【第12話 二人だけの約束】
お互い別の会社で働くようになってから、
二人は休日や仕事終わりに待ち合わせて会うのが日課になっていた。
だが、休日の前日。
電話の向こうの成美の気配に、
幸也は小さな違和感を覚えた。
『明日の休日、会いたいけれど……
ごめんなさい、ちょっと仕事が終わらなくて……』
申し訳なさそうに呟く成美。
幸也は眉をひそめ、すぐに察した。
『お前、また家でもやってんのか?』
『え……あっ、いや、ちょっとだけ……』
言葉を濁す成美に、
幸也は「どこにいる」とだけ聞き、
成美のアパートへと向かった。
◇
「……どうぞ」
恐縮しながら成美が通した部屋を、
幸也はじろりと見回した。
綺麗に整理整頓されている。
けれど、部屋の一角には無機質なデスクが置かれ、
パソコンと膨大な書類が整然と並べられていた。
まるで会社の一室をそのまま切り取ってきたかのような空間だった。
「お前な……」
幸也の低く呆れた声に、成美は肩をすくめた。
「ほら、手伝ってやる」
幸也が上着を脱ぎ捨ててデスクの椅子を引き寄せる。
成美は慌てて手を振った。
「えっ、でも、せっかくの休日なのに……」
「お前が持って帰ってきた仕事だろ」
「でも、幸也さんまで休みに仕事をさせるなんて……」
「俺がやるって言ってんだろ」
ぶっきらぼうに言い捨て、幸也はすでに書類を開いていた。
二人は並んでデスクに向かい、作業を始めた。
仕事を始めると、成美の顔つきが一変する。
テキパキと指示を出し、手際よく処理を進めていく。
いつもの「完璧で頼れるしっかり者」の顔だ。
幸也は横目でその横顔を見つめながら、
ぽつりと呟いた。
「……家でもその顔なんだな」
「え?」
「会社にいた時と変わんねぇ」
言われて、成美はハッとして自分の部屋を見回した。
机の上の書類、緊張感の漂う空気、
そして休みなのに張り詰めている自分。
「……本当だ」
成美の胸に、すとんと落ちるものがあった。
自分にとってこの部屋は、
心を休める場所ではなく、
会社で入りきらなかった「仕事をするための場所」になっていたのだ。
幸也はペンを置くと、
成美をまっすぐに見据えた。
「家でも息抜けてねぇな」
「……」
「どうせお前のことだから、頼まれたら断れねぇんだろ?
次から手伝ってやる。ただし——」
幸也は成美の両頬をぺちっと挟んで
「持ち帰る仕事は、俺の家でやれ」
「……え?」
「一人でやるなって言ってんだよ」
突然の提案に、成美の思考がフリーズする。
固まる成美に、幸也は不敵に口角を上げた。
「もし一人でやってたら、お前の会社に乗り込んでやるからな。」
「えっ!? それはダメー!!」
成美は叫ぶように両手を振った。
会社での「しっかり者の成美さん」の立場が木端微塵になってしまう。
そんな成美の焦りようを見て、
幸也はフッと嬉しそうに笑った。
「じゃあ、約束しろ」
成美は困り果てたように眉を下げたけれど、
幸也の瞳にある圧倒的な温もりと優しさに気づき、
ゆっくりと頷いた。
「……わかった。約束する」




