↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
供犠の村  作者: 空岡立夏
8/32

2-2、とおりゃんせ②

 かいとの足は速く、追いかけても追いかけてもその姿が見つからない。見つからないが、太郎は山のてっぺんを目指していた。

 なぜだかそんな気がしたのだ。かいとはあの崖――とおり崖にいる。そんな確信が、太郎にはあった。追いかけるかいとの背中が、山の中に入るところをかろうじてとらえた。

 太郎は一抹の不安を覚える。早く追いつかなければ。


「かいとくん、かいとくん! 聞こえたらこっちに来てくれ!」


 叫び、足を速める。幸いにして、雪はやんでいたが、いかんせん五十センチは積もった。スニーカーでの山登りは自殺行為に等しく、太郎は走りたいのに走れない。

 昨日、太郎たちが山を登った時、踏みしめた道には新雪が積もり、道は険しい。

 雪を踏みしめながら、一歩一歩歩く。小さな足跡を、追いかける。

 子供だからか、かいとは山に登り慣れていて、山に入ってからはかいとの背中が見えない。

 ようやく、崖の上までたどり着くと、かいとがこちらを見て、待ち構えていた。


「かいとくん、こっちに来い」

「太郎さん。太郎さんはいい人なんでしょ、本当は」

「……いい人、かはわからない。けど、英恵を悲しませたくないだろ? だから、帰ろう?」


 かいとは立派にお役目を果たすと言っていた。

 この村で、この場所で、その言葉が意味することなんて、太郎にでもわかる。


「呪いが起きたら、僕がこの崖から身をささげるんだって。そう、ずっと教えてもらったの」

「待て、おまえが飛び降りたって、呪いは解けない」

「ううん。この崖から飛び降りるとね、村の神さまが願いを聞いてくれるんだ。僕は知ってる。だって、僕ね」


 愛犬がいたんだ。大事な大事な柴犬だった。

 かいとはその犬が誰よりも好きだった。

 大人たちは、かいとを大事に大事に育ててくれた。おまえは神の子なんだよと、七つになるまでは、おまえは神の子なんだよと。


「七歳を過ぎると、僕は神の子ではなくなるんだって」


 わらべ歌でも有名な話だ。とおりゃんせ、とい うわらべ歌。

 くしくもこの崖の名前と同じ、そのわらべ歌は、七つの祝いにお札をおさめに行く、という歌詞だった。

 民俗学を勉強していると、そういうどうしようもないものにも遭遇する。生贄とか、閉鎖的な村制度とか。男尊女卑とか、子供への扱いとか。

 それでもそれは、太郎の知らない世界のことで、この世界は美しいものしかないのだと、そう、太郎は思い込んでいた。


「かいと。こっちに来い」

「ダメだよ。だって、ポチだけここにささげて、僕だけ逃げるなんて、できないじゃん。呪いが始まったら、僕がここから飛び降りなきゃ、誰も呪いを解けないんだって」


 何度も、何度も。

 何度も何度も繰り返し、子供にそう言い聞かせて育ててきたのだろうか。おまえは神の子だから、時が来たら死ぬのだと。

 死におびえるそぶりすら見せずに。


「俺が……かいと、俺がこの呪いは解くから。だからおまえが死ぬ必要は」


 一歩、太郎が前に出る。その分だけ、かいとが後ろに下がる。

 かいとが口ずさんでいる、歌を。


「一緒に歌ってよ。太郎さん」

「なにを……」

「歌ってよ、ねえ。とおりゃんせ とおりゃんせ」


 かいとが歌う、次を促される。太郎はかいとを刺激しないように、小さく小さく音を紡ぐ。


「ここはどこの 細通じゃ」


 交互に歌う、太郎が歩み寄ると、かいとが逃げる。けれど、太郎が歌うと、足が少しだけ、止まる。

 太郎は、機をうかがっている。かいとの手さえ、つかめれば。


 とおりゃんせ とおりゃんせ

 ここはどこの 細道じゃ

 天神さまの 細道じゃ

 ちっと通して 下しゃんせ

 御用のないもの 通しゃせぬ

 この子の七つの お祝いに

 お札を納めに まいります

 行きはよいよい 帰りはこわい

 こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ


 かいとが一瞬、崖を振り返った。太郎は一歩踏み出した足を大きく蹴りだし――そのまま、駆け出す。

 かいとが迷いを見せた。このままいけば、間に合う、助かる!

 しかし、意に反して太郎の足が止まる。


「な、に……!?」


 うしろから、村人――もっと言えば、かいとの親がついてきていることに気づかなかった。

 太郎を羽交い絞めにするのは、かいとの両親その人である。若い男である太郎の力など押さえられないはずなのに、両親は、力を振り絞って、太郎を止めたのだ。


「なにすん……」

「かいと、飛べ!」

「あなたは強い子よ! 行きなさい!」


 両親にうなずき、かいとは背中から、崖を落ちていく。その表情は、笑っていた。

 なんで。

 死ぬ瞬間に笑えるなんて、そんな狂った人間がいることが、納得できない。

 太郎はかいとの両親を振り払う。


「かいとくん!!」


 両親を振り切って、太郎は崖のふちまで走った。

 ぐしゃ、と嫌な音がする。下を見ると、白い骨の山を突き抜けて、その下に赤い肉塊が見えた。

 人は怒りに支配されると、吐き気すら催さないらしい。お腹の中心から頭のてっぺんまで、なにかがこみ上げて、それは体中を巡って、太郎の目が、熱くなった。目だけじゃない。手も足も、どこもかしこも熱い、あつい、アツイ!

 太郎は振り返って、かいとの両親に走り寄った。


「それでも人の親か!?」


 父親の胸倉をつかんですごむ。母親は泣き崩れている。

 泣くくらいなら、最初から死なせるな! 太郎の叫びが崖に響く。やまびこのように反響して、やがて消えてなくなった。

 腹の底から憎悪がわく。この村は、この村の人たちは、人間の命をなんだと思っているのだろうか。

 父親が、から笑いを漏らした。


「はは、よくやった。さすがは、俺の子供だ」

「なん……腐ってる! お前ら全員、頭いかれてんのか!?」

「あなたがそれを言いますか!? あなたがこの村に来なければ、こんな悲劇は起こらなかった!」


 だとしたって、この村はお正月に必ず来客があって――

 じゃあ、この崖の下にある骨は、今までの生贄の子供たちのものだろうか。


「くそ、くそ、くそっ!」


 太郎は拳を握りしめ、父親を殴り――かけて、やめた。

 怒りを収めるすべを失い、太郎は滑り落ちるように山を下りた。

 途中、雪に足を取られて転がりながら、傷だらけになりながら、太郎は山を下りた。

 木の枝で手足を傷つけ、転がっては打ち身を作り。

 そうやってようやく降り立った村には、人っ子一人、いなかった。



 ひとまず、英恵を探すために一度宿の中に入った。日が昇り、宿の中に光がさしている。

 その光を浴びる英恵の姿が目に入る、天女のようだった。

 光の真ん中で、英恵が、倒れただるまを起こして回収している。


「英恵……そのだるま」

「ああ、これ? 呪いに関わったものは、神社にお返ししないと」

「神社?」

「うん。雪武の山神さまに」


 そういえば、忠人に崖の上に連れられたとき、村の外れに見えた気がするが。


「でも、この量を運ぶの?」

「うん。私と、あとは隣家の大人たちも一緒」


 あからさまに、太郎が嫌そうな顔をする。誰があの、ひとでなしの村人を頼るものか。

 太郎は宿に上がり、靴をそろえることもせずに、英恵のわきに立った。そして、太郎もだるまを手に取って、袋の中に収めていく。


「俺が手伝うから、村の人はいらないよ」

「でも。太郎はあくまでお客さまだから……あの神社には、行かないほうがいいと思うの」

「それは、俺が村の人間じゃないから、村の神に認めてもらえないから?」

「そうだよ、わかってるなら話早いよね」


 だるまを一つ、また一つ、布の袋に詰め込みながら、英恵は涙をぬぐった。

 太郎もだるまを手に取る。心なしか、普通のだるまよりも重さがある。


「英恵。やっぱ俺、放っておけないわ」

「太郎?」


 英恵の隣に立って、太郎は英恵の手を握った。温かい。涙は美しい。

 この村で、かいとの死を悼んでいるのは、きっと英恵くらいだろう。


「助けられなかった」

「うん、知ってる。落ちるの、村の人たちと見てたから」

「そっか」

「うん」

「……」


 だるまは重りが入っていて、重心が下に向かっている。転んでも起きないから願掛けに使われてきたし、そのだるまが、忠人を殺した。

 かいとの冥福を心の中で祈りながら、太郎は今一度忠人の死を想起する。

 忠人は呪いにより殺された――だるま坂で転んだからだ。だから、だるまに殺された、のだろうか。

 だが、だるまが人を殺すなんて、そんなこと、ありえるのだろうか。

 太郎はだるまをまじまじと見る。が、英恵に奪うようにとられてしまう。


「呪い、移るといけないから。なるべく触らないようにして布に入れて」

「了解」


 そうして二人は、だるまを袋に三つ、詰めて宿を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。