【第24話 すれ違う視線と、小さな疑惑】
「なる……明日……会社に行くんだよな?」
夕食後、リビングで寛いでいた時、幸也がぽつりと尋ねてきた。
その声があまりにも真剣で、重かったから、
成美は思わずきょとんとしてしまった。
「えっ? 当たり前でしょ?
明日はまだ水曜日よ?休みにはまだ早いよ~」
成美がくすっと笑ってみせても、
幸也の表情は晴れない。
「……そうか」とだけ呟くと、
それ以上は何も言わず、
ソファーに深く腰かけて眉間にシワを寄せたまま考え込んでしまった。
(何だろう……? 疲れすぎてるのかな?)
成美は少し不思議に思いながらも、
その時は深く気に留めていなかった。
けれど、その日を境に、
幸也の行動は明らかにおかしくなっていった。
最初は、「男の人だし、仕事の悩みとか言えないことくらいあるよね」
「隠し事のひとつやふたつ、あってもおかしくないかな」
と自分に言い聞かせ、気にしないようにしていた成美。
しかし、違和感は日に日に膨らんでいく。
ある夜、二人に穏やかな時間が流れていた時、
幸也のスマホがブッと短く震えた。
画面を見た瞬間に幸也の顔色がサッと変わり、
「……ちょっと、出てくる」 そう言って、
上着を引っかけて夜の街へ出て行ってしまった。
そして数時間後、見たこともないほど酷く疲弊した顔で帰ってくるのだ。
また別の日の夕方。
仕事が終わって会社のビルを出ると、
エントランスの影に幸也が立っていた。
「迎えに来た。一緒に帰るぞ」 わざわざ自分の仕事を切り上げて
迎えに来てくれたのは嬉しいはずなのに、
幸也の視線は成美ではなく、
周囲の通行人や街の影を警戒するように鋭く泳いでいる。
さらに別の日。
せっかくの休日なのに、幸也は自宅にいても落ち着きがない。
窓の外をチラチラと気にしたり、
スマホを握りしめたままリビングを行ったり来たりしている。
(どうして……? 幸也さん、私といても全然楽しそうじゃない……)
今まで見たことのない、不可解で不自然な幸也の態度。
成美の胸の奥に、冷たくて嫌な予感が芽生え始める。
仕事の悩みにしてはおかしい。
自分を守ってくれるいつもの「温かい砦」のような幸也はどこにもいなくて、
遠い場所で何か別のものを見つめているみたいだ。
(……もしかして、浮気……?)
一度頭に浮かんだその疑念は、膨らむと消えてはくれなかった。
私に言えない相手がいるから、夜中に急に外に出ていくの?
私に言えない秘密があるから、
あんなに疲れた顔で帰ってくるの?
私の知らない誰かと、連絡を取り合っているの……?
膝の上で自分の手をぎゅっと握りしめながら、
成美はソファーに座る幸也の横顔をじっと見つめた。
自分に注がれていたはずの熱い視線が、
どこか遠くへ行ってしまったような寂しさと恐怖。
「私の前では笑ってくれないの?」と問い詰めたい気持ちと、
「本当のことを聞くのが怖い」という臆病な気持ちが渦を巻く。
成美の心に、静かに、けれど確実に冷たい亀裂が走り始めていた。




