↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
供犠の村  作者: 空岡立夏
4/32

1-3、だるまさんがころんだ③

 靴を履いて、宿を出る。玄関の先、門扉の影に、大人たちの姿があった。

 この村に来て、忠人以外の大人を初めて見た気がする。

 子供たちと遊んだ時に、ちらりと影だけは見えたのだが、こうやって面と向かって対峙するのはここにきて初めてだった。

 しかし、そのどれもが老齢か、男ばかりであることに気づいた。


「あの方が今年の」

「今年こそ、あの方が」

「あの方のせいで、今年も」


 ひそひそと、噂されている。この村では、来客は歓迎されないらしい。わかっていたことだ。

 だとしても、呪いを解くための存在なのだから、少しも歓迎されてもいいのでは?

 太郎は門扉をくぐりながら、白い眼を向ける大人たちに小さく会釈した。

 大人たちは目を見合わせたあと、同じように頭を下げた。

 一応の礼節はわきまえているらしい。

 大人たちの舐めるような視線を潜り抜けて、忠人の後についていく。忠人、太郎、英恵の一列に並んで、村の中を、粛々と。


「忠人さん、どこに行くんですか?」

「ああ。まあ、そうだね。まずは、この村の地形を教えようかと」


 目指すのは、森の反対側にある反り立った崖のようだった。切り立った崖は、三百メートルはありそうだ。

 絶壁で、下には森が広がっている。ほぼ直角にそびえたつ崖は、村人と太郎を分断する、見えない壁を体現したかのようだ。

 しかし、村を案内するといったって、崖をのぼるのなら、先に行ってほしかった。


 出がけに一応、ダウンコートは羽織ったものの、もう一枚、中に着て来ればよかったと太郎は後悔する。それに、靴だって、濡れて泥がついていたから、泥を落としてから出ればよかった。

 崖に行くとなれば、山を登る。山をのぼるには、太郎は軽装すぎる。


 慣れているのか、忠人と英恵は先ほどと同じ服装で、太郎は、見掛け倒しで崖までの道のりはそれほど険しくないのかも、などと思う。


「この崖は、昔から神のささげものを投げる場所でして。とおり崖と呼ばれています」

「あ、そうなん、ですね」

「太郎、大丈夫? 息切れしてる」

「ああ、ごめん。だって、都会育ちなもんで、山なんて登ったことなくて」


 森があるし山があるし、川もある。この村では自給自足が主で、大抵のものはなんでもそろうのだという。

 山を登る足がもたつく。前言撤回だ。この山は険しい。

 ただでさえ、来るときに森を一時間、子供たちと二時間ほどだるまさんが転んだで遊んだ後で、足が上がらないっていうのに。

 時刻は午後四時。太陽が沈みかけている。降り積もる雪は十センチを超えたくらいで、太郎の足が、雪に取られる。


「あっ」

「っと、あぶない! 太郎、つかまって!」


 山には一応、道があって、その道を逸れてしまえば、坂道になって、五メートルほど下まで傾斜が続いている。

 足を滑らせたら命とりだ。

 そんな険しい山道で、太郎は不覚にも足を滑らせた。

 寸でのところで、英恵が太郎を支える。助かった。

 あのまま横道に落ちたら、ただでは済まなかっただろう。

 だというのに、忠人は黙々と山を登っていく。まるで太郎のことなんていないかのように、ひたすらに前を見続けている。


 雪で足が滑る中、ようやくてっぺんが見えてくる。

 帰り道はもっと注意しないと、と太郎は思う。雪もさらに積もるだろうし、落ちたら今度こそ、英恵なんかでは助けられない。英恵は女の子だから、太郎が本格的に転んだら、共倒れで一緒に傾斜を転げ落ちるのがいいところだ。


「やっと、つきましたよ」


 次第に視界が開けて、目の前に沈む夕日が見えてくる。

 崖の上からは村が一望できて、その向こう側に、橙色の夕日が地平線に溶けるところだった。


「きれい……」


 思わず太郎が漏らせば、英恵が驚いたように笑っていた。


「死にそうになりながら登ってきて、第一声がそれって、いかにも都会育ちって感じ」

「だって、この景色」


 しかし、忠人は、崖のふちぎりぎりまで歩いていって、その下を見下ろしている。そうして、忠人は太郎を手招きするのだ。まるで、地獄の門からなにかを見下ろす――考える人の像のようだと太郎は思った。

 スニーカーのつま先を地面で叩いて、靴の裏に挟まった雪を落とす。落としてから、忠人の方に歩いて行った。

 英恵は、崖のふちには来なかった。


「なんです?」

「見てみなさい。この崖の下を」


 崖の下は、確か林になっていたはず。

 太郎は足がすくみながらも、忠人の傍に歩いていく。落ちないように崖のぎりぎりに立って下を見る。

 下を見ると、内臓がふわっと浮遊感を感じた。しかし、高所への恐怖は、別の恐怖へと塗り替わる。


「……ん?」

「見えませんか?」

「えーと、……白い……山? 砂の山?」

「骨です」

「えっ!?」


 驚き、太郎は後ずさった。骨って、人間の?

 いや、そんなはずはない。だったら、この崖から運悪く落ちた動物の骨だろうか。

 もう一度、崖のふちに歩く。下を見ると、先ほどより鮮明に、白い骨がよく見えた。

 見えてしまったことを後悔する。あの形は。


「人間の骨です」

「なん……冗談は」

「言ったでしょう? この崖は、願い事をするときに者をささげると」


 だからといって、人間をささげているということなのだろうか?

 吐き気を催す。

 太郎は崖を引き返して、英恵に見えない山の中まで戻ってから、胃の中のものを吐き戻した。

 勢いよく逆流してきて、鼻に少しだけ吐しゃ物が回り込んだ。

 咳込んで、鼻水と涙に顔が汚れた。

 あれは、人骨? ささげる? 人を?


「うっ、うえっ」

「太郎、大丈夫?」


 せっかく太郎が気遣って山の中で吐いていたのに、英恵はけなげにも太郎の傍についてきた。ちなみに、忠人はそういったことはしない。ふたりを崖の上から見て、笑っている。悪趣味な。


「英恵。見るなよ」

「でも。太郎がつらいのは見てられないし」


 そう言いながら、英恵は太郎の背中を優しくさする。

 手当て、という言葉が日本にはある。けがや病気を治す、という意味でつかわれる言葉だ。

 昔から、人の手には病気を治す力があるとされてきた理由を、太郎はまざまざと感じていた。

 背中をさする英恵の手が、温かくて、泣きたかった。

 英恵は、この崖の下の骨を見ても、なんとも思わないのだろうか。


「この村では今も、この崖から生贄をささげてるってこと、なのか?」


 英恵に問えば、英恵はただ、笑うだけだった。それは肯定しているも同然だった。

 胃の中がぐるぐる、と回転したような気がした。

 喉が焼けている。胃を何者かにまた、掴まれる。

 太郎は体を前に傾けた。胃の中のものが逆流するも、上がってくるのは胃酸だけだった。苦くて酸っぱい。


「あなたがそこまで驚くとは思いませんでした」


 崖の向こうから、のそりのそりと歩いてきた忠人が、また『あの』笑みを浮かべて、太郎をなじった。

 底知れぬ薄気味悪さをはらんだ、悪意の笑顔。今わかった。あれは悪意だ。太郎を陥れて、楽しんでいる。


「驚くでしょう。今の時代、生贄なんてものあっていいはずがない!」

「はは。そうですか? 案外効果があるものですけれどね」


 ふっと息を吐き出すように、忠人が人差し指を立てて、口元にもっていった。

 そのしぐさの意味を、太郎は聞くことができない。英恵を見やれば、体を震わせうつむいている。

 この親子は、なにかが変だ。


「英恵? 大丈夫か?」

「太郎? 大丈夫だよ。大丈夫じゃないのは、太郎の方でしょう?」


 そうは言いつつ、太郎の吐き気なんてとうに消え失せて、うつむかせていた体を起こす。

 胃がキリキリするけれど、吐いたおかげでだいぶすっきりした。


「生贄って、例えばどういうときにささげるんですか?」


 呪いのおおもとに近づいた気がして、太郎は臆することなく問うた。

 忠人は口を結んでまた、微笑んだ。


「神が欲するとき以外、ありましょうか?」


 忠人がゆっくりと歩みを進める。来た時とは違い、ふたりを振り返りながら山を下っていく。太郎はそれ以上なにも聞けなかった。

 忠人の後ろを、歩いていく。忠人は、あとの二人――いや、太郎が歩きやすいように、地面の雪をよく踏みつけて、木や草をかき分け折って、歩いている。

 隣を歩く英恵の顔は、真っ青だ。


「英恵、大丈夫か?」

「あ、うん。太郎。なんだかごめんね」

「なにが?」

「ううん。この村、私も本当は、出ていきたいの。こんな村に生まれたせいで――」


 なにがあった、とは言わなかったが、なんとなく察しはついた。

 生贄なんて風習が残っているのだから、男尊女卑や、子供の人権なんてものは、この村には存在しないのだろう。

 だったら、英恵だけでもこの村から出してやりたい。


「英恵のためにも、俺、この村の呪い、解くから」

「……うん、ありがとう。でも、本当に無理はしないで」


 英恵は無表情で、笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。