#11 争いの爪痕
今から六年前、ケイオスがセントラルへ独立戦争を起こした。
圧倒的に人数で勝るセントラル軍の勝利で、すぐに決着が着くと思われていたこの戦争は、ケイオス軍の開発した『魔動兵装』により、予想を大きく裏切る結果となった。
魔石へ精霊を封印し、動力とすることで可能となった強力な兵器は、たった一機で百人の魔法兵団並の活躍を見せた。
その為、戦争は長期化し、戦火は大きく広がっていった。
その戦火に巻き込まれ、俺達は住む家と家族を失った…。
あとはもう野垂れ死ぬだけだった俺達を引き取って育ててくれたのは、教会のシスター・ジーナだった。
シスター・ジーナは戦争で親を失った子供たちを何人も保護していた。そのせいで生活はいつも貧しかったが、俺たちは本当の家族のように過ごしていた。
ある時、教会に軍人どもがやってきて、シスターを拘束しやがった。
同行した役人は、シスターが『国から支給されている教会の運営費を横領した罪』で逮捕する、と罪状を読み上げた。
冗談じゃねえ。シスターはいつも繕ったボロい服を着てたし、化粧してるところも見たことがなかった。とてもじゃねぇが、横領して私腹を肥やしてる人間の身なりじゃなかった。
そもそも、運営費なんて言葉を初めて聞いた。教会はいつも少しばかりの寄付と、子供ながらに働いた俺達の駄賃で、なんとかギリギリ生活していたんだ。
なにかの間違いだと俺達は訴えたが、あいつらは、まるで聞く耳を持たなかった。『保護』という名目で俺達も捕らえられ、収容施設へと連れていかれた。
最初こそ、これはなにかの間違いですぐに解放されると思っていた。だが、程なくして気付かされた。
最初からすべて仕組まれていたのだと…。
『シスターを解放してほしいなら、国の為に役に立て。功績をあげたら恩赦を与えてもよい。』
交換条件を楯に、俺達は兵士としての特殊な訓練を強いられた。戦闘訓練や魔法訓練、魔動兵装の操縦訓練。血反吐を吐きながら、俺達は訓練に耐えた。
そして、戦地へ送られた。
俺達がやらなければ、今度は下の兄弟たちまで戦場に出なきゃならなくなる。負けることも、死ぬことも許されなかった。
ただ、みんなであの教会へ帰ることだけを考えて、俺達はがむしゃらに戦場を駆け回った。
そしてある日、俺達が敵地のど真ん中にいた時、停戦協定が締結された。すると、軍の奴らは俺達に待機命令を出して、とっとと自分達だけ撤退して行きやがった。
停戦したとはいえ、その瞬間から戦闘が無くなるわけじゃねぇ。こっちは命のやり取りをしてたんだ。
仲間や家族を殺された、町を壊された。いろんな恨み辛みをもった奴らがいる。軍の奴らは俺達を置き去りにすることで、自分達だけが安全に撤退する時間を稼いだのさ。
「その時に俺達の所属していた部隊を率いていた軍が、サルバトールの軍だ…。」
一夜開けて。俺達はキースの部屋に呼ばれていた。
自分達の過去を、静かに淡々と話すキースの纏う空気は、怒っているようでもあり、哀しんでいるようでもあった。
しんとした部屋に、外から騒がしい声や音が聞こえてくる…。
朝早くに、ニケ達がジークフリートに乗って帰って来た。昨日の夜に、ニケ隊の姿を見かけたような気がするのだが、どういうことなんだろうか…?
まぁ、それはさておき。
おそらくそのせいもあって、午前中から倉庫に業者さんみたいな人達が出入りしていて騒々しい。
彼らは、ジークフリートのメンテナンスをしている人達らしいのだが、床や壁の壊れたところも、ついでに直してくれた。
この世界では、このくらいの建物の損傷はこんなにもあっさり直ってしまうのかと、驚かされる。
おかげで怒られることは無かったが、状況が状況なだけに、お互い話し合いは避けられない。
「俺達は元々ドブネズミだ。たとえ敵地に捨てられようが、簡単にはくたばらなかった。こうやって国境際の都市で運び屋をやってんのも、離ればなれになった兄弟やシスターの手がかりを探すためだ。」
普段は豪胆な態度のキースではあったが、この時ばかりは『弱さ』を見せたように感じた。この、一瞬の沈黙の間にどれだけ壮絶な記憶を思い起こしていたのだろうか。
ヴィーさんが、自分達もワケありだって言ってたけど、確かに簡単に話せるようなワケでは無いな。
「正直、俺達がお前らを拾ったのは金になると思ったからだ。最悪、奴隷として売っちまえばいいし、お前らを追いかけてる奴らに身代金を吹っ掛けりゃ、大金になると思ってた。」
〈…ひ、ひとでなし…。〉
「だが、相手がサルバトールだっつーんなら話は別だ。おめぇらはなんで奴に追われてる?」
俺とりんごは顔を見合わせた。
りんごは、何かから逃げようとして、俺のいた世界へと迷い込んだのか…。
「追われてるのはボク。ユーリはボクのこと助けようとして巻き込まれちゃっただけだよ。」
俺はドキッとした。助けようとしたのは確かだが、巻き込まれたのではなく、本当は俺が勝手に首を突っ込んだのだ…。
「ボクを拘束していた奴の名前は知らない。ボクは拘束されてた封印が解かれたから、逃げてきただけ。」
「逃げた?奴の城からか?」
「ううん、お城みたいな形では無かったよ?森の中にいくつか建物が建ってて、塀で囲まれてた。」
それを聞いたキースは、目の色が変わった。
「わざわざ魔獣の住む森にそんなもの作ったんだ。どうせ、人に見られたくねぇような事をしてるに違いねぇ…。」
「落ち着きなよ、キース。」
隣で聞いてたヴィーが、キースの肩にそっと手を置いた。
「ごめんよ、怖がらせちまって。じゃあ、りんごは自分がどうして奴らに狙われているのか、理由を知ってるのかい?」
「んー?やっと実験に成功したって言ってたから、そのせいかな?
「…実験?」
「たぶん、ボクの事をこの体に召還したことを言ってるんだと思うけど…。詳しくはボクにもわかんない。」
「精霊を…、人体に召還…だと?そんなことが可能だってのか?」
ヴィーもキースも困惑の表情を浮かべている。それがどれほど凄いことなのか、俺にはさっぱりわからない。だが、この反応は少なくともりんごが精霊だってことは信じてもらえた、ってことか。
「なるほどな。ユーリ、お前、りんごを逃がす為に奴らを裏切ったって訳か。」
「…え?いや、そ、そういう訳じゃなくて…。」
その時、バタバタとした足音と共に、ビスケが部屋のドアを開けた。
「キース!セントラルの領事館から使者が来たぞ。昨夜の件で、早速イチャモン付けに来たんじゃないか!?」
「思ってたよりも早ぇじゃねぇか。さては、失敗することも折り込み済みか…。
今、行くから応接室へ通しておいてくれるか。」
「了解。」
ビスケがまたバタバタと戻って行った。
「ヴィー、こいつらを頼むぞ。」
「了解。」
二人はお互いに軽く頷くと、キースはジャケットを颯爽と羽織って部屋を出ていった。
「な、なにがあったんですか…?」
「まぁ、見てなって。」
ヴィーはそう言うと、キースの出ていった扉の方を見て微笑んだ。
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キースが応接室へやってくると、部屋の前でビスケが待っていた。
窓の外に目をやると、ストゥルベルクの衛兵がうろついているのが見えた。
キースはそれを見てフッと鼻で笑い、応接室の扉を開けた。
ソファには身なりのいいチョビ髭の男が座っていて、傍らにはストゥルベルクの衛兵が一人が立っていた。
「お待たせしました。」
ガラにもないちゃんとした敬語で挨拶すると、キースも向かいの席に腰かける。
「流星団代表のキース・ヴァレンシアです。本日はどういったご用件で?」
すると、チョビ髭の男が鼻息を荒くして話し始めた。
「惚けないで頂きたい。私たちはあなた方がセントラル王国の人民を誘拐し、人身売買をしているという確かな情報を基に、ここへ来ているのですよ。」
「ほう。そこまでおっしゃるからには何か証拠でも?」
「証拠など、今に出てくる事でしょう。すでにストゥルベルクの衛兵がこの建物を始め、倉庫や厩舎までしらみ潰しに捜索しているのですから。」
「そんなこと、許可した覚えはありませんがね。まぁ、こちらは別に疚しいことはありませんので、ご自由に。」
堂々と振る舞うキースの態度にチョビ髭の男は動揺を隠せなかった。男の名はサンチェス。領主サルバトールからの命令でここへ来ているのだ。当然、昨日の夜襲の事は知っている。
虚勢を張っているだけだ。昨夜、戦闘が行われたにも関わらず、なんの形跡もないわけがない。おそらくは捕らえられた兵も何人かいる筈だ。
そう、サンチェスは考えていた。
「ところで、領事さんはケイオスの奴隷制度はご存知ですか?」
「サンチェスです。知っておりますとも。人身の売買は合法とでもおっしゃりたいのですか?そちらこそ、誘拐して無理矢理奴隷とするのは重罪であり、協定違反なことはご存じですかな?そんなことで、言い逃れ出来ると思わないことです。」
サンチェスは憎らしくも得意気に語った。それがどうした、と言わんばかりに。
「つい先日、奴隷登録した若くて活きのいいのがいましてね。サンチェスさんはご興味ありませんか?」
そう言ってキースはニヤリと笑った。それを見たサンチェスは、その言葉の意図を汲み取った。
「ほう?なるほど。取り引きをしようということですか…。一応聞いておきましょうか。一体、いくら欲しいんです?」
「実は、俺が欲しいのは金じゃ無いんですよ。人を探していましてね。その人物を探していただきたいんですよ。」
「人探し…?」
コンコン
扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します。捜索の結果が出ました。」
「いいぞ、入れ。」
ガチャっと扉を開け、兵士が一人部屋へ入ってきた。
「建物、倉庫、厩舎、その他庭など捜索しましたが、誘拐された人間や、その痕跡等、発見されませんでした。奴隷は正規登録された二人のみです。」
「なんだと!ちゃんと探したのか!?」
つい、サンチェスは大声をあげた。
昨日の夜、戦闘が行われたはずの場所に、このタイミングで押し掛けてきたのだ。痕跡を隠すにしても間に合うはずがないし、襲撃したはずの精鋭部隊はどこへ消えてしまったというのか。
「どうしました?まるであることが分かってるものが見付からなかったような顔ですな。」
サンチェスは困惑しながらキースの表情を改めて伺う。表情は穏やかだが、よく見るとその瞳は冷たく、ジッとこちらを見据えている。
サンチェスは戦慄した。こいつは部隊を全滅させ、皆殺しにしたのだ。しかも、戦闘の痕跡が残らない程、圧倒的且つ、一方的に…。
だが、実はここにキースの策略があった。実際に流星団の実力は高いのだが、一個小隊を無傷で全滅させる程の実力差があるわけではない。
『寝込みを襲う』という相手の、裏をかいたからこそ、それを可能にしたのだ。
しかし、そんなことを知るよしもないサンチェスは、与えられた情報から推測するしかなかった。そしてそれは、流星団の実力を過大に評価させるのに、十分な情報であった。
「い…、いいでしょう…。その、人探しとやらの条件を飲もうじゃありませんか…。」
「おや?今回の強制捜査と、私からの提案は別の話なのですが?まるで、そちらが本命だったような言い方をなさる。」
キースの言葉がサンチェスの心に突き刺さる。キースは、動揺して思考の鈍ったサンチェスから、完全に話の主導権を奪い取った。
「ここから先は、私とサンチェスさんとの個人的な取り引きだ。一度、軍人さん方とお引き取り頂けますか?」
「そ、そうですね…。どうやら情報はデマだったようです。時間をとらせて悪かったですね…。」
「いえ。お気になさらず。サルバトール伯爵にくれぐれも宜しく御伝えください。」
サンチェスは額から脂汗が吹き出た。
こ、こいつ、一体どこまで知っているのだ…。
キースの表情は、変わらず穏やかなままだ。そしてその目は、こちらの心を見透かしているかのように見えた。
なんなんだこいつは…、気味が悪い…。
サンチェスは早々に、兵士達を連れて撤退していった。
引き上げていく兵士達とサンチェスを窓越しに見送りながら、キースは外で隠れていたニケに合図を送る。
変装し、サンチェス達の後を付けていくニケに、誰も気が付く者はいなかった。




