1-5、だるまさんがころんだ⑤
だるまさんが、こーろんだ。
だーるまさんが、ころーんだ。
しん、と静まり返る宿の廊下に、わらべ歌が聞こえてくる。
綿の布団は体になじまず、重力に従って太郎を絞め殺す。
寝苦しさに目を開けると、太郎は宿の部屋で、布団の上に眠りこけていた。
酒を飲んだ後の記憶がない。
ごと、ごと。
時間を確認するために、バッグの中にあるスマホを探す。古民家に明かりはない。電球なんてものは備えていないから、明かりは行灯とか、ろうそくが主だった。
だから、真っ暗な中で、太郎は手探りでバッグを探した。
「あった」
無造作に手を突っ込んで、スマホを取り出す。しかし、スマホが重い。なにかに引っ付いているかのように、バッグから出てこない。
ぎり、と爪が音を立てるくらいしっかりとスマホを握りこんで、太郎は今一度スマホを引っ張る。やはり、動かない。
「なん……出てこない」
ぐ、ぐぐッと引っ張って、ようやくバッグの中からスマホを引っぺがす。
まるでボウリングのボウルのように、重くて仕方がない。重力が何十倍にもなったかのように。
まだ太郎は、お神酒が抜けていないらしい。手にうまく力が入らず、スマホの重さに手をひねりそうだった。
「え?」
しかし、スマホのわきのボタンを押しても、液晶がつかない。壊れたようだった。
ごとん、ごと。
外から音がする。なにかが、なにかが転がるような、転んだような。
ごっと、ごっと。ごとん、ごごご。
音はすぐそこ、ふすまの向こう側から、聞こえる。誰かいるのだろうか。
「は、英恵……? それとも、忠人さん?」
立ち上がることはせずに、四つん這いで、ふすまを探す。明かりがないから、立ち上がって歩くことができない。
真の闇なんて、都会育ちの太郎には縁遠いものだった。本当に、なにも見えない。
もしかしたら、太郎の視力がなくなったのではと思わせるほどだった。
手探りでにじり歩いて、ようやくふすまにぶつかる。
ふすまを左右に勢い良く開ける。
ごとごと、ごとん!
廊下には、ろうそくの明かりがともしてあった。燭台に刺さったろうそくが、規則正しく並んでいる。
そして、その明かりは、真っ赤な物体を照らし出している。
「ひっ!? だ、だるま!?」
だるまだ、赤いだるまが列を作り、一方を見つめている。左の方、忠人の部屋――囲炉裏の大広間に向かっているらしかった。
だとして、なんでだるまが?
太郎が立ち上がったのを合図に、一斉にだるまが『転んで』行く。
ごととととととととととと!
だるまの顔が、板張りの床に向かって倒れる。次々に倒れる。倒れるのだ、起き上がることなく。
太郎は並び立つだるまの先を見る。廊下を曲がった先まで続いている。やはり、大広間まで続いているように太郎には思えてならなかった。
腰を抜かす間もなく、太郎は転んでいくだるまを追いかけた。
ごとごとごと、とだるまの転ぶ音と、ダンダンと廊下を走る太郎の足音。
「ひ……!?」
囲炉裏のある大広間、一畳の畳を取り囲むようにしてだるまが積み重なっている。まるで、ここを見ろ、と言われているようだった。
太郎は足音を殺して、畳の真ん中を見る。
あか。赤。アカ。だるまの赤と、人間の生暖かい赤色が、まじりあう。
鉄臭いにおいがあたりに充満している。
「あっ」
腰を抜かす。忠人が、転がっていた。だるまに取り囲まれて、鬼の形相でこと切れていたのだった。
ひゅ、と隙間風が宿を吹き抜けた。
ろうそくの灯が、一斉に、消えた。
「う、わあああぁあああ!」
ようよう太郎は立ち上がって、英恵に教えてもらった英恵の部屋に走る。
しかし、真っ暗なため、うまくたどり着けない。
壁にぶつかり、何度も転んで、ようよう英恵の部屋にたどり着く。途中、だるまを何度も踏んでは、蹴飛ばした。
目の裏にこびりついた赤色が離れない。忠人は誰かに殺されたのだろうか。英恵に?
いや、英恵は忠人の娘だ。殺す理由がない。
だったら、村人が?
そんなはずない。
じゃあ、太郎が殺したのだろうか? お神酒を飲んだ後の記憶がない。太郎は、自覚がないだけで、夢遊病なのだろうか。いや、そんなはずない。
「あっ」
昼間、だるま坂で転んだ時、そういえば忠人は言っていた。「だるま坂で転ぶと、神に連れていかれる」と。
じゃあ、忠人は太郎のせいで、神に連れていかれたのだろうか。
「英恵!」
英恵の部屋は、宿の一番奥にあった。ふすまを勢い良く開けると、英恵が寝ぼけ眼で起き上がった。英恵の部屋は畳張りだが、寝床はベッドだった。
英恵が行灯に火をつける。真っ暗闇なのに慣れたもので、月明かりを頼りに英恵は難なくマッチをつけたのだった。
あかりに縋り付くように、太郎はベッドに眠る英恵に走り寄った。最後は膝が笑って、畳に膝をついていた。
「なに、太郎」
「お父さんが、忠人さんが」
「お父さんがなに?」
「いいから、来い!」
なんて説明したらいいのかわからなかった。殺された? 誰に。
死んでいる? なんで。
だったらもう、実際に見せるほかにないと思った。
太郎は英恵の手を取り、廊下を走った。英恵は行灯を片手に、太郎の足元を照らし続ける。
ただ事ではない太郎の様子に、英恵の顔もだんだんと険しくなっていく。
「え、このだるま、なに!?」
「英恵が知らないんなら、俺が知るはずもない!」
しかし、たどり着いた囲炉裏の大広間には、忠人の死体どころか、血のあとすら、ない。
「太郎? こんな仕掛けして、どういうつもり?」
「ちが……え、ここに忠人さんの死体が」
「死んだ? お父さんが? ……え、もしかして……!」
英恵が血相を変えて走っていく。宿の管理人室、兼、父である忠人の部屋に。
部屋につくと、ふすまには小さな赤い手形がびっしりとついている。英恵が恐る恐るふすまを開けると、
「いない……!?」
「だ、だから、さっき死んでて」
「あっ!」
英恵は、行灯の明かりを頼りに忠人の部屋の中に入る。相変わらず、物はない。
その書斎に一目散に英恵は走った。
書斎机の上に、一通の手紙、のようなものがあった。英恵はそれを手に取る。行灯を机に置いて、読み上げるのは、呪いの言葉だったのかもしれない。
『だるまさんが転んだ』
そう書かれた紙を見て、英恵はその場に膝をついた。わなわなと震えだし、太郎は英恵に続いて、その紙を読み上げた。
「呪い……これは、呪いの始まり……」
だるまさんが転んだ、は昼間に子供たちと遊んだばかりだった。そのわらべ歌。
だるま、だるま坂。だるま坂で転んだ忠人。
だるま坂で転んだ忠人は、やはり、神に連れていかれたのだろうか。
「英恵?」
「太郎、呪いが、始まった」
英恵が立ち上がる。そのまま廊下のだるまを素通りして、囲炉裏の間に走っていく。
太郎はなにがなんだかわからない。わからないながらも、続いて走っていく。
自然と、目は闇に慣れて、月明りだけでもこの宿の部屋の位置がわかる。
英恵は囲炉裏の大広間に着くと、神棚の裏側から、とある本を取り出した。本のタイトルを、太郎が読み上げる。
「『雪武村の、呪いについて』……? なんだよその本」
「雪武村に伝わる本なの。正月に客人現るるとき、わらべ歌にまつわる怪奇が起こる。そして村の本当の呪いは始まる。五つの歌を聞く前に解ければあなたの勝ち、解けなくば、我々の勝ち」
「それって」
それでか、と太郎は思った。英恵は妙に落ち着いている。父親が死んだというのに。いや、死体はどこかに消えてしまったから、英恵には他人事なのかもしれない。
確かに先ほど、この囲炉裏の間に忠人の死体があったというのに。
「それで、だるまさんが転んだが最初の呪い、ってことか? それで、俺が来たからこの呪いが発動して、この呪いを解くことが、村の呪いを解くことにつながる」
「そう……早く呪いを解かないと、あと最低でも四人、この村人が死んでしまう」
だとして、なんでそれを、太郎がしなければならないのだろうか。村人ではなく、外から来た客である太郎が。
とはいえ、この村から出るには、呪いを解く必要があることは、太郎が一番よく知っている。この村からは、出られない。ならば、この呪いとやらも、信じるほかに選択肢はなかった。
「英恵、解こう。この村にかかった呪い」
「太郎。ごめんなさい、ごめんなさい。本当に」
だるまさんが転んだ。
そのわらべ歌は、呪いを運んできた。もう、後戻りはできそうにない。




