をつぐむ。青い顔で引っ込んだのを見て九条は笑った。
「ふふ。どの道、彼女は彼だから手助けしたんだよ。僕なら、こうはいかないさ」
言って九条は歩き出す。
「九条様?」
「流石に疲れたからね。早退させてもらう」
「了解しました」
「ああ、それと」
九条は階段の途中で振り返る。
「いつか必ずリベンジさせてもらうよ、三橋くん。だから、もっと強くなっていてくれ」
彼は笑う。あこがれと、ほんのわずかなあきらめをにじませて。
「僕みたいな半端ものが、騎士になりたいと願ってしまうくらいに」
「……受けて立つよ。待ってる」
樹の返事に満足したように笑って九条は黒服たちを連れて去っていった。
*
「悪い人じゃなかった、みたいですね」
訓練場を出て椿の口から自然とこぼれ出た。
「うん。彼は彼の正義で動いているだけだよ」
樹の言葉に椿は頷く。
「あんな、優しい顔で笑う人なんですね」
「樹に気を許したんじゃろうなあ」
樹の左ポケットに戻った玄武がしみじみと呟く。
「なるほど……ということは」
椿の顔が、険しくなる。樹が首をかしげると、椿の目が大きく開かれた。
「もしかして、ライバル!?」
「誰と、誰が?
」
理解ができずに樹が尋ねると椿は大まじめに自分を指さす。
「私と、九条さまです」
「はい?」
「樹くんを間に挟んで……これは、由々しき事態です」
「落ち着いて」
どうどうと荷物を抱えているため片手で宥めつつ、樹は苦笑いする。
「多分、決着は一応着いたから元の学校に戻るでしょ」
樹の言葉に椿は納得した。だが。
翌日。
「やあ、三橋君」
輝く笑顔で樹の隣の席に座っている九条を見て、樹は顎が落ちる程ぽかんと開けてしまう。
「な、んで?」
「何がだい?」
「いや……元の学校に戻るものだとばかり」
九条は驚いたような顔をしてみせる。
「何を言ってるんだい。昨日、言っただろう? 本格的に通うことにしたと」
「……あれ、本気だったの?」
「そうさ。普通の勉強は、とっくに終わっているし。それに、ここを卒業すれば色々便利なんだよ。将来的に」
「そう、なんだ」
「と、いうわけで」
九条は、立ち上がって樹に手を差し出した。
「改めてよろしく、三橋くん」
「……よろしく」
差し出した手を固く握りしめられる。
ちなみに、その事実を知った椿はしばらく九条を警戒し続けていた。




