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第十七話 思いの分析は、やりすぎ注意


「へえ、君は難波街の出身なのかい」


 実技訓練で、二手に分かれるように言われ樹は九条と柔軟をしていた。

 期末試験前の最後の訓練である。次は実技試験となる。


「九条くんは、ずっとこっち?」


「そうだね。でも難波街は幼い頃に旅行で連れて行ってもらったことがあるよ」


 背中を伸ばしながら九条が答える。


「梅駅のぶたまんは印章に残っているよ」


「食べたことあるの?」


「あるよ。父上が好きだから、定期的に取り寄せてる」


「意外と、庶民的な味が好きなんだね」


 足を片足ずつ伸ばし、屈伸運動をする樹に「そうだ」と九条は明るい声を出した。


「誘ってあげなよ、高台くんのこと」


「へ!?」


 素っ頓狂な声を出す樹に九条はお構いなしに続ける。


「泊まるところは、適当に君の家近くのホテルでも指定すれば」


「……いやいや」


「ご両親が嫌がる人?」


「いや、むしろ喜ぶと思う」


 何なら昨日の夜も母からは「椿ちゃんに会いたい」などとメールが来ていた。


「でも椿さんが、困ると思う」


「困らないと思うよ。むしろ、喜ぶんじゃない?」


 九条の提案に樹は顔をしかめる。


「そんな勝手な」


「まあまあ。試しに誘ってごらんよ」


 話をしているうちに樹が教官に呼ばれる。


「三橋! お前、試験で使う武器の構成、ちゃんと書け。アプリ名じゃわからん」


「え」


「おやおや。優等生なのに」


「うるさいなあ。はあ、行ってくる」


 樹が教官の元へ歩いていくのを見送りながら九条は呟いた。


「……予定があったほうが、助かるだろうからさ。彼女も」


 同情するような声音だったが、誰にも九条のつぶやきは拾われなかった。



 椿は、放課後の教室に一人残っていた。

 机の上には、スマートフォンが置いてある。椿はずっと、開かれたままのメールの文章を眺め続けていた。


「……顔だけ見せて、か」


 兄からのメールだった。


『忙しいだろうし、嫌だろうけど皆が心配しているから』


『私も椿と久しぶりに会いたい』


 椿はため息をつく。


「……お兄様や、爺やたちには会いたいけど」


 不機嫌そうな顔の父親が頭に浮かぶ。


(お見合いだとか、言うんだろうな)


 椿の中で重りが増えていく。

 元々が、無理に入ったのだ。この学園も。


(私は、あくまでも政略結婚の駒)


 よい家に嫁ぐために、そのためだけに生きてきた。

 そのためだけの礼儀作法を身に着け、茶道や華道といった「良いところに嫁ぐための」ことを学んできた。


(ここに来れば、魔女になれれば家を頼らなくても生きていける)


 希望だった。椿にとって。だから――だからこそ、樹に出会えて本当に心の底から安心したのだ。


(私は、家に帰らなくていいんだって……でもそれって)


 椿は自分の中に眠る感情に気づいた。気づいてしまった。


(私は、本当に樹くんのことが好き、なの?)


 利用していないだろうか、彼を。


(彼のやさしさに甘えていないかしら)


 どんどんと日暮れの教室のように暗く沈んでいく椿の耳に馴染んだ声が響く。


「椿さん? どうしたの?」


「樹、くん?」


 暗かった教室の電気を樹がつける。明るくなった教室で椿は、時計の時間を見た。


「え、もう、こんな時間?」


 時計は七時をとうに過ぎていた。通常ならとっくに校舎を締め出されている。


「私ったら……考え事していたら、こんな」


「そうだったんだ。どおりで」


 樹は椿の前までくると、椅子に座って視線を合わせる。


「なんか悩み?」


「え……そういう、わけでは」


「言えない?」


「……言えない、というか。何といえばいいか、わからなくて」


「そっか」


 樹は、頷いてから微笑んだ。


「じゃあ、もし言ってもよくなったら教えて」


「……ありがとう」


 樹の優しさが今は痛い。心臓のあたりが、チクチクと小さく痛む。


「話変わるけど、いい?」


「え、ええ。勿論」


 椿が頷くと樹は、どこか伺うような顔で椿に尋ねてきた。


「夏休み、椿さんは……予定、ある?」


「今のところは、私はなにも」


「そうなんだ。あの、よければ、なんだけど」


 樹は申し訳なさそうな顔で椿を見た。


「うちの母さんが、早とちりしちゃって」


「え?」


「あの、椿さんをうちに、遊びにおいでって誘ってみるってだけ伝えたんだけど。それが何でか、確定事項と受け取っちゃったみたいで」


 樹は証拠のつもりなのかスマートフォンを取り出す。ちなみに玄武は、樹の左ポケットでニヤニヤした顔を覗かせている。


「二階建てなんだけど、うち。一階に和室があって……椿さんが布団が大丈夫ならここを客間にするって」


「え」


「とはいえ、なんかもう、準備進めちゃってるんだよね」


 見せられたスマートフォンには、椿の目にも高級そうと分かる布団が一セット和室に敷かれている。


「好きな食べ物は、とかアレルギーは無いかとか、さっきまで通知が止まらなくて」


 見れば確かに、母と書かれたアイコンからいくつものメッセージが続いている。


「……私、お返事していいですか? お借りしても?」


「いいよ、どうぞ」


 樹からスマートフォンを受け取って椿は、ゆっくりと打ち込む。


「……フリック入力じゃないんだ」


「実は、フリック操作苦手なんです」


「そうなんだ」


 丁寧に一つずつ答えていき、椿は、呼吸を一つして打ち込んだ。


『ありがとうございます。お伺いするの、楽しみにしております』


 椿は、樹にスマートフォンを返しながら笑顔を浮かべていた。けれど、その目にはどこか影がにじんでいる。


(こうやって、また助けてもらって……勝手に救われた気持ちになってる)


 誘われて、歓迎されて嬉しいと思う心は確かにある。

 それなのに、どうしても浮かんでしまった考えが消えない。それでも。


(彼の優しさの元であるご両親にお会いしたら、私の気持ちも定まるのかしら)


 今の椿には分からなかった。


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