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供犠の村  作者: 空岡立夏
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2-3、とおりゃんせ③

 英恵の親友だという安藤ももと言う人間は、英恵に比べると派手な人間だった。年は英恵と同じだというが、髪の毛を金色に染めてピアスもしている。実に都会よりの女の子だった。

 だるまが思いのほか多かったため、英恵は唯一の友人を呼んだのだという。それが、安藤もも。


「もも。こちら、昨日からうちに止まっている、山野太郎さん」

「どうも。ももです。ももちゃんって呼んで」

「あ、山野太郎です。太郎でいいです」


 フレンドリーなのは英恵と同じである。もももまた、初対面で太郎にため口で、少しずれてるな、と太郎は思った。

 普通、同い年でも初対面であれば敬語だし、打ち解けなければ名前でも呼ばない。

 その点は、村のいいところだと思う。打ち解けてしまえば、絆は深い。

 ももが、太郎の手に自分の手をからませた。これには太郎もぎょっとして、思わず手を振りほどいた。


「ひっどーい。私、太郎のこともっと知りたいのに」

「それは……え、距離感近すぎる」

「ごめんね、ももって昔からこうなの。みんなに好かれるっていうか、憎めないっていうか」

「いや……だとしても、初対面でそれは怖い」

「あは、怖い? それは、私が閉鎖的な村に住んでいるから、見下しているの? 都会育ちだから、私みたいな芋女には興味がないの?」


 ね、とももが英恵に笑いかけた。「うん、まあ」と英恵が濁す。そんなつもりで言ったわけではない。太郎が手を振り身振りを交える。


「えっと、別に……俺はそういうつもりはなくて」

「でも、英恵には心許してるもんね。だって英恵は特別だから」

「特別?」


 太郎がはてな顔だ。

 英恵の顔は、いまだ殴られた痕が残り腫れている。けれどそれすら、美しい。

 黒い髪の毛に切れ長の目。日本人形のようないでたちも、昨日といい今日といい、スカートを選ぶ服のセンスも。

 ももは、短いスカートをはいていたけれど、英恵は膝より下のロングスカートだ。

 いや、こうも事件が起きているのだから、英恵もスカートではなくパンツスタイルの方がいいのではと思い至る。


「英恵。もも、ちゃん」

「うん?」

「なぁに?」

「あのさ。今後なにが起こるかわからないから、着替えて来てくれないかな。ズボンに」


 しかし、女の子二人できょとん、と顔を見合わせて、


「え、女の子ってスカートしか履かないんじゃないの?」


 とは、英恵である。ももも、「そうだよね、パンツスタイルなんて、テレビの中だけだよね」と続けた。

 太郎が閉口する。そういうところが、『村らしい』。

 しかし、危ないものは危ないのだから、どうにかしてもらわないと困る。また、呪いだったり、大人たちになにをされるかもわからない。


「え、太郎。もしかして、都会では女の子もズボンはくの?」

「いや……普通に履くけど」


 えー、とふたりは顔を見合わせて嫌悪をあらわにした。おかしい。

 この村では、女はスカート、パンツスタイルは男性のもの。と、はっきり区別されているのだという。

 だから、家事は女がして、仕事は男がする。唯一、女の仕事とされるのが看護師らしい。看護師は村の選ばれた女だけがなれる職業らしかった。

 男尊女卑に、子供の人権、それに、職業差別。どれもうんざりだった。


「え、じゃあ……まあ仕方ないか。ロングスカートなら、なんとかなるだろ。じゃあ、ももちゃん、長めのスカートに着替えて来てくれる?」

「無理だよ。私、ミニスカートしか持っていないもん」

「あ、そうなんだ」


 一瞬考える。ももを連れていったら、足手まといにしかならない気がするのだ。

 だが、ももはついてくる気満々である。「太郎って変だよねー」なんて、ももは英恵に笑いかけている。どこか抜けている。危機感もない。

 最終的に、太郎は一度宿に戻って、自分の荷物の中からハーフパンツのジャージを二枚、持ってきた。

 太郎のものだからサイズは合わないかもしれないけれど、ひも付きだから、ひもで縛ってどうにか履いてもらうことにしたのだ。


「ふたりとも、スカートの下にこれはいて」

「ええ、太郎のぉ?」


 英恵はなにも言わずに――しかし恥ずかしそうに履いたのに、ももは渋った。

 太郎の大きなハーフパンツを手に取って、いや、つまむように手にして、嫌そうに顔をしかめている。

 若干のショックを受けつつも、


「だから、逃げるときにな? この村に呪いが発動したんだから、どこでそれに出くわすかわからないわけだし」

「はいはい。太郎は怖がりだねえ」


 最終的にももが折れて、短いスカートの下にハーフ丈のジャージを履く。ごわごわして、余計に歩きにくそうだ。


「うーん、これがズボンかあ」


 ももが微妙な顔をする。「ね」と英恵も困惑をあらわにした。



 一輪車にだるまを乗せて、村を横切っていく。

 かいとの両親が泣きながら村に帰ってきたのが見える。ひとしきり崖の上で泣いたのだろうが、いまだに涙は枯れることない。

 太郎の方をにらんで、両親が太郎の方に歩いてくる。

 太郎の心が、薄暗くよどんだ。そのせいで、太郎は母親の行動の対処に、出遅れたのだった。


「あの、部外者のせいで!」


 かいとの母親が、おもむろに右手を握って振り上げて、太郎に殴りかかる――それを、ももが阻んだ。案外力強い手で、ももは母親を抱きしめるように受け止めたのだった。


「すとーっぷ。おばさん。呪いなんて毎年見ているでしょう?」

「そ、そうだけど」

「だよだよ。太郎が来たから呪いが発動したわけではない。結局、この村自体が呪われているから、それを解くためにわざわざお正月に客をよこされているだけ。つまり、太郎こそ被害者じゃん?」


 ももの至極まっとうな正論に、かいとの母親はなにも言えなくなったようだった。

 太郎は内心でももを見直す。見た目は奇抜なのに、ちゃんと良心もあるし、常識もある。

 その点で言えば、英恵は立場が弱かった。周りの大人に黙って殴られるのだってそうだ。

 英恵は忠人にもひたすら従っていたし、ももとは正反対だ。

 かいとの母親をいさめて、再び神社を目指す。

 太郎が一輪車を押して、英恵とももが両脇でそれを支える。


「ねえ、太郎ってさ。都会から来たんでしょう? 都会って、車とか走ってて、新幹線とパンケーキとか、美味しいものもたくさんあるって聞いたけど」

「ああ、まあ……パンケーキって、言うほどおしゃれでもないだろ」

「ええ、いかにも都会っ子っぽい言い方! だって、なんだがふわふわでぶあつーいパンケーキもあるじゃない? 私あれ、一度でいいから食べてみたい」


 確かに、メレンゲを混ぜて作るふるふるのパンケーキは美味しいが。


「じゃあ、あとで作ってあげようか?」

「え? 太郎は料理ができるの?」

「……? 一通りは」


 太郎が答えると、右側のももが太郎の右手に手をからませた。


「やったあ! 約束。じゃあ、神社に行ったら、帰りにうちに寄ってってよ」

「うん、いいけど……ご両親は歓迎しないんじゃないか?」


 大人たちのことを思い出して、しかしももは、笑った。


「大丈夫。私の両親、もう死んでるから」

「え?」

「あ、いや。暗い気持ちにしてごめんね。でも、私、母親は知らなくて。お父さんも――呪いで。家は私が継いだの」

「家を?」

「うん、こう見えて美容師!」


 そういえば、英恵の父親も年齢がだいぶいっていたな。そんなことを考えながら、しかしももは、十七の若さで家を継いだのだという。

 そこからひとりで家事もなにもかもを一人でこなして、美容師の学校はこの村に無いから、独学で学んで、家の一階を改造して、そこで美容院営んでいる。


「すごいな。俺なんて、まだ大学で学生してるのに」

「……学生かあ。どんな勉強しているの?」

「民俗学、とか?」

「へえ。……あ、あそこだ、神社」


 妙な間があって、太郎は首を傾げた。

 昨日に比べて、なにか太郎の中に『変化』がある。

 太郎はもうすっかり、この村になじんでしまった、のだろうか。


「俺……大学生って、本当なのかな」

「太郎?」


 英恵が覗き込む。ももは先に歩いて、神社の鳥居を潜り抜けていた。

 思い出そうとすると、頭が真っ白になった。民俗学のことは、確かに詳しい。村のしきたりとか、因習村とか――つまり、今ここにいる村の習性。

 だけれど、大学でどんな風に過ごしていたのか、太郎にはどうも、思い出せない。


「太郎? 太郎は大学生だよ、間違いなく」


 英恵が断言する。だけれど、自分の中にあったはずのものが、すっぽりと『抜け落ちている』。妙な感覚だった。


「太郎! ダメ!」


 ぱち、と優しく、英恵の手のひらが太郎の両頬を包み込んだ。触れて、温かくて、太郎の意識が現実に引き戻される。

 太陽がだんだんと真上に近づいている。雪が降らなければ、この村にも温かさはある。

 積もっていた雪が溶け始めている。でも、また雪が降ったら、今度こそ外に出られなくなるだろう。今朝は雪かきは必要ないにしろ、それなりに雪は降り積もっていた。


「英恵?」

「ダメ。村に染まっては」


 ハッとして、太郎はあたりを見渡した。やはり、太郎は自分が自分でなくなってしまったような、妙な感覚に支配されつつあった。

 これが、呪いなのだろうか。

 いつの間にか神社の鳥居を抜けて、祠の前までたどり着いている。太郎はいったん目の前のことに集中する。英恵はほっとしたように前を見た。祠の真ん前に、はかま姿の神職が、いた。

 恭しく太郎に礼をし、濡れた榊で、太郎と英恵の穢れを祓う。

 太郎も英恵もももも、頭を下げて、神主の榊の水を受けた。心なしか、気持ちが晴れる。

 やはり、こんな村の神社でも神社に変わりはなく、ひとや物を浄化する力はあるのだろうか。


「良くいらっしゃいました」


 神主が太郎を歓迎する。太郎は、「こんにちは」と小さく答えた。神職は、この神主以外いないようだった。

 向こう側に社務所、それから、住居が見える。

 こんな村の外れに、神主はで住んでいるらしい。けれど、村と関わらずに済むのなら、寂しさなんてどうってことないと、太郎は思う。

 ももが一輪車から、一つの袋を手に取った。


「神主さま、神主さま。この呪いをどうかお清めください」

「承知いたしました」


 神主がだるまの入った袋を受け取る。英恵も、ももにならって、同じように袋を渡した。


「神主さま、神主さま、けがれをお祓いください」

「承知いたしました」


 どうやら、村の呪いに関わったものは、毎年こうやって納めるらしい。今度は太郎の番だ。

 太郎は、一輪車に乗った最後の袋を手に取り――

 しかし、ごとり、とだるまが一個、地面に落ちた。落ちた衝撃で、だるまが割れた。

 無惨に縦に真っ二つに割れただるまの中から、重しの鉄が現れた。顔の真ん前に張り付けられた重りに、しかし神主はそっとだるまを持ち上げると、榊で丁寧に清め払った。


「最後の袋を、こちらにお納めください」


 神主に従って、太郎は袋を神主に渡した。


「よろしくお願いします」

「もう、太郎。違うって。私たちと同じようにしないと」


 ももがせっついた。太郎は先ほどの二人の言葉をまねる。


「神主、さま。神主さま。だるまさんをお納めください」

「承知いたしました」


 三つの袋を両手に抱えて、神主は笑顔で去っていった。



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