【第4話 実はポンコツ】
入社して数年が経ち、成美は職場でもすっかり頼られる存在になっていた。
仕事の飲み込みは早く、配慮も行き届く。
上司や先輩からの信頼は厚く、後輩からも
「かっこいい先輩」として憧れの目で見られていた。
ある日、給湯室で後輩が、成美の同期に目を輝かせながら話しかけていた。
「なる先輩って、本当に何でもできてかっこいいですよね。」
「私もあんな風になりたいなぁ」
「あはは、まあねぇ。仕事はすごくできるよね」
同期は笑顔で頷きながらも、心の中で「でもね」と小さく付け加えていた。
世間の評価は「完璧な成美さん」けれど、同期だけは知っている。
成美が時折見せる、信じられないほどのポンコツぶりを。
忘れもしない、新入社員の頃のことだ。
成美と同期の二人が、部長の休憩用にドリンクを聞きに行くことになった。
「部長、何かお飲み物買ってきますけど、何がいいですか?」
成美が尋ねると、書類に目を落としたまま部長が
「あー、アイス…ヒで」と答えた。
「えっ?」
成美は一瞬不思議そうな顔をしたものの、
そのまま「わかりました!」と給湯室を出て行った。
そして数分後。
成美が「お待たせしました!」と
爽やかな笑顔で部長のデスクに置いたのは
――カップに入ったアイスクリームだった。
「……」
書類から目を上げた部長は、
目の前に差し出された冷たいスプーンとアイスクリームを見つめたまま、
数秒間完全にフリーズしていた。
(普通、そこはアイスコーヒーだと思うでしょ?!)と、
横にいた同期は必死で笑いを噛み殺したものだった。
また、別の日。 仕事帰りに同期と買い物に行ったときのこと。
公衆トイレで手を洗った成美は、濡れた手を乾かそうと、
壁際にある四角い機械の中に両手を差し入れた。
ブォーン、という音は鳴らない。
手をかざしても、一向に風が吹いてこない。
じっと手を入れたまま動かない成美の後ろから、呆れ混じりの声がかかった。
「……なる、何してるの?」
「手、乾かしてる」
大真面目な顔で答える成美に、
同期は一瞬絶句したあと、腹を抱えて崩れ落ちた。
「……ッ、それ、ゴミ箱だよ!!」
「……え?」
成美が振り返り、それから自分の手元を改めて見直す。
ステンレスの枠、四角い投入口。
中には捨てられたペーパータオルが見えている。
「……ほんとだ」
「なる、しっかりしてるんじゃなかったの?!」
「知らないよ~!」
二人で声を上げて大笑いした。
こういう時の成美は、「しっかり者の成美さん」という顔を脱ぎ捨てて、
等身大の女の子に戻っている。
頼られて、期待されて、しっかりしなければいけない日常の中で。
この同期の前でだけ見せるポンコツさと、
一緒に笑い飛ばせる時間は、成美にとって、
気づかないうちに心を休められる大切な時間になっていた。




