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【第3話 初めての彼氏】

大学生になったころ

「成美ちゃんが好きだ。付き合ってほしい」

告白されたとき、純粋に嬉しかった。


「……私でいいの?」と照れながら答えた。

付き合い始めた頃の成美は、ちゃんと自分の気持ちを素直に口にできていた。



成美が話せば彼はずっと聞いてくれたし、疲れていれば気遣ってくれた。

デートの帰りに「今日は楽しかった?」と聞かれれば、

「うん。楽しかった。ありがとう」と満面の笑みで答えた。


デートがなくなれば、「えー、残念」と言えた。

もっと一緒にいたければ、「もう帰るの?」と少し寂しそうな顔もできた。


彼も笑って「ごめん、また今度な」と言い、

成美も「うん」と笑う。それでよかった。


けれど、付き合い始めてしばらくすると、成美は少しずつ考えるようになっていく。

彼はバイトや就活で忙しい。疲れている日もある。


自分が「会いたい」と言えば、彼を困らせてしまうかもしれない。

ある日、「なる、日曜空いてる?」と彼に聞かれた。


成美は少し胸を躍らせて、「うん、空いてるよ」と答える。

彼は少し間を置いて、「バイトの疲れが残っててさ」と呟いた。


成美の頭の中で、グルグルと思考が巡る。

(会いたいのかな。それとも、ただ一応聞いただけ? 本当は会いたいけれど疲れている? それとも、疲れているから休みたい……?)

どちらなのか分からなかった。


だから「無理せずゆっくりしていいよ。もしあれなら、ドリンクでも買っていこうか?」


彼が会いたいなら「じゃあ買ってきて」と言える。

本当に休みたいなら「いや、買ってきてもらうのも悪いから」と断れる。

どちらでもいい。成美は本気でそう思った。


それが、二人にとって一番いい方法だと信じていたから。

そんな小さな配慮が、少しずつ、少しずつ積み重なっていった。


「会いたい」より、「無理しないでね」。

「残念」より、「また今度ね」。


自分の気持ちよりも、相手の都合と気持ち。

それが、成美にとって「恋人を大切にする」ということになっていった。


◇

冬のある日。彼から唐突に、一本の使い古されたマフラーを渡された。


「これ、俺が高校生のとき使ってたやつ」成美は目を丸くした。

「ありがとう」 両手で大切そうに受け取る。

「そんな思い出の品、もらっていいの?」


彼は少し戸惑った顔をした。

実はこれ、本当のプレゼントを渡す前の、ちょっとした冗談のつもりだったのだ。

けれど成美は、本当に、心から嬉しそうだった。


「昔のあなたに触れられるみたいで、嬉しい」

その言葉を聞いた瞬間、彼は笑えなかった。


そんなふうに受け取られるとは思っていなかった。

成美のあまりに真っ直ぐで重みのある優しさに、

自分の軽はずみさが恥ずかしくなり、気後れしてしまったのだ。


優しい彼だった。

だからこそ、二人の間に少しずつ生まれていた小さなズレに気づきながらも、

気づかないふりをしていた。


そして、恋は終わった。

「俺たち、友達に戻らないか?」成美は黙って聞いた。

「お前のことは、いいやつだと思う」彼は続けた。

「俺がいなくても大丈夫だろ。お前ならやっていけるし」成美は少しだけ笑った。


「……分かったよ」そして、いつもの言葉を口にした。

「大丈夫」彼と別れたあと。


一人になってから、成美は少しだけ立ち止まった。


本当は、もっと一緒にいたかった。

別れたくなかった。


――でも。その言葉を伝えることはなかった。

成美はまた歩き出した。

「大丈夫」今度も、自分にそう言い聞かせながら。


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